マニアの話はとにかく長い
「参りました」
「ほっほっほっ、ありがとうございました」
ジジイつええええ! 手加減なしだ! いや、騎馬と弓兵を使わないいわゆる二枚落とし状態でやってるから手加減されていますけど!
「ジルベール坊ちゃまのように横に一線とした並べ方を、受包隊列といいます。相手がどのように駒を配列しても、受けやすく反撃しやすいのが特徴の並べ方ですな」
いくら考えても答えが出なそうだったから、できるだけ将棋の最初の配置に近いように並べただけなんですけどね!
「傭兵を最初に配置しないのも面白うございました。それは隠し刃と呼ばれる技法で、王子の位置や盤上の状態によって動かしやすい傭兵を配置するという戦略にございます」
将棋の駒に似たような動きができる駒がなかったので浮いただけです。
でも一時は守りの要になってくれました。傭兵がんばった。
「しかし王の前に王子を配置したのは大胆ですな。王子を角に配置し、あまり動かさないようにする方も多いのですのに」
「王と王子を別々に置いたら、王子を諦めないといけないタイミングが来そうだと思ったので」
王子は王と同じで、全方向に1ずつ進める駒だ。将棋では王や玉の動き、それと金と同じ動きをする近衛騎士がいた。
配置に頭を悩ませた結果、王子は王の前に置いてお茶を濁したのである。
「軍盤には戦略家としての性格がでます。攻撃を好まれる方は中央を厚くし兵を押し出して真っすぐ攻めてきます。逆に守りを好まれる方は最初の配置で王を角に逃がします」
将棋でいう穴熊みたいな感じかな? 他の駒の配置を最初から変えておけば王をそこに移動させるだけで済むから将棋よりも手がかからなそうだ。
「相手がどの手の差し手かをみこして、初期配置を変えるんだね。随分と複雑なゲームだ」
「ええ、その通りにございます。しかし投了まで早うございましたね」
「あと5手で詰ん……王の逃げ場がなくなっていたから」
「ほう!」
手を叩いて喜ぶクレンディル先生。
「素晴らしいです! 初日で相手の差し手を予測できるとは」
「や、最後だけだよ? 僕がこう逃がしたら、騎馬で前に出てくるでしょ?」
駒を動かして僕が負ける姿を再生させる。く、こんな前線にいた王子が王を睨むとは。
「いやはや、驚きです。その通りだっただけに」
「途中途中で自分が打った手に対し、相手がどう動くかは予測できないからね?」
何万通りあるんだよって話だからね。僕は将棋はルールは知っているけど、指せる人間ではないのだ。日本時代の父親とちょっと齧った程度だから。
「少しご休憩をなされたらいかがですか?」
シンシアが紅茶の用意をしてくれた。
「ありがとう。でも先生の軍盤に溢してはいけないから、別の机でいただくよ」
「お気遣いありがとうございます」
先生の持ってきた駒は多分『高い』駒だ。子供の僕が相手なら木製などの駒を普通は使うべきだろう。
お父さん達が使っていた駒も、置いた時の音とかが木製っぽかった。
でも先生の持ってきた駒は木製でもなければ金属製でもない。
恐らく石とか魔物の骨や牙といった部位を削って形をつくり、磨き上げられたモノ。そういう類の物のはずだ。
ちょっと聞いてみよう。
「先生、この駒は何で作られているのですか? 触った感触が馴染みないものでした。もしや何か由来のあるものではないのでしょうか?」
「おお! 良くお気づきになられましたな! こちらの黒い駒はオニキスゴーレムと呼ばれる魔物の体から作られた一品ですぞ!」
「黒い駒ってことは、こっちの白い駒は」
「こちらはシラーゴーレムから作られております、見方を変えると青白く輝く宝石のような駒にございまして、かの有名な宝石職人、マラリアス=エッフェルバッハ殿が自ら削り磨きあげて、なんと5年モノ(もの)歳月をかけて作り上げたという……」
やべ、聞かなきゃよかった。この爺さんその手のマニアの人だ。
紅茶を準備したシンシアが礼をしてひっそりと部屋から退出していくのが見える。
僕は背中にじんわり汗をかきながらも、平静を保ってクレンディル先生の話を聞き続けることとなった。
シンシアが食事の準備ができたと呼びに来るまで、クレンディル先生の口は止まらず、駒を動かす様も止まらなかった。
危なかった、シンシアが来なければ今度は盤の謂れと専用ケースの話になりそうだった。
「シンシア、主を置いて逃げないように」
「私の主は旦那さまですわ、ジルベール様」
思わず尻尾を掴んだら頭を殴られました。
「……とのような経緯から軍盤が神の世界からもたらされたと言われております。これは知恵の神による采配か、戦いの神による采配か、未だに決着はついておりませんが、いずれかの神が関わっていると言われているのでございます」
安心してください、一日またいでおります。
食事の後、ちゃんとお風呂に入って寝ました。歯も磨いております。
今日はクレンディル先生の軍盤の成り立ちと歴史の授業です。興味ありません。
「というか、軍盤が神々からもたらされた物だとしたら、僕のトランプもどきってまずくない?」
「ジルベール坊ちゃま?」
「いえ、なんでもないです。戦いの神様に頼まれて知恵の神様が考案した、と考えるのが自然なのではないかなと。ルールが明確ですし」
「おお、ジルベール坊ちゃまもそうお考えですか! その説も有力ですな。これほど整いつつも奥が深く美しい遊技です。知恵の神様が御考案なされたとお考えになられるのは当然かと思われます」
誤魔化そうと適当な事を言ったら思いのほか食いついてこられた。
「戦いの神がお考えになられたらもう少々殺伐としたものになっていたのではないかと、そう考える者もおりますので、ゲーム自体は知恵の神の考案なのではないかと考えておられるのが基本ですな。そしてそれを地上にもたらしたのが戦いの神かと」
「どうなんでしょうか」
知恵の神、戦いの神、美の神、商売の神、人の神、エルフの神、獣の神。神話に目を通すたびに色々な神様が現れるのがこの世界の神話である。
名前は伝わっていない神様が多いのか、だいたい○○の神と呼ばれることが多いです。
神話のレベルが3000年前とかだからなぁ。ユージン達でさえ200年前だというのに、この世界はもっと前から存在していたという。
「わからん」
「そうですな。考えても答えの出ないものと思っていただいて結構かもしれません。ジルベール坊ちゃま、軍盤を与えられた神々への感謝の気持ちが大事なのですよ?」
「はぁい」
そう言って参考書を閉じて軍盤を取り出すクレンディル先生。座学の後は実践らしい。
「この爺めが教える前に、相手の手を読むことを知ったジルベール坊ちゃまには経験が必要ですな。今日は仕切りをせずに布陣を先にお見せしましょう。そしてこちらの布陣を見たうえで駒を並べてみるのです」
「2枚、えっと駒はすべてそろってますか?」
「ご安心を、昨日と同じように騎馬と弓兵は外してお相手いたします」
そう言ってクレンディル先生は僕の前でさっさと駒を並べていく。
中央に兵を置かず、傭兵や騎士、魔法兵を並べた配置だ。
「なんとも攻撃的な」
「ほっほっほっ、見ただけでお分かりになりますか」
「こちらの王まで中央突破する気満々の布陣、に見えます」
「ではどう配置をなさりますか?」
「……こちらは兵士を配置します」
少し考えて出した結果は、強い駒に弱い駒を取らせてその強い駒をこちらに貼るという戦法だ。
それを実施するには、相手の進軍位置に合わせて兵士やその兵士のカバーをするための傭兵の配置が必要になっていく。
うわ、王子の配置が難しいな。
僕がぶつくさ言いながら駒の位置をこっちじゃないあっちじゃないと動かして配置を決めていく。
「お考えください。近い配置を取れるようになれば、定石の配置をお教えいたしますので」
「頑張ります」
攻め気の強い配置に定石がありそうだ。そしてそれに対抗する為の防御寄りの配置の定石も当然あるだろう。
相手の攻める位置が見えている今の状態は、かなり僕に有利だ。
準備ができたので早速始める僕ら。
「まあこんなものでしょうか」
「マジかぁ」
配置の利をとったうえで負けた。この爺さん、ハンデはくれるけど加減はしないタイプの人間と見た。




