飛びすぎぃ!
「結局これはどういうものなのだ?」
「いまはただの紙だから飛んでも十数メートルくらい? でも錬成陣で強化すればもっと長く飛ぶかなーって」
「普通に魔法で強化すればよいのではないか?」
「それだと手元から離れた時しか魔法の影響がでないもん」
風の魔法で押し出そうとするも、体から離れれば離れるほど威力は弱まる。
逆に強くやろうとすると、今度は紙飛行機自体が耐えられないだろう。炎の絨毯のように一か所に留まるように風の魔法を使うことも考えたが、紙飛行機が移動をするのだから魔法の効果範囲は離れてしまう。
そこで紙飛行機自体に錬成陣を仕掛けて、紙飛行機そのものに魔法を付与するのだ。
浮力と推進力を。
そうすることにより、より長い間飛び続ける紙飛行機が生まれるのである。
校庭の端から端まで飛びつつけるような紙飛行機が作れたら、それだけでもう英雄になれるレベルである。
「みんなで作って一番飛んだ人の勝ちとか」
「「 ほう 」」
勝負事に対して興味を示すお父さんと千早。
「お互いに距離を取って向かい合って、紙飛行機を飛ばしてキャッチしあうとか」
「「 いいですね 」」
どちらかといえばほんわかした想像をしたっぽいシンシアと千草。
「とにかく長く飛べる紙飛行機が作れれば、なんか格好いい気がする!」
僕は握りこぶしを作って、高らかに宣言した。
「ってことで試していい?」
「まあ興味は多少あるかな。やってみるといい」
「わーい!」
許可が下りました! 改めてやって行きましょう!
「さっきの続きー」
というわけで、風属性の付与されたインクを作るべく泥の塊に錬成陣を作る。
最近になって覚えた風属性の錬成陣。円と円の上下左右に風を象徴する記号と、その記号を繋げる線。さらに僕がイメージしやすいように、真ん中の空いているスペースに『風』と漢字で掘ることで僕オリジナルの錬成陣の出来上がりである。
これで泥の塊の器は、簡易的ではあるが風の属性付与の機能を得たのである。
「こういうのって左右対称なんじゃないかしら?」
「まあジルの好きにやらせてあげなさい」
シンシアが横から覗き込んでくるが、僕の隣に座ったお父さんはニコニコと自由にやっていいと許可をくれる。
「千早が用意してくれた葉っぱー」
「風通しのいい場所にある木の、高めの場所についてた葉っぱよ」
木の名前は不明。木登りさせてしまいました。
「シンシア、刻んですりつぶして」
「かしこまりました」
刃物なんて持たせてもらえないのでここはシンシア任せである。
「できました」
「さすがのお手並み」
「ふふふ」
お澄まし顔で笑みを軽く浮かべているが、尻尾は正直である。
「これを器に入れて、上から水をかけてー」
僕は細い棒でかき混ぜながら、風属性の液体になるようにと念じながら器の底に描かれた錬成陣に魔力を籠める。あまり魔力を籠めすぎると実際に魔法になってしまうから魔力はあまり流さないけど。
「できた、かな?」
水に葉っぱのエキスが行き渡った感じの緑色になると、淡い光を放ちだした。そしてすぐにその光は収まる。
「意外と早いんだな……」
「そうだね。思ったよりも全然早いや」
お父さんの呟きに僕も頷く。
「このままじゃ使えないからっと」
今度は目の粗い布の出番だ。別に用意しておいた小さめの木の深皿に布をかけて、その上からできた風属性の水を流し込む。
こうすることですりつぶされた葉っぱを取り除くのである。あれだ、こすのである。
「なるほど、このために用意されたのですね」
「そだよ?」
「ジル、今度はちゃんと用途を伝えて用意させなさい」
何故かお父さんに頭を撫でられた。まあいいや。
「では、今度はこの紙に用意したインクで錬成陣を書きます」
錬金術で作成するアイテムでも、いわゆる魔道具と呼ばれる種類の道具には錬成陣が描かれている。
描かれている錬成陣が損傷したり、錬成陣内に魔力が尽きない限りその魔道具は稼働するとのこと。
この屋敷内だと、ダンスホールの照明やダンスホールに設置されているピアノが魔道具である。
ほかにも細々したものがあるらしいけど実はあまり知らない、というか触らせてもらえなかったりする。
「錬成陣……兄上が魔法の本も読まずに錬金術の本ばかり読んでいたと言っていたが」
「えへへ」
「褒めてないぞ。だが兄上を言い負かしたそうだな。そこは良くやった」
「アーカム様、褒めてますわ」
「はっはっはっ」
「僕、なんか言ったっけ」
本に集中してたからよく覚えてない。とりあえず錬成陣を書こう。
「とりあえずこれで完成っと」
一度折りたたんで、左右の翼の下に小さく『浮力』と書き加えた風の錬成陣。浮力が風属性なのかと聞かれると良く分からないけど、とにかく翼の下に取り付けた。
もう一つ作りたかった『推進力』だがこれは断念だ。戦闘機のジェットのようにお尻から吹かせようと思っていたのだが、書くスペースがないのだ。
そりゃ紙飛行機だもん。当たり前だ。
「ふむ、どうするか」
「お外!」
「もう夜なのだが……まあいいか」
「若様、上着を羽織ってください」
「旦那様はいかがなさいますか? 着替えられますか?」
「いや、何か羽織るものを」
「私がいきます。千草では場所が分からないでしょうから」
シンシアは慣れた様子で離れていく。
お父さんは僕の手を引いて、先導してくれる。
「庭でいいか?」
「裏の広場がいい」
「訓練場か」
実質僕の遊び場だけどね。
そのまま外に向かう途中でシンシアがどこからともなく合流、お父さんにコートを羽織らせている。
まだまだ寒い季節だ、僕も体積が倍……とまではいかないまでもこんもりと服を着させられて手袋も装着である。
「動きにくい」
「若様、我慢よ」
「そうですよ? 脱いだらいけませんからね」
「勝手に脱いだら屋敷に連れ戻すわ」
「そうですね、姉さんの言う通りです」
先日風邪をひいてから若干過保護気味になっている姉妹が、僕を挟んで言ってくる。
「二人ともしっかりしてきたわね」
「頼りになるな……それはそれとして、二人も何か羽織りなさい。ジルに構ってばかりで二人が風邪をひいたらどうする」
「「 あ 」」
千早と千草が顔を声を揃えて顔を見合わせている。
シンシアにクスクス笑われて顔を若干赤くする二人。
「ジル、先にいってよう」
「はぁい」
お父さんに手を繋がれ、二人を置いて外へと向かった。
「じゃあ早速飛ばすね」
夜なので当然暗いが、月明かりが周りを照らしているためまったく見えない状態ではない。
風もほとんどないので、昼間であれば絶好の紙飛行機日和(?)であっただろう。
用意しておいた二つの紙飛行機。一つは何も手を加えていない紙飛行機で、もう一つは錬成陣を書いた紙飛行機だ。
「とお!」
手を加えていない紙飛行機はそれなりに真っすぐ進んでくれたけど、ある程度進むと地面へと落ちた。
広間の半分の半分くらいしか進んでいない。
「ふむ」
「はあ」
お父さんと千草は反応が悪い。
「なんか不思議ですね」
「そう? 鳥が滑空してるときはこんな感じよ?」
千早は気になるのか、落ちた紙飛行機に歩み寄って拾い、こちらに飛ばしてくれる。
僕よりも高い位置から発進した紙飛行機は、地面に平行に進んでお父さんに優しくキャッチされた。
「ふむ」
お父さん「ふむ」しか言ってないよ?
そんなお父さんがしみじみと紙飛行機を見つめる。
「投げる時はゆっくりだからね?」
「ああ、お前のようにやればいいんだよな?」
お父さんに全力で投げられでもしたら紙飛行機はひしゃげて墜落してしまうだろうからね。
「こんな感じ、か」
思いのほか上手に紙飛行機を飛ばしたお父さん、それを目視で確認していた千早は少し後ろに下がって、ジャンプをしスカートをひるがえしながら紙飛行機の下の部分をつまんでキャッチした。
そしてそれを飛ばして返す千早。
僕の器用度が高いからか、それとも魔法で強化された紙だからか、真っすぐ綺麗に飛ぶのが単純にすごい。
「お、面白そうですね」
シンシアは犬の血が騒いでいるご様子で尻尾がブンブンしとる。
「若様、意外と好評ですよ!」
「千草さん、意外とは失礼じゃない?」
こんなもんの何が楽しいんだ的なこと考えていたな?
「じゃあ次は……こっちを試してみるかな」
取り出したるは錬成陣を施した紙飛行機。
錬金術師が正式に生み出した魔道具ではないので、込められた魔力が尽きたら終わりの消耗品だ。
とはいえ普通の紙飛行機よりもずっと長い間飛んでいられると予想している。
「じゃあこっちもいくよー」
「わかりましたー」
少し離れた距離にいた千早が返事をしてくれたので、特別製の紙飛行機を飛ばす。自信作なのでちょっと上向きに飛ばしてみよう。
「えい」
「おお、さっきより飛ぶな」
「わわ、これは下がらないとダメですね」
「素晴らしいですジルベール様」
「あ、えっと、まずくないですか?」
特別製の紙飛行機は千早の頭よりも大きく高いところを通過し、おじさんと僕の作った壁を乗り越えて夜空へと……。
「シンシア!」
「追います!」
「私も行くわ!」
夜空へと消えていった紙飛行機を追って、シンシアと千早が壁を乗り越えていった。
二人が帰ってきたのは翌日の昼過ぎだったとか。
中途半端な形になりますが、これにて完結となります。
申し訳ありませんが、諸事情により続きはありません。
活動報告に重めの理由を書いておくので、興味がある人はそちらを読んで無理くり納得してください。




