カイロがわり
「起きなさい、ジル」
「んにゅ……」
お父さんに声を掛けられて、目を覚ます。
「休憩だ。一度馬車から降りる」
「はぁい」
目をこすると、ひざ掛けがずり落ちる。
シンシアがそのひざ掛けを取ると、僕に上着を羽織らせた。
「まだ少し寒い季節ですから」
「ありがとう」
僕がシンシアに礼を言うと、お母さんが撫でてくれた。
「さあ、出なさい」
「うん」
屋敷から出たと言っても、ほとんど馬車の中だった。僕はちょっとドキドキしながら、お父さんに手を取られつつ馬車を降りる。
「あまり離れるな」
「うん。わぁ!」
大自然っ! そう表現することしかできないような光景が僕の目の前に広がっていた。
ゲームでは上から見たような画面だったけど、こうして見ると現実なのだと思い知らされる。
「お疲れ様です、ジル様」
「うん」
馬車にはいなかったけど、マオリーもいた。後ろの馬車にいたらしい。
首を動かして周りを見ると、馬車が5台に随行の騎士達が7人もいる。
「意外と大所帯」
「彼らは護衛だ」
「護衛? 危ないの?」
「そうでもない。ただ街から外れると魔物がある程度いるからな」
寝ている間は知らないけど、今のところ魔物との戦闘の気配は感じない。
近くに小川が流れており、そこで騎士が馬に水を与えていた。
そんな馬の世話をする騎士と、周りを警戒していると思われる騎士。
「まあ危険はなさそうですね」
「そうだな。ここはよく使う休憩場所だが、魔物は稀にしか見ない」
シンシアが気配を調べたのだろう。問題なしと言っていた。
「こう天気が良いと、軍盤を広げたくなりますな」
「それ、先生だけじゃないかなぁ」
「ほっほっほっほっ」
クレンディル先生はいつもの調子だ。
「先生は後ろの馬車にいたんですか?」
「ええ、そうですよ。この爺めもご同行させていただいておりますじゃ」
「そうだったんですね!」
「先生のおうちは王都にあるのよ。一緒に王都に向かい、一度ご自宅に帰られるのです」
「先生のおうち……」
軍盤と盤譜ばかりの家なんじゃないだろうか? 屋敷の部屋も大変な事になっていたし。
「盤譜集の執筆もしておりますでな。今度本を出そうと思うので」
「またか」
お父さんが呆れた声を出している。
「初心者講座のためのテキスト化とそれに合わせた盤譜も作らねばなりませんからな」
「ほぉ」
これは僕が思わず聞いてしまったことだ。先生の盤譜集は、こう、雑多に盤譜が載っていて簡単に解説が書かれているだけの盤譜集なのである。
必要な情報を探そうにも規則的にページに分かれている訳ではないので、探すのに手間取ったのだ。
そこで僕は先生にテキスト的なのがないのかと尋ねたら、ないなら作ればいいとなってしまったのだ。
「子供目線の、初めて軍盤を触ったジルベール坊ちゃまからよく聞かれた質問は大事にメモしておりますでな。他の子に指導をしたときにも、同じ質問を受けたこともあったし読めば分かるようにしておくのが一番じゃ」
「子供も読んで覚える、調べることを覚えるのにいいかもしれないですね」
僕の言葉にお父さんと先生が苦笑した。
「誰しもがジルのように本が好きなわけじゃないから、難しいかもしれないな」
「ジルベール坊ちゃまならではの目線ですなぁ」
本は好きだけど、本を読む以外やる事なかったんだもん。貴族の、僕みたいな立ち位置の子供って相当家でうっぷん溜めてるのではないだろうか?
「ジルちゃん、寒くなあい?」
「だいじょうぶー」
お母さんが僕のところに来て僕を抱き上げた。
「ママは少し寒いわ」
「きゃーっ」
僕をカイロ代わりにしにきたらしい。ほどなくして休憩を終えてまた移動だ。
しばらくこういう日が続くらしい。