おでかけっ!
玄関の前で、お父さんとお母さんが待っていた。
レドリックにシンシア、マオリーにファラ、そしてクレンディル先生もだ。
「これから屋敷を出る。いいな?」
「うん! 楽しみ!」
お父さんが頷くと、レドリックが玄関を開いた。
お母さんが僕の手を握ってこちらに微笑んでくれた。
お父さんも僕の手を握ってくれる。
「わぁ!」
玄関から外に出たことは当然ある。だが玄関から出た先の門は常に閉ざされていた。
だがその門は、今日は開いていた。
「お外が見える!」
「さあ行きましょう?」
「うん!」
お父さんとお母さんが僕の手を引いて歩きだした。
レドリック達は何故か目頭をおさえているし、シンシア達はハンカチで涙を拭っている。
「ご立派になられましてっ!」
「ああ、勇ましいですジル様っ」
「ほっほっほっほっ」
家から出るだけなのに大騒ぎである。
そして門の境の前でお父さんとお母さんが手を離した。
「一人で行けるか?」
「う? うん」
いままで近づいてはいけないと言われ続けていた外の世界に、少しだけ戸惑う。
でもいくら子供とはいえ中身は大人な僕だ。この程度で怯むような男ではない。
ゆっくりと地面を踏みしめて、家の外に出る。
「わぁ」
家の外は、とうぜん街だ。
二階の窓から見えた景色ではあるが、その世界が僕の目の前にある。
領主の家たる僕の家から通じた道がまっすぐ延びている。周りには僕の家ほどではないが、そこそこ大きな家がいくつも建っている。
それとその家の玄関先には、騎士服やドレスで着飾った大人達や、おめかしした僕よりも大きそうな子供達。
みんな拍手をしてくれていた。
照れるぜっ!
「彼らはこの街の住人だ。レドリックやファラの家族もいるぞ」
「みんなジルちゃんのお顔を見に出てきてくれたのよ」
「そうなんだ?」
「ああ」
お父さんとお母さんが僕に並んでくれた。
そしてお父さんが僕のことを抱え上げて、彼らに手を振るように言う。
言われた通りに手を振ると、彼らが手を振り返してくれた。
「さあ、顔も見せたし出かけることにしよう」
「え? いいの?」
「ええ。正式なご挨拶は王都から帰ってからね」
「あ、そっか」
クレンディル先生から教わった話だが、貴族の子供はその立場の関係上、一般の子供達と一緒に遊ばせるのは非常に難しい。
領主は王に成り代わり、その土地や街を管理する領主。その子供はその家の重大な跡取りで、その子供が他の子供と遊んで怪我をしたりしたら、その子供だけでなく親にまで責任が及んでしまう。
仮に子供側に問題があったとして、一緒にいたのが子供だけでなく、大人だったとしても、それがどうしようもない事情があったとしても、罰を与える必要が出てくる可能性があるからだ。
そんな歩く時限爆弾のような立場の子供を、小さなころから外に出すのは、子供自身にも、周りにいる人にも危険なのである。
お父さんと同格の貴族が近くにいて、僕の遊び相手になれるくらいの歳の子供がいれば一緒に遊べたらしいがお父さんは領主だ。この街にお父さんと同格の貴族などいない。
僕が領主の子ではなく、例えば領主に仕える貴族家の子とかであれば普通に外で遊んでも良かったらしい。
「なんか、せっかく顔を見れたのにお話しできないのは残念だね」
「それもそうねぇ」
「そういうものだ。我慢なさい」
そして5歳。まだ4歳だけど、お披露目にでる。両親や教育係の家庭教師などが表に出しても問題ないと判断した子供が一年に一度、王家の主催のお披露目会に参加することができるのだ。ここで失敗した子供を出すのは親の恥だ。基本的に7歳くらいでお披露目を迎える家が多いらしい。
まあ僕はほら、人生2周目だからクレンディル先生から見ても優秀に見えるよね?
最初にご挨拶する相手は、同格以上の貴族であったり王族なのだ。
それを飛び越えて、彼らとお話をするのはいけないことらしい。
「さあ、馬車に」
「おお、そういえば」
屋敷の前に準備されている馬車が5台。それとその周りに配置されているレドリックと同じような服装の男女が馬と一緒に控えている。馬でかいっ!
騎士だ。
彼らにも手を振って、お父さんに抱えられたまま僕は馬車に乗った。
「王都まで10日くらいなんだっけ」
「そうだな。それまでは基本的に馬車で移動だ。おトイレや体調が悪くなったらすぐに言うのだぞ?」
「我慢は良くないからね、早めに言いなさい?」
「うん」
用意された馬車で、街の中をゆっくりと進み始める。
備え付けられた窓から街中を眺めると、いろんな人たちが僕達の馬車に手を振ってくれた。
お父さんの名前を呼んでいる人が多くいる。お父さんは領民に人気があるみたいだ。
お父さんの、領主の子供である僕にはそれが少しだけ誇らしい。
程なくすると、街の外れまで到着し一度馬車が止まった。
「留守を頼む」
「お任せください。ジルベール様、お役目頑張ってくださいね」
「いってきます」
馬車に並走していた、騎乗したレドリックにお父さんが声をかけると、レドリックが僕に頑張れと言ってくれた。
僕の返事に笑顔で頷いたレドリックは、胸に拳を2度ほど当てる。それが合図か分からないが、馬車は再び動き始めた。
先ほどよりも少し早い速度になり、馬車は徐々に景色を置き去りにしていく。
初めて屋敷を出て、初めて街の外に出る。
両親と使用人同伴ではあるが、ちょっとした冒険みたいだと、胸を膨らませる僕であった。




