家庭教師が現れた!
家族でカード遊びを興じる日が増えた。
シンシアと二人で遊べるようにスピードなんかもやったけど、全然勝てなくて涙目だ。
お父さんの要望でトランプもどきも追加で3つも作ったりしたし、無地のカードを大量に作ったりもした。
夜にチュートリアルダンジョンにいってやることもやっているけど、そこまで変化のない日々だ。だって屋敷から外に出ないんですもの。
屋敷内の顔ぶれも変わらないので、変化のしようがないのだ。
そんな日々を過ごしていると、変化が起きた。家にお客が来るから出迎えるということに。
「僕が会ってもいいの?」
「ええ、大丈夫ですよ」
何度か話にでたけど、貴族の子供はお披露目を終えるまで家の中から出ないし、必要最低限の人間以外と会う事はない。
子供を大事にしているといえばそれまでだけど、退屈で窮屈な生活だ。
「失礼します」
「ああ、来たな」
「ジルちゃん、いらっしゃい」
お父さんとお母さんと、向かい合っているのはおじさんとおじいさんの中間くらいの男性。
僕に目を合わせると、ニコリとほほ笑んでくれた。口髭がダンディ。
「ジルちゃん、ご挨拶を」
「はぁい」
お母さんの横に立った僕は、そのおじさんに顔を向ける。
「オルト家次男、ジルベール=オルトです。よろしくお願いします」
「ご丁寧な挨拶を。ワシはクレンディル=ボイラー。エルベリン家の執事長をしておりました」
エルベリン家? 確かお父さんの実家、伯爵家の人だ。
「おと、父の実家ですね。おじいさまとおばあさまはお元気でしょうか?」
「ええ、ええ、今はミドラード坊ちゃまと楽しく過ごされております」
「そうですか。兄がお世話になっております」
ペコリと頭を下げる。
「……ふむ。最後が減点ですが、良いご挨拶ですな」
「ウチの息子は謙虚なんだ」
「ジルちゃんは使用人にも優しいですから」
減点って何?
「ジル、こちらは父の家でミドラの教育係をしてくれた男だ。今後は礼儀作法や軍盤の指導をしてもらう」
「よろしくお願いします、ジルベール坊ちゃま」
「よ、よろしくお願いします」
ふむ、と口髭を撫でながら僕の目を捉える。
「ミドラード坊ちゃまと違いますな」
「お兄ちゃんは元気の塊みたいな人だから」
「長男は少し甘やかしすぎた。反省をしている」
「ミドラちゃんと違ってお勉強ができる子よ?」
え? 僕ってかなり甘やかされてると思ってるけど? お兄ちゃんもっと甘やかされてたの?
「ほっほっほっ、ミドラード坊ちゃまも今は立派に貴族の一員にございますよ。ジルベール坊ちゃまも負けてはいられませんな」
「お兄ちゃんに勝てるイメージは湧きませんが」
なんと言っても物理に特化している人なのだ。お父さんに似て格好いいけど。
「何もミドラード坊ちゃんに剣で勝てという話ではございませんよ。礼儀作法やご勉学、何よりもコレですな」
そういうとクレンディルさんは足元に置いてあった大きい鞄を叩く。
「わざわざすまないな。重かったのでは?」
「趣味みたいなものですのでご心配なく」
僕が視線を向けるその鞄、ずっしりと重量がありそうだ。
あれ全部参考書とかじゃないよな?
そう思うと僕の口元がひくついてしまう。
今日は顔見せと簡単な指導を行うとのことで、部屋に移動だ。
お父さん達は来ず、僕とシンシアとクレンディルさんで僕の部屋に。
「それでは早速、まずは遊びから始めましょうか」
「遊びからですか? えっと、クランディル……先生?」
「クレンディル先生です、ジルベール様」
「あ、申し訳ございません」
「いえ、構いませんよ」
にこやかな笑顔で手を振りながら、ずっしりとした鞄から大きな木の箱を取り出す。
そして取り出した箱の中には、いくつものチェスの駒のようなもの。
軍盤だ。
「軍盤はご存知ですかな?」
「はい。お父さんがレドリックとやっているのを見たことがあります。でも見ちゃいけませんって」
「それはそれは、この爺の楽しみを取っておいてくれたのでしょうな」
「楽しみ?」
「ええ、まずは軍盤のルールをお伝えしましょう」
彼は土台となるマス目の引かれた板を机に置いた。
ぱっと見、将棋のマスみたいだ。
「こちらが駒にございます」
続けて取り出すのは白と黒の駒。こっちはチェスの駒のようだね。
「一番多いこの駒が兵士。こちらの傭兵、魔法兵、騎士、近衛騎士、騎馬、弓兵が各2駒づつ。そしてこれが王と王子にございます」
「王と王子……」
大きな冠をつけた駒と小さな冠の駒。
「ルールは駒を互いに動かし合って、最終的に相手の王を取るか相手に降参させるゲームです。こちらが駒の動かし方を書いた紙です」
「なるほど」
まんまチェスだ。
「駒の配置は自由。手前の3つのマスに好きに配置していただいて構いません」
「決まった配置じゃないんですね?」
「ええ、戦争を模したゲームですからね。お互いに見えない様に、駒の配置の際にはマスに目隠しの仕切りを置きます」
大きな木の箱には仕切りも入っているようだ。
「配置のルールとしては、兵士を同じ列に並べてはいけないこと、つまり最初は9体しか兵士を場に置くことはできませぬ。それと王と王子は必ず配置をしなければならないこと、王はマスの中央手前に必ず最初は配置をしなければならないです。また最初の配置ですべての駒を置く必要はありません」
「?」
「駒を動かさない代わりに、自分の手持ちの駒を手前の3つのマスのエリアに自由に出すことができます」
「手前の3マスね」
将棋みたいに王手をかける時にバンバン駒を出すことはできないらしい。
「自分の駒だけではなく相手から奪った駒も出せます。ただ、王子と近衛騎士は出せません」
「王子や近衛が自分の王を裏切る訳ないもんね」
「そういう事にございます」
いくつかの駒を持ち上げて、渡された駒のリストと比較して動かし方を確認する。
「それと王子が取られると、傭兵は裏切りますのでご注意ください」
「盤面上でいきなり相手の駒に変わるんですか?」
「左様にございます」
傭兵は情勢によって裏切るんだね。
傭兵は前と横に2マス進める移動に優れた駒だけに攻撃にも防御にも使えそうだけど、変な位置で裏切られると致命傷になりかねないな。
「とまあ簡単にルールをご説明いたしましたが、何かご質問はございますか?」
「前に駒があるときそこを飛び越えて移動することはできるんでしょうか?」
自分の兵士を飛び越えて騎馬が突撃みたいな?
「それができるのは魔法兵のみにございます」
魔法兵、桂馬みたいに動くやつね。
「なるほど。兵士の後ろに新しく兵士を出してもいいんだよね?」
「問題ございません」
二歩は無いらしい。
「それ以上進めなくなった駒はどうなる?」
「死に駒と呼ばれる駒ですな。戦場で歩みを止めた者はもはや死んだと同様。相手に取られます」
「おおう」
成ったりプロモーションしたりっていうルールはないようだ。
「好きに並べてもいいっていうのも困るね。定石とかないの?」
「もちろんございます。そちらは軍盤に慣れてからお教えいたします」
「なるほど?」
僕は駒を見つめて考える。動きが止まった僕をみてクレンディル先生は仕切りを盤上に置いた。
「考えがまとまったら、とりあえず並べてみるといいでしょう。初めてですから時間はかかっても構いませんので」
「わかりました、やってみます」
軍盤はこの国の戦略シミュレーションゲームだろう。そういえばユージンも選択肢制だったが軍を率いて戦う時があった。
今のうちにこういったもので勉強をしておけば、ストーリーが始まった時に役に立つかもしれない。
僕は気合をいれて、駒の動かし方を頭に叩き込む。
そして、将棋のようにそれぞれの駒を配置した。




