重めの宿題
「仕事中に呼び出してすまないな、ジェニファー殿」
「いえ、問題ありませんわ」
と、いう訳で呼び出されたのはお母さんのお友達のジェニファーさん。こちらから行くんじゃなくて呼び出すのがとても貴族的です。とはいえお母さんのお友達ということで、高圧的な態度ではないのは流石。
ジェニファーさんは、森の中のこじんまりした一軒家を工房にしている錬金術師の女性だ。最近は役場の錬金工房にも顔を出していることが多いらしいので彼女がきた。
「マナチャージポーションというものは知っているか?」
「あー、はい。ええ、知っています」
「やはりあるのか……」
おじさんがジェニファーさんを前に唸っております。
「あります。ですが滅多に出回らない代物ですよ?」
「私が今まで聞いたことがなかったくらいだからな。それほど希少な品物なのか?」
「いえ……そういうわけではないのですが」
ジェニファーさんが口ごもる。
「なんだ?」
「錬金術師は錬成を行う時に、大量に魔力を使います。薬類は一度に大量に作りますから」
「ああ」
「その際にあたし達が自分でマナチャージポーションを使うことが多いです。自分達で消費するために作るものであって、他者に販売することはほとんどありません」
「あ、なるほど」
納得だ。自分で使うために残しておくんだね。
「特に必要とされるのが、職業の書を作成する錬金術師達ですね。あれは手書きで内容を書き写している間、ずっと魔力を消費しますから。書いてる最中に魔力が切れたら失敗してしまいますから必ず飲みます」
「そうだったのか……私も欲しいのだが」
「……マナチャージポーションは普通のポーション類より、使用期限が切れるのが早いので、使用する予定の前日くらいにご注文いただかないといけないです」
「そのような理由があったのか」
ゲームでは消耗品に使用期限なんかなかったから特に気にしてなかったけど、当たり前だけどポーション類は飲み物だから賞味期限あるよね。
「ですからあたし達も大がかりな錬成を行う前日に作成をします。そしてそれをすぐに使いますから……」
「納得をした、ありがとう。使う予定が分かり、前もって連絡をしておけば作成してもらうことは可能か?」
「大丈夫です。ですけど3日程度しかもちませんよ?」
「まあ問題はなかろう。価格はいかほどで?」
「値段……値段ですか、難しいですね」
「そうなのか?」
「今まで販売したことなんかなかったので」
「売りに出しても良さそうな性能だと思うのだがな」
おじさんの言葉にジェニファーさんが首を振った。
「使用期限の短い薬は販売が難しいんですよ。使用期限を守らなければ効果はないですし、そのせいで言いがかかりを付けられる可能性もありますから」
「あー、確かに。マナポーションとあんまり変わらないんなら価格はそれなりに高そうだもんね。その値段で効果がなかったなんて」
ゲームでもマナポーションの5倍の値段が設定されていた品だ。そんな高値のアイテムが使用期限が切れて使えませんでは不満がでるだろう。
うちの街の錬金術師のお客さんは騎士や兵士が中心だけど、場所によっては冒険者がお客さんの中心になるだろう。
そんな冒険者には荒くれものが多い。彼らからの不満を受けるのは、正直怖そうだ。
「ふむ、回復量の上昇数値はどの程度になるのだ?」
「あたしの作るものだと……」
「それならば、私としてはこれくらいの価値に……」
「そんなにはいただけません! 経費と労力だけ考えると……」
値段交渉が始まってしまった。おじさんは物の価値で考えてジェニファーさんは素材と労力で値段を考えているみたいだから難航しそう。意識のすり合わせから始めた方がいいよ?
「では早速だが注文をしたい。実際に自分で効果を実感したいからな。今週か来週で都合のつく日はあるか?」
「ありがとうございます。そうですね、週末に自分の工房に戻りますから、その後作成します。来週の頭にお届けしましょう」
「では日程を空けておこう。ジルベールの分と二つだ。ジルベールも予定を空けておきなさい。ダンジョンへ行く」
「急なお客さんとかが来なければ大丈夫だと思う」
僕の予定なんて、お勉強と軍盤ジジイとの軍盤くらいだ。残りはお父さんや千早との訓練くらい? ちらりと僕の予定を把握している千草に視線を送る。
「そうですね、クレンディル先生に前もって伝えておけば問題ないでしょう。ですがお試しとなると、護衛が必要です」
「ああ、ウェッジにも声を掛けておこうか」
「できればあと一人、前衛が欲しいところですが」
前衛にウェッジ伯爵と千早、後衛におじさんと僕、回復役が千草になるかな? 十分な気がするけど。
「……そうだな、アーカムに声を掛けておくか」
「お父さん! でもそうなるとお母さんも来るってなって、お母さんの護衛も必要にならない?」
「面倒な……あの二人に護衛なんぞいらないだろうに」
「お二人は領主夫妻でありますから」
ダンジョンに行くとなると、確かにお父さん達にも護衛が必要になる。
「魔力の回復量を実感したいのだから、なるべく魔力が使える環境にしたいのだがな」
「お父さん達も一緒だと、戦力過多だよね。あそこのダンジョンだと魔法を使う前にお父さんとウェッジ伯爵で敵を倒せそうだし」
お父さんは騎士職だけでなく、魔法剣士なんかも習得しているからかなり強い。おじさんの護衛をしているウェッジ伯爵も。物理で倒すのが大変なはずのエレメンタルウッドマンも倒しちゃうくらいだし。
そしてお母さんも魔法使いのJOB持ちで、僕なんかより全然レベルが高いはず。殲滅力が高すぎにみえるね。
「護衛には青い鬣の連中をつかうか。攻撃をせずに守りに徹するよう依頼をすれば、連中の攻撃力は無視できる」
「なんか贅沢な悩みに見える……」
「魔法の実験なんかでも似たようなことはあるさ。冒険者ならばそういうのにも慣れておろう。こちらから話を通しておく」
お父さん達とお出かけはなくなってしまった。ちょっと残念だけど、家族で休暇を楽しむような場所でもないしね。
「ですが、マナチャージポーションなんてマイナーな薬をよくご存じでしたね。錬金術師なら誰でも知っていますが、逆を言えば錬金術師以外には知られていない薬ですのに」
「ジルベールがな」
「ああ、ジル君は錬金術師志望でしたものね」
「うん!」
「まったく。困ったことだ」
おじさんは賢者と錬金術師は両立しないと思ってるっぽいからね。
「よくお勉強なさってますね。どなたかに師事をされましたの?」
「んーん、レシピ集が書庫にあったから」
「レシピ集? 錬金術の?」
「そう、多分前の前の世代の領主一族の持ち物だと思う」
うちの領都はユージン達の訪れる最初の大きな街だからね。そこからかなりの年月が経っているのが今だ。保存状態が良かったのと特殊な紙で作られている本だからか、特に傷んではいないけど、立派なアンティーク本である。
「見たいです! あ、すいません」
おじさんの手前、ジェニファーさんが畏まってしまった。
「いいけど、僕に錬金術を教えてくれる? 錬金術師になってから。そしたら一緒に勉強が……」
「仕方ないですね。ちょっと錬金術師の書を作ってきます」
「む? 可能なのか?」
「え? 作れるの!?」
「ええ、成功率は……まあ御察しいただければと思いますが」
ジェニファーさんもJOBレベルが低いのかな? 転職の書が必要になるころには、大体JOBレベルがマックスに近くなってるからゲームだとどちらかといえば道具の準備の方が成功率に左右してたけど。
「その若さで大したものだ」
「いえ、あたしのような者は多いですよ。師も楽したいですからね、それに職業の書を作成できる弟子を持ったとなれば師の名前も上がります。まあ基本赤字になるので一冊でも作成できれば免許皆伝ですけど」
ゲームと違って無限に魔物を狩って無限に手に入るわけではない。ライドブッカーはそれなりに手ごわい相手だし、ダンジョン内にしかいない魔物なうえで空の魔導書がレアドロップだから、現実ではかなり高価な品だ。
国が領地に渡す形で出すのが基本なのも分かる気がする。
「ジルベールのためを思うならまずは賢者へ進むべきだ」
「はいはい」
「ビッシュ様はジル君が錬金術師になるの、反対なんですね?」
「まずは賢者となり大成してからだ。それさえ成せばオレも何も言わん」
頭カチコチおじさんめ。
「そうですか。ですがその本は見たいですね。あ、じゃあジル君に宿題をだしましょう」
「宿題?」
「ええ。錬金術師になるにしろならないにしろ、レシピ集というのは財産だわ。それを写本するのよ」
「写本……あれを?」
結構分厚いんですけど。
「ええ、読んで覚えられるものじゃないでしょう? 書き写して、それをあたしが買います。ついでに本の中に間違った知識があるかもあたしが確認するわ」
「ほんと!?」
「ええ。レシピ集を書いた人間が間違いを犯さない保証はないもの。時間がかかってもいいわ? でも一字一句しっかり書き写すのよ? 綺麗な字で。文字の練習にもなるし、集中力も鍛えられるわ。魔法使いや賢者は魔法に関する論文も書きますし、そういったものの練習にもなりますよ?」
最後はおじさんへの言葉だ。
「……ふむ、それくらいならば問題ないか」
「分かった! 頑張る!」
「ええ。一ページずつ書き写すのよ? 本にするのはこちらでします」
「はぁい!」
今までは意味を調べながらレシピ集を読んでたけど、確かに書き取りはしてなかった。ものを覚えるには書くことも大事だ。読んだだけで覚えられるほど僕の頭は良くないしね!




