JOBを入手だチュートリアルダンジョン!
午前中の勉強の時間を早々に終わらせる。
元日本人である僕からすれば、文字の読み書きを覚えさえすればあとの歴史と地理と神話の勉強をクリアすれば問題ない。
日本にいた時の歴史はあまり好きじゃなかったけど、この世界の歴史は神話と紐づけされているものが多くて物語のようになっている。そして神話は単純に面白い。この世界、神様が実際にいる痕跡がいっぱいあるようだ。
今日はお父さんが家におらず、お母さんもお父さんと一緒に外に出ていた。
まあ屋敷の2階の窓から見える役場にいっているだけなのだが。
うちは子爵家だけど、領地自体大きくない。
領自体に歴史はあるけれど、領地自体の特産品も少ないのであまり裕福な貴族ではないのだ。だから使用人も多くないのでこっそり地下にいっても見つからない。
「ひっひっひっひっ」
うちの屋敷には秘密がある。
ここは主人公であるユージンの住んでいた村を管理していた貴族の家だ。
まあ僕がその血を引いているとかの話ではない。父は元々王都の貴族だが、なんか色々功績があってこの地を屋敷と一緒に貰ったらしい。
細かくは教えてもらっていない。そのうち教えるわとお母さんが言っているが、どうにも歯切れが悪いのが気になる。
貴族は才能がある領民にJOBを与える役割を持つ。
自分の領地を発展させて、人々の暮らしを守るのが領主の基本的な仕事だが、領内にいる民の中で適性のある人間にJOBを与えるのも立派な仕事だ。
ここはユージンに職業の書を与えて戦い方を教えた最初の場所。
つまりチュートリアルを行なった場所だ。
この地に生まれたのはなんという幸運だろうか。
「多分この辺だろうなーっと」
地下には領主が職業書を人に与えるための祭壇がある。これは他の街の領主の館にもあるものだ。少なくともゲーム内ではそうだった。
だがここはゲーム内ではチュートリアルの場。つまり職業を与えられたユージンを鍛えるためのすべてが揃っているはずだ。200年以上も前のことらしいけど、祭壇は昔のままだった。今まで保全してあったことがすごい。
まあとにかく『チュートリアルダンジョン』だ。
主人公のユージンはここで戦士として、ミルファが神官として最初の一歩を歩んだ場所。
すべての職業の説明を受けた上で、どの職業になるかを選択する場所でもある。
そう。すべての職業が体験できる場所だ。
僕がゲームとしてやっていた時、ユージンは主人公だから戦士にしたし、最初は回復アイテムで進めるのがいいと思っていたので、ミルファを魔術師にした。
戦士は最初に得意武器を。
魔術師になると、自分の属性を選ぶのである。
「あった!」
祭壇の裏手にあるレンガの壁。
そこの壁には秘密がある。
柱の近くのレンガが一つ取れるようになっており、そのレンガを取って別のレンガに押し当てると扉が現れるのだ。
このレンガのギミックはチュートリアルダンジョンのギミックの一つで、劣化は起きない。
スキップできないムービーで、当時の領主が説明しながら開けてくれるから覚えていたのだ。
魔法のように、おそらく魔法だろうけど。音もなく白い扉が現れた。その扉を開けると、真っ直ぐ通路。そして階段。
本来であれば真っ暗なのであろうが、ここはすでにダンジョンだ。壁がうっすらと光っていて視界も良好。
小踊りしそうになる気持ちを抑えて、足早に階段を降りると、大きな広場にでる。
地面がむき身の、運動場のような場所だ。
それぞれ壁沿いに、最初に選択できる職業の武器などが飾られている。
戦士は剣や盾、斧に槍にナイフ。
魔術師は魔道書と両手杖、ナイフ。それと適性を手に入れる属性結晶。
弓士は短弓と長弓、ナイフとそれぞれ矢。
シーフは短弓とボーガン、ナイフ。
神官は片手杖と両手杖、癒しの書と守りの書だ。
それぞれがこの中から好みのものを選んで、最初のチュートリアルが開始される。
もちろんこれ以降の冒険で手に入れた物を扱うために変更も可能だ。というか重複して覚えることもできる。
「むひひひひ」
それぞれの職業選択を別の場所で行うため、カウンターが設置されている。
僕はそのカウンターの一つ、魔術師になれるカウンターに行く。
ゲームの主人公とかであれば剣を使える戦士を選ぶべきだろうが、せっかくのファンタジー世界だ、魔法が使いたい!
本来だったらここには人がいるのだが、今は誰もいない。ゲームでは前に立つだけで受付の人が魔術師の説明が始まるが、誰もいないので何も始まらない。
カウンターに回り込んで、その中を覗き込む。
そこには6冊ほど本が置いてあった。
魔術師になれる職業の書『魔術師の書』だ。
にんまりする口元を抑えられない僕だが、周りには誰もいないので問題ない。
これを手に取る。
「どう使うんだろ」
ゲームであれば『使う』を選択すれば、『魔術師になりますか?』と出てくるだけだった。だがゲームではないので、分からない。
カウンター内にあった椅子に座って、膝の上で本を開く。
「ふむふむ」
魔術師とはなんぞや、とか書いてある。
本の厚さの割に内容が薄いな。そう思いながら読んでいると、自然と自分に職業が定着していくのが分かる。うっすらと本も光っている気がする。
魔術師がどのような経緯で生まれたのかが書かれていたり、勉強の時間に教えてもらった神話も一部記載されている。
最後まで流し読みし、本を閉じる。そうすると魔術師の書は光を失う……これも十分なファンタジー現象だよね。
本自体は失くさないで保管しておかないといけない。別の職業になった後、戻るのに必要だからだ。
とにかく、なんとなく職を得ているなっていう謎の感覚が確信に変わった。
僕は今から『魔術師』だ!