お子様同士で対決
「お久しぶりです、ダルウッド伯爵」
「ああ、無事についたようだね。オルト子爵。天幕はこちらで用意しておいたよ」
「ありがとうございます。お世話になります」
休憩を何度か挟んで移動を行っていたその日、夕方に差し掛かろうとした頃についた場所には、いくつものテントが張られていた。
お父さんの話によると、ここで同じく王都に向かう仲の良い貴族と待ち合わせをしてるらしい。
家族を連れた貴族同士で合流をし、人数を増やして王都に向かう予定なのだそうだ。
「楽しみにしていたので早くついてしまっただけだよ。コンラート、こちらに来なさい」
「はいっ!」
お父さんよりも少し年のいった立派な服装の男性。お父さんの話しぶりから伯爵様なのだろう。
「うちの長男だ」
「コンラート=ダルウッドと申します! 旅のご同行、感謝いたしますっ」
「ご丁寧な挨拶をありがとう、コンラート君。私はアーカム=オルト子爵。君たちの隣の領の領主をしている。こちらが息子だ」
ぼけっと見ていたら、僕が挨拶をする番になってしまったらしい。
「ジルベール=オルトと申します。アーカム=オルトが第二子、今年で5歳になります」
「うむ、エルドリオ=ダルウッドだ。息子共々仲良くしてほしい」
「はい」
「よ、よろしく頼む。オレは今年で7歳だ。無事にお披露目を終えたら戦士になるんだ!」
「うん。よろしく」
僕よりも背が高い。この年齢での2歳差は大きいな。
「コンラート、お外で遊んできなさい。安全柵の外に出てはいけないよ?」
「はいっ」
子供! 男の子だ。初めて見たっ!
多分向こうもそうだろう。動揺が手に取るように分かるぜ。
「ジル、コンラート君と交流をしていなさい。シンシア、同行を」
「かしこまりました」
馬車の前でお父さんはダルウッド伯爵と、お母さんは伯爵夫人だろうか? ドレス姿の女性とテーブルを挟んでお茶を開始していた。
「遊ぶ、遊ぶね……」
同い年の子供と遊んだことなんてなかった。いきなり難題だ。
「えっと、何、する?」
「何、しよっか?」
お互い探り探りで相手の顔を見る。
「軍盤などをされてはどうでしょうか? 夕食もありますから、お洋服を汚すわけにはいきませんし」
見かねたシンシアが提案を出してくれた。
「そうだな! ジルベールは軍盤できるか!?」
「うん! 大丈夫だよ。コンラート君、勝負しよう!」
「であれば、この爺めが立ち合いをいたしましょう」
軍盤と聞けばどこからともなく現れるのは、軍盤ジジイことクレンディル先生である。
「ジルベール坊ちゃま、坊ちゃまは魔法兵禁止でございます」
「え? あ、うん」
小声で先生に言われて、僕は思わず頷いた。
そういえば相手は子供だ。僕は別世界のではあるが、大人の知識を持っているのである。初めての子供に加減をせずに戦ってしまっては、相手が可哀想だ。
そして夕食が始まるまで、コンラートとの戦いが始まるのであった。
「では仕切り板をとりますぞ」
「おう」
「うん」
お互いの駒が並びきったところで、クレンディル先生が仕切り板を取った。
コンラートの駒の並びは中央突破を理想とした攻撃主体の駒並びだ。初心者はこの並びから軍盤を覚える。
騎士や傭兵を先頭の兵士の後ろに並べている。
「む、守りの陣か」
「うん」
かく言う僕は、兵士の後ろに近衛を並べて王と王子をその後ろに。
魔法兵が禁止されているので、近衛の周りに傭兵を配置した布陣である。
「先生」
「畏まりました」
先生がコイントスをし、先攻後攻を決める。
基本的に先攻有利なイメージがあるが、今回は守り軸なので後攻でも問題ない。
「じゃあいくぞ」
「勝負」
コンラート君が兵士を一つ前に出した。
それに合わせて僕も兵士を動かして、右側から攻める準備をはじめる。
「コンラート君も初めて屋敷を出たの?」
「うえ? あ、おう。そうだぞ」
「やっぱりそうだよね」
コンラート君が駒を動かそうとした時に声を掛けたので、向こうの動きが止まってしまった。
「普段は屋敷でどうすごしてたの? 家の中だけだとやる事ないんだよね」
「ああ、確かにな。剣の稽古を受けたり、姉上と遊んだりだな」
「剣のお稽古」
僕はやっていない。王都から帰り屋敷に戻ってきたらやるらしいが僕は魔術師になってしまったので、そこまで本格的な指導の予定ではないようだ。
「む? お前はお稽古しないのか」
「体を使うのは基本的においかけっことかかなぁ」
「それじゃあ強くなれないぞ」
「そうだねぇ」
適当に返事をしつつ、盤上に視線を向ける。
「屋敷では他に何をしていた?」
「本を読んでたかなぁ。本、多いんだよね」
「うちにも本はあるが、あまり読まないな」
この世界、本は貴重だが持ちがいい。
本にはライドブッカーのドロップ品、魔導書の紙片が使われる事が多く、魔導書の紙片は劣化がしにくいのだ。
ライドブッカーは空の魔導書という転職に必要な職業の書の作成に必要なドロップ品を落とす。だがそれはレアドロップだ。そのためライドブッカーはかなりの数が倒されており、通常ドロップ品である魔導書の紙片が大量に確保されており、それが一般的な紙だ。
ダンジョン内でドロップ品を放置しないのが常識なのできちんと回収されるため、紙に困ることはないだろう。
「まだ読めぬ字が多くて、難しい」
「それは数をこなさないとだね」
子供は集中して本を読むのは難しいだろう。
お互いの家での過ごし方を話しながら盤上で駒を動かし続ける。向こうも家の中でどう時間を潰すかが気になっているようだ。
だが僕よりも勉強している時間が長そう。長男だからかな?
「ふうむ、未熟なれど輝くものがある」
「先生、どちらの話ですか? それと横からの口出しはダメですよ? 指を動かさないでください」
「おっと、こりゃ失礼」
軍盤を見ると周りが見えなくなる先生がシンシアに叱られている。
コンラートにも僕にもヒントになってしまうのはいけないね。
「む、また駒が取られた」
「まあ痛み分けだけどね」
「こっちは騎兵や魔法兵が取られてるんだぞ? なのに兵士ばかり増える」
「攻められているからね」
攻めた方が強いと思われるが、守り手は駒を自陣内に出せるのでその分防御に厚みが出る。
そしてある程度相手から奪った駒が増えてきたところで、僕は反撃に出た。
「む、そう来るか。こちらを守らねば」
「じゃあこっちで。王子様貰います」
「ぬおっ! 傭兵がっ」
反転した傭兵を、すぐにコンラートは近衛騎士で落とそうと駒を持ち上げる。
「そこ開いたらこっちの弓兵が王様とれちゃうよ?」
「ぬ! むむむ」
僕の指摘に駒を持つ手が止まり、近衛騎士を戻した。
「む」
「先生、そう目くじらを立てないでください。コンラート君は駒を触っただけだよ」
一度駒を持ち上げたら移動させないといけないのが大会などでのルールだ。でも遊びでやっているのだ。そこまで厳格にやる必要はない。
「すまん」
「いいよ」
コンラート君も分かっていたのか、すまなそうな顔をしている。
「じゃあこちらを動かして」
「うん。その方がいいね。攻撃にも防御にも転用できそうだ」
その後、何手か駒を動かして僕はコンラート君の王に王手をかけた。
彼は王を逃がすも、ここまで追い詰めたらもう負けることはない。
初対戦の結果は僕の勝利に終わった。
「では考察を行いましょう」
「いえ、食事の準備が整ったそうです。お二人とも、今日はこの辺で」
「分かった! 残念だが負けだ」
「うん。またやろう」
子供らしく走り回ったりするものかとも思ったけど、ここは外だしもう夕暮れだ。
初めて会った子供のコンラート君は、活発そうな見た目だから体を動かしたそうだったけどね。




