油断ならない小さな主
オルト家に仕えてまだ5年しか経ってない私は元々は冒険者でした。
人族ではありませんが、旦那様や奥様には信頼されていると思っています。
彼らとは冒険者時代からの付き合いで、出会いから考えればもう10年近く経っています。
王都の貴族家では、子供が生まれると使用人を絞って屋敷での生活を引き締めます。
子供に悪い影響を与える大人を排除する方針から、このような風習ができていると聞きます。
人の思想は小さな頃は人に影響を受けます。悪しき考えの者、親の思想と反する者を近づけたくないのでしょう。
ですからオルト家には私以外に使用人が4人しかいません。
私と同じく、冒険者時代から彼らと行動を共にしていたロドリゲス。
旦那様が幼少のころより付き従っていたファラ。
旦那様の側近であるレドリックの妹、マオリー。
地方の子爵家とはいえ、領主の屋敷を管理するにはかなり少ない人数です。
レドリックももっと屋敷の管理に手を出すべきだと思います。
「はあ」
お風呂に浸かって、一日の疲れを癒します。
屋敷の外には公衆浴場がありますが、個人でゆっくり入れるお風呂はなかなかありません。
あってもお湯の維持など簡単にはできませんし。
そんなお風呂にお湯を毎日入れるミレニアに……奥様に感謝ですね。いない日は薪で湯を沸かさないといけないので大変です。
思わず尻尾が揺れてしまいます。
「小まめな心遣いにも感謝です」
誰かがお湯を使うたびに、奥様はお湯の補充と温度の管理を行ってくれています。
ジルベール様もお風呂が好きな子なので、これは奥様の影響でしょうね。4歳になり、一人でお風呂に入るようになりました。
しかしジルベール様、ですか。
「私がお子様付きになるとは」
秘密にしなければならないことができたとはいえ、小さな子供のお世話などほとんどしたことはありませんでした。
もちろんジルベール様のお世話自体をしたことがないわけではありません。同じ屋敷で過ごしている以上、お話もいたしますし、遊びのお相手を務めさせていただくこともございました。
あの子はとても可愛らしく笑う、奥様に似た美しくも可愛らしい天使のような子です。
普段から大人しく、手のかからない子という印象です。でした。
「私も見る眼がない」
私の知る男の子は、頭の足りない暴れん坊というイメージでしたが、ジルベール様は静かに本を読む時間を好む、知的で優雅な生活を好む子供。
貴族の子だから、旦那様や奥様がしっかりした方だから、そういう子供だと認識をしておりました。
そして、その本好きが領内に過去にあったダンジョンの痕跡を発見させ、更にそこを管理していたであろう村の情報入手。
大きな功績です。
再開発されるその村やダンジョンにはジルベール様の名前が授けられることでしょう。
「大人しいとはいえ、やはり子供でしたね」
思わず笑みがこぼれてしまいます。
魔術師の書を勝手に使い、魔法が自在に使えるようになったジルベール様。
その魔法の腕は、すでに現役の冒険者に引けを取らないレベルではないかと思っています。
しかも見るたびにその魔法の腕は磨かれ、効率的な魔力運用に磨きがかかっている気がします。
子供だからか伸びしろが高いのもあるかもしれませんが、しっかりとした師が付いたうえで訓練をしなければ早々変化は起きないものです。
特にそういった訓練をせず、お庭で水の魔法で無邪気に遊ぶ光景が訓練になっているとは思えません。
「私の見えないところで訓練をしているとしか思えないのですが」
その現場を押さえることができません。
「油断なりませんね」
夜中に訓練をしているのかと思えば、そうでもない。
夜間に気配を探って見張っていても、部屋のベッドから動く様子も感じられません。
部屋で訓練をしているのかとも思いましたが、室内で大掛かりな魔法を行使するような子でもありませんし。
「一体どこで、いつ訓練をしているのでしょうか」
人は魔物を倒す事で成長ができると言われています。特にJOBを得た人間の成長速度と成長幅は普通の人のそれとは異なります。
ジルベール様は未だにお屋敷から外にでたことがありません。まだ乳飲み子の頃に王都からこちらに来た時が最後ではないのでしょうか?
屋敷の周りの兵にもそれとなく確認をしましたが、未だにジルベール様のお顔を知らない者ばかりです。
成長の幅から考えると、ダンジョンにでも潜って魔物を倒していると言われた方がすっきりとします。
ジルベール様が早熟なのか、それともどこかで魔物を倒しているのか。
「まあ無理です……よね」
肩にお湯をかけながら、改めて考える。
お屋敷から出たことのないあの子が、魔物を倒せるわけがありません。
噂に聞く空間魔法などがあれば、とも思いましたが、あれは一度行ったことのある場所にしか行けないと聞きます。
魔物を倒すほどの時間を私が目を離すことがありえないし、魔物を倒していたら多少なりとも肉体が強化されるので、運動能力も上昇するはず。その様子もありません。
しかもジルベール様の生活圏で魔法の訓練を行える程の広さのある場所は庭しかありません。
「不思議な方ですね」
先日はカードを作るんだと、よく分からない魔法を開発していました。
魔法は本人のイメージによってその作用を大きく変えることができますが、ただの紙を魔法だけでカードに変えるだなんて聞いたことがありません。できるとすれば錬金術師だけです。
「まさか、錬金術師に?」
いや、錬金術であれば専用の錬成台や錬成道具が必要です。旦那様がご用意した錬成具はすべて役所に置いてあり、この屋敷にそんなものはありません。
「それこそまさかですね……確かにあれは魔法でした」
私は頭をかぶり振って、湯からあがります。
そして体を拭いて、鏡に映る自分を見つめました。
「……少し、気になりますね」
主に腰回りが。
ジルベール様付きになって以降、訓練の時間が夜にしか取れず、満足に体を動かせていません。
ジルベール様、もう少しお外で遊んでくれませんかね。




