魔法の訓練
残念ながらお父さんはレドリックから「時間です」と言われて連行されたので一緒に乗馬できず。そもそもお母さん達とそれぞれ二回ずつ乗った僕のお尻は限界だった。これは体を鍛えるだけじゃなくて尻の皮も鍛えねばならない。馬ってすっごい揺れるんだよ?
とりあえず一人で乗れるように、お父さんに教えて貰いたいなって言っておけば父の機嫌は治るだろうからあとでご機嫌をとっておこう。
とはさっきまでの話。乗馬の時に姿を見せなかったおじさんがうれしそうな顔でこちらに顔を出した。
「今日は特に訓練所を使う予定がないらしいからな。このまま借り受けることにした」
おじさんはそう言いながら、連れてきた騎士っぽい人に何やら指示を出している。
なんだろ? 的?
「このくらいの幅でいいですか?」
「ああ、すまないな」
なんか騎士が木のハンマーを持って的を地面に固定しているけど、すっごい似合わないね。
「さてジル。乗馬の訓練も終わったし、次は魔法の訓練だ」
「はぁい」
魔法を的に向かって打つだけ?
「まず的を狙って魔法を打て。属性は何でもいい」
「うん」
おじさんの指示に従い、的から大体10メートルくらい離れて杖を構える。
「おじさん?」
「どうした?」
「いや、危ないよ?」
的を背に立つおじさん。
「まあそのままならな。まずは例を見せるから、オレのことを気にせずに的に向かって魔法を放て」
「まあ、うん」
魔法は射撃武器だ。弓矢や鉄砲と同じように、標的に向かって攻撃をする。おじさんは別に的の前にいるわけじゃないけど、四つの的を背にしているから、ちょっと怖い。
「……どうした?」
「んー、ちょっと待ってね」
直線に進む魔法ではなく、自分でコントロールを選ぼう。
「風円斬」
円形に生み出した風の刃を高速に回転させて、対象を切りつける僕のオリジナル魔法。おじさんも使えるし、おじさんは僕よりも多くの刃を生み出せるのだけど、僕も負けずに的の数に合わせて四つ生み出して的に向かわせる。
「ふむ、エアディストラプション」
「あ!」
僕が杖を振って風円斬をコントロールしようとすると、おじさんの無効化魔法が僕の魔法をかき消した。
「どうした?」
「……そういう訓練ね?」
ちらりと後ろに視線を向ける。僕の背後にも二つ的がある、ちょっと離れた位置だけど。
「理解したようだな」
千草がエレメンタルウッドマンに撃った時に使ったプラントディストラプションは植物の弱体化の効果が出たけど、属性魔法に同一属性をぶつけると、その魔法を解除する効果があるのだ。
ゲームだとパターン化された敵の攻撃を防いだり、属性魔法しか撃ってこない敵なんかを攻略する時に使った魔法だ。
古代遺跡っぽいダンジョンにでてくる機械系の魔物が『あと3ターン後に特大雷魔法』って出てくるので、それに合わせてサンダーディストラプションを自分に撃っておくと、敵の特大雷魔法をキャンセルしてくれるのである。
「実際に相手の魔法に合わせてディストラプションを撃つのか……」
ゲームと違って、相手が何をするのかを見たうえで放つとなると、難易度が一気に上がると思う。
でも僕が撃った風円斬は、発動してから狙いをコントロールするタイプの魔法だ。こういうのは解除されやすい。
「ファイヤーボール」
「わわっ! ファイヤーディストラプション!」
おじさんが炎の魔法をこちらに放ってきた。僕は慌てて解除をする。
「ビッシュ様!?」
「何、当てる気はない。安心しろ」
シンシアからの苦情におじさんは涼しい顔だ。でも怖いんですけど!
「ほら、ロックボール」
「アースディストラプション! ファイヤーボルト! コールドボルト!」
「ボルトディストラプション」
「嘘ぅ!?」
ボルト系全般の解除魔法なんてあるの!?
「ボルト系の魔法は発動から着弾が早いもんな。当然対策はしている」
「ずるぅ! そんな魔法知らないしっ!」
「オリジナルだからな」
「うにゅうううう!」
「サンダーアロー、アイシクルアロー」
「サンダーディストラプション! コールドディストラプション! スピアスネーク!」
「ウォーターディストラプション、バブルボム」
「あ! ウォータディスラプション!」
バブルボムは大量の泡が敵に飛んでいき、それ一つ一つが爆発する魔法だ。ディストラプションでまとめて解除できるかと思いきや、解除範囲を大きく超えているっ!
つまり。
「これはむりー!」
ポムポムポムっと僕の背後で的に攻撃が当たる音が聞こえる。むううううう、負けた。
「あの場合ってどうすればいいのさ」
ぶつくされた僕におじさんが笑う。
「風の魔法で吹き飛ばせばよかろう。何もディストラプションにこだわる必要はないわけだ」
「えー!」
「まったく。砂の迷路と同じだぞ。オレがディストラプションによる無効化をしているからといって、全く同じ様に対応する必要はない。もっと頭を使いなさい」
「ぬぐっ」
頭を使えとはまた痛い指摘である。
「的を抜くのも同様だ。同時に魔法で的を狙ったり、さきほどのようにバラけて狙ったり、もっと色々あるだろう?」
「むう」
「お前には魔法をたくさん教えた。それなのに今回使った魔法は何種類だ? それぞれの魔法の特性は考えたか? 短絡的にボルトを試してすぐに無理だと思わなかったか?」
おじさんが腕を組みながら、首を横に振って呆れるように僕に伝えたのだった。
「さあもう一度だ。今度はもっと考えよ」
「はぁい」
再度やるとのことなので、おじさんの後ろの的に目を向ける。
僕の的は二つ、それに対しておじさんの的は四つだ。これはハンデだろう。
「念動障壁」
「む」
僕はさっそく、自分の的にガードの魔法を張る。これでおじさんは僕の的を囲っている障壁魔法を破壊しなければ、的に攻撃することはできない。
ふふふ、攻撃ではなく防御からいくのである。
「そう来たか、念属性とは希少な」
「ファイヤーボール」
「ウォーターベール! エナジーコート」
空中にボス狼に放った時と同様にファイヤーボールを無数に並べる。おじさんのバブルボムと同じように、それぞれ独立させて生み出した魔法だ。
それに対しておじさんは、おじさん自身も守るように水の壁を生み出した。更に自分自身に防御のスキルを撃っている。思いっきりやれってことなんだろう。
「行け!」
僕の放った無数のファイヤーボールが、おじさんの生み出した水の壁に阻まれる。
それでも僕は攻撃の手を止めない。
「閃光雷撃!」
水の壁の一か所に集中させたファイヤーボールは、爆煙を生んでもはや壁の状況が見えない。
それでも僕の魔法が壁を突破したと信じて、一直線に進む雷の魔法を放つ。
そして次第に収まる爆煙。さて、どうなった?
「……壁を突破するゲームではなく、的を破壊するゲームだぞ?」
「あ!」
そうだった。
おじさんの水の壁は突破したけど、僕の指先から放たれた雷撃魔法は、的を無視して大空へと吸い込まれていったようだ。
失敗失敗。
「考え方は良いが、まず爆煙で目標を見失うのは良くない。魔法の選択を誤ったな」
「むう」
「爆煙を生み出すタイプではなく、一点集中するタイプの。そうだな、アーススピアやストーンバレットなんかの方が今回の場合は効果的だ」
「そっちはいっぱい生み出したことなかったんだもん」
「試してみれば良かったではないか。これは本番ではなく訓練なのだから」
それもそうですね……。
「初手で的を守りに入ったのもいい手だ。攻撃に集中できるようにだな?」
「うん」
僕の技量だと、一度に出せる魔法は三種類くらいだ。さっきのファイヤーボールみたいに、一種類の魔法を複数生み出すのと、まったく違う属性の魔法を二種類や三種類もだすにはそれなりに集中したうえで体内の魔力をコントロールしないといけない。
魔法使いになってからかなりスムーズにできるようになったけど、まだまだ難しい。
「だが的を狙うこと自体を忘れるのはありえん」
「はい、ごめんなさいっ」
うん、結局そこだよね。




