これまた知られていない話
「若様はすごいですね」
「うん? そう?」
「はい、千草は一度にあれだけの魔法を操る事ができませんから」
屋敷に戻って部屋着に着替えさせられながら、千草がそんなことを言ってくる。
「千草は魔術師で止まってるんだっけ」
「そうですね。司祭系統を伸ばしたいので」
「そういえば、実家が聖職者関係の仕事って訳でもないのに、どうしてそっちに行こうって思ったの?」
うちの国は別に、教会やら○○教やらが幅を利かせている国ではない。それでも司祭系統の職になるのは、聖職者の家系が多いらしい。
既にお取り潰しになったけど、千早と千草の家は元は造幣関係の家だ。そしてその元となった祖父は他国からこちらに渡った人間。
千草の周りに聖職者がいたなんて話もなかった。
「特別な理由はありませんけど、単純に千草は攻撃魔法とかが苦手なんですよね……」
「意識的な苦手ってこと?」
「はい。魔物に当てることに抵抗があるわけではありませんが、人型の魔物や犯罪者に致死性のある攻撃を放つっていうのが、どうしても……」
普通に育てられたら苦手になるっぽいよねそれは。何より千草は元々は伯爵令嬢だったわけだし。
「貴族院でコースを分けるときに、騎士コースと魔術師コースに分けるときに先生に相談したんです。私は当時魔術師のJOBを修めていたのですが、その先生が攻撃が苦手ならば、司祭系の授業を選択すればいいって。JOBを持っていない生徒もいるから問題ないって」
「へー」
親身になってくれる先生もいるんだね。
「そのあとに自分が取るコースのことを父に言ったら、司祭のJOBの書を用意してくれました」
「何気にお父さんすごいね」
「まあ、あんな父でもお金だけはありましたから。今思えばそのお金も横領品だったかもしれませんが……」
「いや、まあ、うん」
僕も報告書で知ったけど。国の機関で使っているお金と自分の手持ちのお金の区別が付かないような感じの人だったらしいからね。その可能性は十分あるというか、高い気がする。
「おじいちゃんもだけど、その手の職業の書って誰から買うんだろ?」
「貴族の場合は、自分の後ろ盾……伯爵家であれば自分に連なる公爵や侯爵家からですね。国の重鎮達がどこにどれだけの職業の書を渡すかを決めるので。もちろん国家の事業としてですけど」
そういえばうちの領でも定期的に国から職業の書を貰うって言ってたよね。
「あとは個人的に懇意している錬金術師なんかに作ってもらうことですね。錬金術師達も錬金術師ギルドから仕事として職業の書を作りますが、錬金術師達はそれぞれで工房を持っていますから、そういった工房で依頼をすれば作って貰えるらしいですね。ですが職業の書は作成にはそれ相応の腕も必要らしいですし時間もかかります。それなりの伝手がないと厳しいらしいですね」
「ふむふむ」
最近思ったんだけど、錬金術師達が職業の書を作るのが大変だというのは、JOBレベルを上げてないからなんじゃないかなって思う。
職業レベルは訓練では微量の増加しか上昇しない。経験値的な物が足りないからだ。
でも職業レベルはダンジョンに行って戦えば上がる。だけど錬金術師のJOBでダンジョンに行く人は少ないんじゃないかな? だから錬金術師のJOBレベルが上がらず、いつまでも錬金術師としての能力が上がらないのが原因なんじゃないかなって思う。
まあゲームの仕様だからと言えばそれまでだけど、普通に考えて意味不明だよね。錬金術の勉強や訓練をするよりも、錬金術の技術をまったく使わないでダンジョンで魔物を倒した方が錬金術が上手くなるって。
「若様のおかげで最も希少な空の魔導書が手に入るようになりましたけど、それを使って職業の書を作れる人間を誘致できるようになるにはまだまだ時間がかかるでしょうね……職業の書をしっかり作れるっていう人間の大半は、錬金術師ギルドで手厚い待遇を受けて囲われていますから」
「職業の書かぁ。錬金術師になれば僕も作るんだけどなぁ」
在庫はいっぱいあるけど、両親が喧嘩になるような代物だから表に出しにくいんだよねぇ。
「どなたかのお弟子さんになられるのですか? そうなると千草達は護衛として立つのが許されるでしょうか」
「お弟子さんにはならないかなー」
「レシピは秘伝のものも多いと聞きますよ?」
「その辺はおいおい……」
着替え終わるとなんか無言で撫でられた。むう、何も考えてない子って思われている気がするぞ!
「錬金術の師匠?」
「うん。賢者も目指すけど錬金術師も目指すから。誰か知り合いいればって思って」
聞いてる相手はおじさんだ。お父さんやお母さんに聞いてもいいけどそっちにはいくらでも聞ける。
魔法の訓練を一緒にやってそれなりに上機嫌になったので、お茶に誘いがてら聞いてみる事にした。
「まだ賢者になってないだろう?」
「まだ魔法使いの修練が足りないからなれないと思う」
JOBレベルが50以上になった上で、連続で100体の魔物に弱点属性魔法でトドメを刺さないといけないからね。
そもそも魔法使いになってまだ日が浅い。JOBレベル50以上を超えるっていう部分がまだクリアできていないんだ。連続100体に挑戦するのは、そこがクリアできてからでいい。
「でも魔術師になれたってことは、錬金術師の方もクリアできてるってことだもん。だったら錬金術師にも今のうちになっておきたい」
「賢者にもなるし、錬金術師にもなると言ったのは聞いたが。オレはそれに反対する立場だというのは分かっているよな?」
「うん。でもおじさんは魔法職だし、知り合いに錬金術師がいてもおかしくなさそうだし、なんならお父さんにうちの領に錬金術師の知り合いを呼べないか相談されてるだろうし」
「……まあ、な」
おじさんは歯切れが悪い感じだけど答えてくれる。
「基礎的な錬金術の使い方とか道具の使い方とかお手入れの仕方とか。今のうちに知っておきたいんだもん」
「そもそも錬金道具など屋敷になかろう」
「役場の方にあるんでしょ? 一回だけ使った事あるよ」
「いつの間に」
ふふん。
「千早、千草。お前達の入れ知恵か?」
「若様は自分で考えられますから」
「もちろん若様の疑問にはお答えしておりますけど」
「従者ならばジルベールのためにも賢者になることに集中させよ。この子の未来につながる大事な話だ」
「二人は僕の従者ですー! おじさんの命令に従う必要はありませんー!」
「これは命令ではなく助言だ。ジルベールは最速で賢者になれる逸材だ。事実、この年齢で既に魔法使いまで習得できているのだぞ? いずれはこの国、いや世界に名を遺す偉大な賢者になることだって可能なのだ」
「興味ないし。過去の偉人なんて教科書で落書きされる運命だもん」
「……バカなことを言うもんじゃない」
あ、この反応。おじさんも書いてたな?
「賢者にはなるよ。お父さんにも言ったけど、絶対になる。でも錬金術師も諦めない。必要だから」
「何が必要だというのだ? ジルベールカードは別に錬金術が使えなくても作れるのだろう?」
「僕が作りたい物は別なんです! おもちゃとは違うしっ!」
「では何を作るのだ?」
「それは……ポーションとか」
今のところ確定しているのは神聖なるジョウロだ。でもいざゲームが始まった段階で、何が一番必要かと言われるとポーション類である。ついで解毒類。
僕が司祭や高司祭になれていれば必要ないかもしれないけど、いつゲームのストーリーが本格的に始動するのか分からないのだ。
もしかしたら僕の知らないところで既に始まっている可能性だってある。そういった出来事に巻き込まれた時、回復ができない状況では話にならない。
僕は死にたくないのだ。決して油断できない。
「そんなもの買えばよかろう?」
「この領の錬金術師達、回復ポーションしか作ってないじゃん」
「ポーションって言ってたではないか」
「他にも色々、速ポとかマッポとかマナチャーとか」
速ポは速度アップポーション、マッポはマッスルポーション、マナチャーはマナチャージポーションだ。
ゲーム内時間で30ターン、使用者の能力が上がるポーションである。低レベルでガンガン進みすぎた結果、中途半端に強い敵に引っかかったたうえに、セーブポイントが微妙でレベル上げとかもしにくい場所だった時とかに使っていたアイテムだ。
戦闘前でも使えるから、あからさまなボス戦や、ちょっとレベル的にはギリギリだけどレベル上げを効率的にしたいときとかにも使っていたアイテム。
RTAなんかだと常飲するらしいね。
「……なんだそれは?」
「速ポは素早さと攻撃速度が上がって、マッポは力が上がって、マナチャーは魔力の回復速度が上がるポーション」
おじさんの顔から表情が抜け落ちる。
「魔力の回復速度が、上がるだと? 魔力が回復するのではなく?」
「え? おじさん知らない?」
「……聞いたことがないな」
どうやら知らないらしい。




