うちの子供は可愛く賢い
私の名前はアーカム=オルト。
15年ほど前からこのオルト領の領主をしている子爵だ。
うちの次男は可愛い。
妻であるミレニア譲りの燃えるような赤い髪。
その髪と同じ赤い色合いの、大きな瞳を持った男の子。
我々の顔をしっかりと見て笑う顔がとても可愛い。
ウチの家系にはおかしなレベルで整った顔をした人間が生まれることがあるが、この子もそうなのかもしれない。
そう思えてならないくらい可愛らしさを持った子だ。
「今日はお母さんに英雄ユージン物語を読んでもらったよ」
「そうか。英雄に憧れたか?」
「剣よりも魔法のが興味あるかなー」
騎士である私としては残念だが、ジルの興味は魔法に向かったようだ。
私も魔法は使えるが、あくまでも戦闘の補助にしか使わない。威力や制御のことを考えると、ミレニアの方が得意だろう。
領主としての仕事がある以上、どうしてもジルはミレニアと過ごす時間が長い。
母親であるミレニアと過ごすのは当たり前だが、私としても息子と過ごす時間が欲しいものだ。
「そうか、なら本をたくさん読まないとな」
「うん!」
ジルは本が好きだ。
私が子供の頃は、一番上の兄と剣の稽古ばかりしていたが、この子はよく本を読んでいる。
子供は屋敷から出さぬから、庭で遊ぶ子か部屋で遊ぶ子かに分かれる。
ミドラ、長男は外で遊ぶのが好きな子だったがこの子は部屋で過ごすことが多い。
「でもまだ歴史書と神話の本でいっぱいいっぱいかな」
「そうか」
この子は文字を覚えるのが早かった。
本を早く読みたいからと、懸命に覚えたのだ。覚えも早く、書き取りもある程度できる。
文字自体の美しさが足りないが、子供の手であれだけ文字が書ける者は少ないだろう。
かく言う私も貴族院に通う2年前、7歳くらいから本格的に書き取りを行っていたと記憶している、
それに対しこの子は、既に大半の文字を読めるし簡単な文字も書ける。
昔はミレニアやマオリ―に本を読んでもらっていたが、今は自分で本を読めるのだ。
とても賢い。
辺境の子供は早熟とよく聞くが、この子もそうなのかもしれない。
「?」
「なんでもないよ」
ジルが不思議そうな顔をしていたので、私は笑って頭を撫でた。
この子は照れ屋だが、スキンシップが好きなのだと思う。
頭を撫でると、照れながらも嬉しそうにするし、抱きあげると離されてなるものかとずっとくっついてくる。
そういうところもたまらなく可愛い。
ジルが魔術師の書を使っていた。
賢い子だとは思っていたが、まさか職業の書を扱えるとは思わなかった。
「あなた、ジルを叱ってはいけないわよ」
「……しかし、職業の書をだぞ?」
「あの子は職業の書の価値を知りません。それに毎日あれだけの本を読んでいるのよ? たまたま読んだ本が職業の書だったのかも知れないわ」
「だが、あの子はあの本の意味を知っていたぞ」
「読めば理解もしましょう。そういう子なんですから」
確かに。記憶力が極端に良いという訳ではなさそうだが、あの子は賢い。
物を知り、疑問を持ち、考え自分の中に消化する力がある。
「しかし、屋敷内にあれほどの数の職業の書が隠れていたとは」
シンシアがジルから聞き取りをしておいてくれた。どうやらジルは地下の書庫で職業の書を見つけたらしい。
以前の領主か、先代の代官かが隠していたものだろうが……職業の書をそのままにしておくだろうか?
「地下の書庫の本は膨大ですし、隠し部屋もあるんですよ?」
「シンシアですら開けられぬ扉もあるからな……さすがにそんなところから本を持ってきた訳ではないだろうが」
「困ったお屋敷よね。どこか外と繋がっているわけじゃないからそこから侵入される心配はないけど」
「そういった隠し部屋に、まだ職業の書が隠されているかも……」
私の言葉に、ミレニアがため息をつく。
「どうやって入るつもりですの? 旧ラスワール家の専用の鍵がいまだに見つからないでしょう? 無理に開けようとしたら住む場所がなくなるわよ?」
「シンシアの調査に間違いはないだろうしな……陛下から譲り受けたこの屋敷を失う訳にはいかん」
我が家の地下には受職の祭壇と書庫がある。
書庫にはいくつかの隠し扉があるが、いずれも専用の鍵が必要で中の調査ができていない。
100年以上前に、王家によって潰された家系が持っていたとされる鍵が必要なのだ。
その家系の人間は当時処刑され、その鍵も失われてしまった。
しかもそれぞれの隠し部屋は屋敷の柱に直結している様子で、下手に手出しをすると屋敷が崩れる危険性がある。
王より賜った、代々の領主や代官が生活していた歴史ある屋敷を失う訳にはいかない。
難儀な話である。
「あの子はあの年で魔術師の道を選んでしまった。不幸な選択にならなければそれでよいのだが」
JOBというのは厄介だ。
そのJOBを効率的に習熟させねば、次のJOBに付くことができない。
ジルはまだ4歳の子供だ。場合によっては自分に合わないJOBと長く付き合いかねない。
「ねえ、ジルちゃんなら大丈夫よ。ミドラちゃんはちょっとやんちゃだったけど」
私の危惧を感じ取ったミレニアだが、問題ないと笑顔を向ける。
「辺境で、同年代の子が周りにいないからかしら? 随分と大人しくて賢い子に育ってるのよ?」
「ジルは王都で育てるべきだったかと、いまでも考える時がある」
「あら? 私はやーよ? またあなたと離れて暮らさなきゃいけないもの。ミドラちゃんも可愛いけど、いまはあなたと一緒にいたいもの」
「嬉しいことを……そうだな。私もお前と共に過ごしたい」
気が付けばミレニアの手を取っていた。
「魔術師になっても大丈夫。あの子は私がしっかり育てます」
「ああ、そうだな」
誰よりもミレニアの言葉だ。真実味があり、この世で最も信頼できる女性の言葉。
そして逆らうことのできない言葉だ。
「任せて?」
「任せているさ」
頬にキスをすると、ミレニアが顔を赤らめた。
そしてお互いに笑いあい、見つめ合う。
重なった手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
そしていつまでも若く美しい妻をエスコートして、ダンスホールの中央で互いの影を一つにした。




