油断はでき……すやぁ
「さあ、こちらを敷いてください。ひざ掛けも」
「はぁい」
分厚くてデカイクッションをお尻と背中に用意されて、僕には重いひざ掛けをお腹までシンシアにかけられた。
少し寒かったから、僕はそれにくるまりつつ、窓の外に視線を向ける。
「馬車って、思っていたより揺れないね」
ファンタジー世界に迷い込んだ日本人が、馬車で尻を痛くしたなんてくだりを目にしたことがある。
「ん? ああ、貴族用の馬車は良くできているからな」
「タイヤもついてますもの。ないと振動はすごいのよ?」
お父さんが僕の言葉に、そういえばと答えてくれた。
「タイヤ……」
タイヤなんかあるのか。
「タイヤっていうのは、馬車の車輪を保護しているのよ。振動もある程度吸収してくれるし、馬車も痛みにくくなるのよ?」
「へー」
スプリングとかは流石にないのかな? まあ僕自身が取り付け方を理解していないけど。
「それにクッションも敷いているからな」
「この馬車はイスもソファのように柔らかいですからね。ジルベール様の言う通り、冒険者や平民の使うような馬車はもっと揺れますよ」
「ふぅん」
まあ全部の馬車が揺れない訳じゃないのは納得だ。
「お外はもう景色があんまり変わらない」
「この辺りまでくるとそうだな。人が住んでいるわけでもないし、森が離れたところにあるくらいか」
「森? コボルドが出る?」
「あそこはこんなに近い場所じゃないさ。まあいなくはないが、街道まで足を運んではこないだろう」
「魔物はいるわよ」
何がいるんだろ?
「あ、出てはこないんだ」
「そうね。危険な魔物がこの辺りに顔を出したら巡回の警備兵や移動中の冒険者や商人達に倒されてしまうわ」
「商人でも勝てるんだね」
でもそうか。チュートリアルダンジョンがあるような街の近くなんだ。そんなに強い魔物がいたらユージン達は冒険の旅に出る前に詰んでしまう。
低レベルのユージン達でも倒せるレベルの魔物しかいないんだった。
それにゲームでも街の近くのフィールドにいる魔物は元々強くはないんだった。
街から離れたダンジョンや、この国とは別の国に移動したりする時に通るフィールドにいくと、徐々に強さが増す感じの設計だったな。
「どんなのが出るの?」
「プリウルフやスポア、ボールゼリーに踊り草といったところか。森の中に入れば昆虫系の魔物が出るんだったかな?」
「確かそのような配置だったと思われます」
「プリウルフ」
ちっちゃい狼のかわいい魔物だ。テイムもできたはず。
スポアは僕がチュートリアルダンジョンで倒している細いキノコを太らせた魔物。
「魔物に興味があるか?」
「強くないのなら」
まだ子供ボディの僕に魔物の相手は……魔法を使っていいならこの辺りの魔物にでも勝てるだろうけど、魔法を人前で使うことを禁止されている僕ではスポアの相手も厳しいだろう。なんといってもスリムスポアと違って反撃してくるのだ。
ユージンでさえ初期パーティの2人だけの時は3回も戦えば回復アイテムのお世話になっていたのだ。僕なんかが攻撃を受けたら即死してしまうのではないだろうか?
「あそこに見えるのがボールゼリーだ。あれはただ動き回るだけでこちらから手を出さない限りは手を出してこないから放置されているな」
「おおおお」
青い半透明の丸い水滴のような塊。ボールゼリーである。
序盤の敵であり、結構いろんなところにいる魔物だ。色違いの別種も多いが、あくまでも地方によって色が違う程度で強さに差はほとんどない魔物である。
「でも襲ってこないからといっていたずらをしてはいけないわ。いいわね?」
「うん」
ゲーム内で新しい魔法を覚えたりスキルを手に入れたりしたときに試し打ちをしまくった相手である。ゲーム上では平面のイラストだったが、こちらは現実。立体感もあるし個体の大きさにも微妙な違いがある。
お父さんとお母さんに適度に外から見える景色の解説をされつつも、次第に代わり映えの無い光景に飽きがきた。
しかし油断はできない。ゲームのイベントが始まっていたとしたら、魔物や盗賊、謎の秘密結社や邪教集団などの襲撃イベントがあるかもしれないからだ。
ゲームの主人公なんかは、幼少の時にこのような体験をし一人生き残り、旅の冒険者なんかに拾われて育てられたりするものだ。
お父さんとお母さんに何かあったら、僕はきっと大泣きをする。そんなことに巻き込まれたら大変だ。いつでも魔法が撃てるように準備をしておかねばならない。
そう考え、表情を引き締めていた僕だったが、ひざ掛けの暖かさに負けてしまった。初めての外出なのにほんの1時間程度でうつらうつらしてきてしまったのである。
馬車の揺れも中々に心地いいのだよ。




