対戦
「ジル様、もしよろしければ魔法の訓練をいたしませんか?」
「魔法の訓練?」
「はい、いくつかの魔法を試してみたいので」
そう言うのは、魔法兵として働きつつも男爵令嬢としてここに顔を出しにきてくれているクリスタさん。
先日の活躍以降、たまにお母さんとお茶会を楽しんだ日はその後に顔を出してくれるのだ。
その時は大体カードで僕や千早、千草を混ぜて遊んだりすることが多い。
一度だけ軍盤をやったけど、どこからともなく現れたクレンディル先生のありがたいお話が始まってしまい、危うくお泊りコースになりかけたことがあったのでそれ以降軍盤は触っていない。
その日は遅めの夕飯だけうちの家族と食べて帰りました。
「魔術師から魔法使いになりましたので、輪唱魔法の習得を目指しているのですけど……やはり一人での訓練は身に入らない日もありますから」
「あー、うん。そうだよね」
この世界はユージンの奇跡を元にした世界である。
そしてこの世界はその理のままに来ているっぽいのだ。JOBの経験値というのは、ダンジョンの魔物を倒すか、宿屋で休んだりテントで休んだりといった『一晩休む』という動きをする際に微量のJOB経験値が入る程度だ。
ゲームではこの『一晩休む』際に訓練をして休むという選択をすることでJOB経験値が入手された。つまり日ごろの訓練でもJOBは手に入るということでもある。しかしダンジョンで魔物を倒してJOBを上げるという行為をせずに、日々の訓練だけでJOBを上げようとすると……まあ間違いなく途中で成長がとん挫するよね、レベルアップを繰り返しているとだんだん必要経験値が増えていって育てにくくなるから。
「まだお外は寒いんだけど」
「日が昇ってだいぶたちましたから大丈夫ですよ?」
確かに本格的な冬とはもう言えないけど。
「若様、お客様をおもてなししないと」
「それはお客様本人を前にして言わない方がいいんじゃない? それと千早が外に出たいだけでしょ」
「ふふ」
僕と千早のやりとりに小さな笑いを落とすクリスタさん。
「普段どんな訓練をしているの?」
「とにかく魔法を撃ってるわ。時間を決めて翌日に疲れが残らない程度に」
「あー、やっぱそうなるんだ」
「ええ、砂の迷路も楽しいけどあれって最初以外は魔力をあまり使わないですもの。制御の訓練にはなるのだけど」
「そうなんだよね」
魔力の操作や魔法の試し撃ちは使える魔法がどういうものなのかを確認する意味合いが大きい。JOBを伸ばすための効率的な魔法の運用……というのを考えながら魔法を使わないといけないのだ。
「ダンジョンにいければ早いんですけどね、街の外と違って魔物が多くでるからそれだけ実戦経験も積めますもの」
「そうなんだよねぇ」
そもそもダンジョンにしかJOB経験値を持つ魔物が基本的にいないのだ。稀にいるけど、それはいわゆる『ボス』である。
ユージンの奇跡ではそれが枷になるからストーリーを進める→ダンジョンに潜る→ストーリーを進める→ダンジョンに潜る、というルートになるけど。
「ジルベール様は普段どのように訓練をなさっているのですか? あ、ビッシュ様の特別な訓練であれば言わなくても結構ですよ?」
「特に内緒にしろって言われてないから大丈夫じゃないかな? えっと、魔法の属性を順番に試していくって感じかな。それと課題を言われてそれをこなす感じ」
「課題、ですか?」
「うん。例えばだけど、おじさんが火の魔法を宙に浮かせて、それを水の魔法以外で消してみろ。とか」
「火を水以外で……?」
「そそ」
「ちなみにどのようにクリアしたのですか?」
「砂で包んで消したよ」
「なるほど、そのような方法が」
でも水の魔法と違ってなかなか火が消えなかった。酸素がなくても魔力で燃えるっぽいのだ。
「あとはおじさんが魔法を撃つからそれを別の魔法で迎撃するとか」
「危なくないですかそれ!?」
「や、的に向かって撃つからね? さすがにおじさんでも僕に向けて魔法は撃ってこないから」
「そ、そうですよね」
これはおじさんの評価が低いのか僕の印象が悪いのか。
「放たれた魔法に合わせてそれを迎撃する魔法を放つんですか……すごいですね」
「基本的にはディストラプション系の無効化魔法だけどね。ただおじさんずるいから見た目赤いのにウォーターボールだったりウィンドカッターっぽい形のファイヤーアローだったりするから見極めが難しい」
「そ、そこまでしますか」
「魔法の対処は魔法を使えるのが一番だって言ってたよ。前衛は魔法に弱い人が多いからって」
とはいえおじさんがパーティ組む人ってお父さんとかウェッジ伯爵みたいな上級者が多いっぽいからあんま関係なさそう。
「はい、温め直したお紅茶です。お出かけ前にあったまっていってください」
「ありがとう、千草さん」
「ありがと」
適当に話を逸らしていたつもりだけど、お出かけするのは確定していたらしい。
そういえば千早は? あ、僕のお着替えの準備ですか。そうですか。
「じゃあおじさん方式の的当てする?」
「ええ、興味が湧きましたのでご教授いただければと。普段はどのようにやってるんですか?」
「そっちの壁の近くまで下がって。僕も下がるから」
「このくらいかしら」
ここは屋敷の裏手、貴族的なあれこれの結果手に入った広い土地である。さっきまで壁の近くには僕の作成したアスレモドキが並んでたけど、あれ土の魔法で作ったから土に戻せば更地になるのである。まあお母さんが持ち込んだテーブルと椅子が置いてあるけど。
僕とクリスタさんの間、少し中心から離れた所に土の魔法で的を作る。崩したアスレモドキの土があるからそれを使えば問題ない。
「最初は普通に魔法を、比較的遅めの魔法を撃ちますからそれを相殺するなり無効化するなりしてください」
「はあ、でもなんでウサギなんです?」
「可愛いでしょ? 守ってあげてね」
「なるほど、わかりました」
僕が作った的は、ざっくり二メートルくらいの高さがある二足歩行のウサギである。ミッ〇ィーともいう。
「じゃあ行きますね。ウォーターボール」
いわゆる水属性魔法の攻撃魔法、ウォーターボールだ。ファイヤーボールと同じように着弾した地点で破裂し、衝撃を与える。ファイヤーボールと違って爆炎を起こすような事態にはならないが、衝撃の威力は高い。
「ウォーターディストラプション!」
僕が意識的に威力と速度を落としてフラフラと飛ぶ魔法を、クリスタさんは水の弱体化魔法で迎撃をした。
ディストラプション系の魔法は同系統の魔法を無効化したり、その属性自体を弱体化させる効果を持つ魔法。
青白い光の球が僕のウォーターボールにぶつかると、そのまま空中で無効化が行われて霧散する。
「そんな感じです」
「なるほど、咄嗟に放たれた魔法に対応する訓練なのね。さすがビッシュ様だわ」
手ごたえを感じるクリスタさん。僕も序盤のうちはそう思っていた……だけど現実は非情なのである。
「次行きます、ファイヤーボール」
「ファイヤディストラプション」
「魔法の出しも早いですね。少し速度をあげますね、ウォーターボール」
「! ウォーターディストラプション!」
僕は魔法の速度を通常のものに変え、更に魔法を撃つのであった。




