日常生活に溶け込むスキル
「では準備してまいりますが」
「シンシアが戻るまで絶対に魔法は使いません」
「はい。よろしくお願いします」
翌日、しこたま怒られた僕だがシンシアにおもちゃを作るんだと言って改めて絵具を使う準備をしてもらう。
うう、まだ目が痛い気がする。
「戻りました」
「ありがとう」
「絵具を使うとのことなので、こちらをテーブルに敷きますね」
「はぁい」
机を汚さないようにと、古いテーブルクロスも持ってきてくれた。パレット替わりの木のお皿も。
準備が良い。
「それで、何を作られるので?」
「カードのおもちゃ!」
「カードのおもちゃ、ですか?」
「うん!」
僕は早速魔導書の紙片を手にもつ。そして魔力を込めて、昨日考え付いたイメージを……お父さんの怒った顔が浮かぶ。
いけないいけない、悪霊退散。
「ジルベール様?」
「なんでもないよっ」
僕は再度イメージを固める。
最初のイメージが大事だ。
「変われっ!」
僕の魔力が浸透した魔導書の紙片が大きさと形を変えてツルリとしたものになる。
魔術師の紙片の形のままではない。角を丸くしたまさにカードだ。
日本のカードをイメージしたせいか、僕の手より大きいけどこれはしょうがないだろう。
「できた」
「これがおもちゃですか?」
「まだだよ! 同じのをいっぱい作らないと」
次の魔導書の紙片を手に取り、作ったカードを重ねて再び魔法を発動させる。
「同じになれっ!」
そうすると最初に作ったカードと同じ、白いカードができあがった。
「……ジルベール様は、隠れて魔法の練習をしていますね?」
「う」
「魔力の扱いが大変お上手です、が……現行犯ではないのでまあいいでしょう」
セーフッ!
「つ、次もいくよ!」
何枚かカードを作ると、魔力が半分くらい持っていかれた感覚に陥る。
「ちょっと休憩」
「魔力の残量は分かりますか?」
「大体半分くらい。思ったよりも魔力を使うね」
「魔法は詳しくないので、なんとも言えませんが」
そのまま10分ほど休憩をすると、満タン近くまで回復した。
「よし、再開」
「もう回復したんですか?」
「うん!」
そして魔力の残量に気を付けながら白紙のカードを54枚作製する。
「できた!」
「おつかれさまです」
僕が集中しているのを知ってか、静かに僕の横に座って眺めているだけのシンシアが声をかけてくれる。
次に作るのはハンコだ。
「泥、使っていい?」
「何をなさるのですか?」
「ハンコを作るの」
「ハンコ? どのような物ですか?」
「えっとね、絵具を付けてボンって押すと紙に絵が付くの」
「なるほど。カードに納まる大きさですよね?」
「うん」
僕が返事をすると、シンシアは空き瓶の中に入っている泥の塊を取り出した。
そこからパレット代わりに用意した木のお皿に泥を注いでくれる。
「このくらいかな?」
片手で掴めるくらいの泥を手に持って、いまのカード化の要領で魔力を込めて形を変える。
反転させないといけないので、練習として左右があまり気にならない火が燃え盛るイラストを作成。
「あの、ジルベール様」
「うん?」
「詠唱をしていないようですが」
「ん-? 慣れたみたい。50回もカードにするのに使ったし」
「そう、ですか」
詠唱は集中力を高めるのにもイメージを固めるのにも有用な方法だ。でも今まで作っていたカードとは使う素材も形も違う。
僕は新しいイメージを泥に与えつつ、泥から水分を追い出しながら火のイラストになるようにハンコを作った。
インクが染み込みやすいように、下の部分は少し柔らかいままにしてある。
「赤い絵の具をつけて」
「まずこちらで練習を」
「あ、そうだね」
気の利くシンシアが未加工の魔導書の欠片を出してくれたので、そこに真ん中にくるように赤い絵の具を付けた。
「ペッタンっと」
「かなりムラがありますね」
「むう」
インクを付けた時の量が悪かったのか、僕の力が弱いのか。何度か試すが、上手くいかない。
難しい。
「私がやりますか?」
「え?」
「魔力を使わない工程ですし。作りたいものも理解できましたので」
「えっと、じゃあお願い。この13枚に押して」
「わかりました」
僕は席をあけてシンシアに譲る。
シンシアはスカートを抑えながら着席すると、試しにと魔導書の紙片にハンコを押した。
うん。僕より綺麗だ。
「このような形で?」
「うん。カードの、なるべく真ん中に」
「わかりました」
シンシアがカードを1枚置いて、真剣な表情を見せる。
「コンセントレーション」
呟くのは弓師のスキル。集中力を高めて、正確な行動を行えるようになるスキルだ。
そ、そこまでするとはっ!
13枚のカードにハンコを、すべて中心にミリ単位どころかそれ以下の単位のズレもなく正確に押してくれた。
「ふう」
「あ、ありがとう」
「いえ。乾くまで動かさない方がいいですね」
「そ、そうだね」
僕はシンシアに圧倒されつつも、テーブルから離れる。
「残りのカードは別のマークですか?」
「うん。それぞれ13枚ずつ作るね」




