観戦
野営中の食事のはずなのに、いつもと変わらない豪華な食事を暗がりの空の下で取って、今日は就寝だ。
「こちらをお使いください」
「まあ、ありがとう」
少し大き目なテントにお母さんと案内された僕。
横には同じようなテントが設置されており、コンラート君と彼のお母さんもいた。
「じゃあおやすみ」
「ああ。おやすみ」
コンラート君と挨拶をすると、お母さん同士も和やかにお話をしてお互いのテントに入った。
「うそ、ベッドがある」
「馬車の椅子を取り外して連結したものにマットをしたのよ。今日はここで一緒に寝ましょうね」
テントの大半のスペースをベッドが取っていた。まさかテントの中でベッドで眠ることになるとは。
「こちらにいらっしゃい、体を拭うわ」
「はぁい」
テントの中には大きなタライも置いてあり、そこに衝立まで置いてあった。
「準備万端だね」
「馬車が5台あったでしょう? あのうち1台は私達が乗っていて、もう1台はマオリーとクレンディル先生ね? 残り3台はこういった野営の為の道具や食材が入っていたのよ?」
「なるほど」
確かに随行騎士達は全員騎乗していた。人数的に馬車が多いなと思ったらそういうカラクリがあったようだ。
でも用意されていた水は冷たい。
「水よ、その姿を変えよ」
お母さんがタライに指を入れると、タライから湯気が生まれた。
「魔法?」
「ええそうよ? 水の温度を高める魔法ね」
「お母さんの魔法、水の球を動かすのくらいしか見た事なかった」
「あら、お風呂で毎日使っているのよ?」
「なんと」
うちのお風呂は毎日お母さんが沸かしていたらしい。
「さあこっちにいらっしゃい」
「はぁい」
お母さんが僕のお洋服を脱がしにかかる。
「自分で脱げるよ?」
「ええ、知っているわ?」
そう言いつつ、手早く僕の服を脱がして、タオルを濡らして僕の体を拭いてくれる。
「コンラート君と、楽しかった?」
「うん。軍盤しながらおしゃべりした」
「そうなのね。お友達になれそう?」
「お友達、お友達」
どうだろうか、今日あったばかりだけど、一緒に楽しく遊べるのかな?
「わかんない」
「お話をいっぱいして、一緒に遊びなさいね? きっといいお友達になれるから」
「うん」
王都の貴族院が始まれば、彼は上級生になるのだ。そう考えると、今のうちに仲良くなっておいた方がいいな。
「なかよくする」
「そうね」
僕が言うと、お母さんが頭を撫でてくれた。
「はい、終了。寝巻に着替えて」
「はぁい」
僕はいそいそと服を着る。髪は洗えないのが残念だが我慢だ。
「ジルちゃん、お母さんの背中を拭いてくれる?」
「はぁい」
お母さんも体を拭くらしい、下着姿になっていた。首元から髪の毛を押さえてずらしている。我が母ながらなんとセクシーな仕草。
僕はお母さんからタオルを貰って、丁寧に綺麗な背中を拭いてタオルを返した。
「ありがとう」
「うん」
先に布団に入って、お母さんが来るのを待つ。
昼間馬車の中で寝たのに、すぐに睡魔が襲ってきた。
疲れてたのかなとも思ったけど、屋敷でも昼間寝てたのに夜も寝てたな。
お母さんが横に来てくれたので、そのお母さんに抱かれてお母さんの匂いに安心すると即座に眠りについてしまった。
ふあ、おやすみなさい。
「ふっ!」
「くわっ! だがまだだ」
「ではこれならどうか?」
朝起きると、お父さんとダルウッド伯爵が剣を交えていた。
ダルウッド伯爵はお父さんと同年代。朝のお稽古を一緒にしているようだ。
お互いに木の剣を持って、振って払って押さえての応酬。お父さんが基本的に優位のようだ。
「お前のお父上、強いな」
「お父さんは元々騎士で冒険者だったらしいよ?」
自分の父親より強いお父さんの存在に、コンラートが驚いている。
「なるほど、それでか」
「なんというか、力が単純にウチのお父さんの方が強そうな感じだね」
「ああ」
子供とはいえ貴族として教育を受けているコンラートは、騒がず静かに観戦している。
僕も同様だ。
右に左に、上から下に。剣の位置が幾度も変わる様子は、まるで踊っているようにも見える。
「ダルウッド伯爵も騎士の家なのよ? あの人の2つ先輩だったらしいわ」
「ええ、ですが流石はオルト子爵ですわ。赤い守護剣の異名を持つ彼には、私の夫では勝てないでしょうね」
剣を交わしている人たちの奥さんたちは、稽古の様を見ていた。
「ほら、男たちは放っておいてご飯を食べちゃいましょう? 先に片付けておけばまた軍盤ができるわ」
「そうしましょうか」
「もう少し見ていたいが」
「この距離でも剣筋が見えないからもはや参考にならない気がしない?」
そう、徐々に剣の速度が上がってきておりもう残像しか捉えられていない。
「くっ、コンセントレーション」
お父さんに押されていた伯爵がスキルを使った。コンセントレーションは弓士のスキルだ。集中力を向上させて命中率と回避率、それと攻撃速度を上昇させるスキル。
以前シンシアがハンコを押すのに使ったスキルである。決しておもちゃを作るために使うスキルではない。
「見えねえ」
「そうだね……あれは見えない」
スキルが発動したことにより伯爵の剣のスピードと体捌きが一段上にあがる。それに合わせてお父さんも表情を引き締めてスピードを上げて対応を開始した。
「むう、あの父上と切り結べるとは」
「お父さん強いなぁ」
お父さんが剣を持って素振りや稽古をしている姿は何度か見た事がある。
しかしここまでしっかり体を動かしている姿を見たのは初めてだ。
「らぁっ!」
「っ!」
伯爵の横薙ぎの一撃がお父さんを襲う。その剣を自分の持つ剣で押さえて動きをけん制、そしてお父さんがスキルを放った。
「重撃」
上段から振り下ろされた剣を伯爵が頭の上で押さえた!
そう思った瞬間、お父さんの剣がぶれたかと思うと剣が伯爵の右手に当たり、伯爵が剣を落とした。
「むう、お見事。やられたわ」
「お疲れさまでした」
右手首を押さえた伯爵が手をフリフリしながら無事をアピールする。
お父さんはそれを見て頷いている。
「重撃で攻撃の手を止めたところでウェポンバッシュ、といったところか?」
「いえ、最後はスキルではありません。重撃は抑えめに放って硬直しないようにして次につなげました」
スキルって調整できるんだ? スキルの使用加減を調整するって発想がなかったな。そもそも魔術師のメインスキルはパッシブスキルの最大魔力向上と魔力回復力上昇、得意属性能力向上だし。
「あなた、お疲れ様」
「残念だったわね。手は本当に大丈夫かしら?」
二人の奥さんがタオルを持ってねぎらっている。うちのお母さんもだけどコンラートのお母さんも見た目はかなり若いので、なんとなく甘酸っぱい気配を感じてしまう。
「あれが始まると長いんだ」
「あ、そっちも?」
コンラートがげんなりしているので、どこのご家庭でもそんな感じらしい。
「食事をしよう。その後で移動を開始する」
「ああ。騎士達が仕事にならなそうだしね」
「ええ、そうね」
「二人ともいらっしゃい。食事にしますよ」
「はい」
「はぁい」
お父さん達の立ち合いを見ていたのは僕達だけではない。天幕の片づけなどをしていた騎士達も作業の手を止めて見つめていたのだ。
随分朝早くから起こされたと思ったけど、移動のために片づけをするからだったかららしい。
向こうの伯爵も合計で15人くらい連れてるし、僕達も10人くらいいる。これだけの人数が移動するので、準備や片付けも大変だ。
彼らはちゃんとご飯とか食べれたのだろうか?




