油断をしない五歳児
イラーノエルファンから何日もかけてオルト領都に戻ってきた。
お屋敷に帰る日は知らせていたけど、護衛を含めるとやはり大所帯だ。バタバタとうちの少ない使用人達が片づけを頑張った。
もちろん僕はそんなお片付けに参加することはない。伯爵子息様なので偉いのである。
「ふっふっふー」
そんな日の夜なので、家の中は寝静まっている。ちょっと前までは地下の授職の祭壇横の書庫で、何やら探し物をするべく夜も人の気配がしていたが、今日は静かだ。
千早と千草もグッスリらしく、隣の部屋の二人が動く気配もない。もちろん上からスリープの魔法をかけて眠りを深くするのも忘れない。
長らく家を空けたから帰って来てすぐにすること。それはチュートリアルダンジョンに戻ってくることだ。
「あいるびーばーっく!」
無駄にテンション高くチュートリアルダンジョンに戻った僕がここにいた。
「まだ残ってる! 王都の時は消えてたのに!」
出発前に出し直しておいた『炎の絨毯』のことだ。この全自動スリムスポア討伐マシーンは、長旅で留守にしている間も順調に稼働していたのである。王都に向かった時と比べれば留守にしていた期間は短かったけど。
そして満たされる僕のJOB経験値。でも思っていたよりもJOBが上がっていない気がする。
「んー? 思ったより上がっていない? やっぱり上級職だから……ああ!?」
そう思ったけど、別の要因を思い出した。
「エレメンタルウッドマンを倒したからだぁ……同種討伐ボーナスが切れたんだぁ」
ガックリである。今思うと、狼襲撃イベントの時も獲得JOBが減っていた気がする。それが理由かぁ。
「うーん、でも防ぎようがない……よね」
いつぞやのパワーレベリングの時はスポアだったし、ダンジョンに潜った時の相手もヒュージヒューマスポアだった。つまりキノコ系統の魔物だ。
スリムスポアと同種扱いなのだろう。
前回ウルフのボスや雑魚ウルフ軍団を倒した時にもJOBの入りが少なくなった気がしたし、今回もエレメンタルウッドマン討伐だ。エレメンタルウッドマンは植物系の魔物だけど、キノコとは違うから別系統のカウントなのだろう。
「むう、こうなるとミノタウロスに……今のうちに行くべきかな?」
てこてこと歩いて属性結晶と属性矢を回収しながら考える。
ミノタウロスを倒せば、またキノコの同種討伐ボーナスが途切れるからだ。とは言っても、倒せる自信はない。というか普通に怖い。
「だって、エレメンタルウッドマンくらいの大きさの牛顔のムキムキ人型魔物だもん……」
怖すぎる。未だに回避に使おうと思っている瞬間移動も試せてないのだ。僕はまだ子供で、レベルが上がっている実感は有っても体力や力が子供基準な気がするのだ。気軽に強い魔物に向き合うのは危険すぎる。
ミノタウロスは決して油断できる相手ではないのだ。
「下級職をある程度極めた4人で戦う相手だもん。上級職になれているとはいえ、一人じゃ怖い……」
とはいえ、ここに人を気軽に連れてこれないのも問題だ。千早と千草は信頼しているし、ここに連れて来てもいいかなと思えるけど、ミノタウロスと戦うとなると流石に反対されるだろう。
それにミノタウロスと相対するのは千早だ。エレメンタルウッドマンを一人では抑えきれていなかったので、防御に関していえば頼りない。
「というか、行かなきゃいけない理由、今はないかも……」
落ち着いて考えてみよう。僕がチュートリアルダンジョンでミノタウロスと戦う理由は、上級職への転職のために次の階層へ行くのが目的なのだ。
もう魔導士の上級職である魔法使いになっているじゃない? それに錬金術師の書や他の上級職の書も持ってるじゃない? 錬金道具も隠し部屋にあったものがあるし、もしかしたら行かなくてもいいんじゃない?
「少なくとも、すぐに行かなきゃいけない理由なんてないっ!」
ミノタウロスと戦う準備ができてからでいいじゃないか! 決して怖いからじゃないぞ?
「と、とりあえず、もうちょっと鍛えて、体も大きくなって、回復用のアイテムなんかも入手してからにしよう」
準備は大事だ、うん。僕は油断をしない5歳児なのだから。
「時間も取れやすくなったことだし、そろそろ本格的に指導をしていこうと思う」
「ふえ?」
お勉強の時間を終え、午後のまったり時間を過ごしていた僕のところに現れたビッシュおじさんはそう言って僕の頭を撫でた。
「ダンジョンに連れてかれたりエレメンタルウッドマンと戦ったり、本格的だったと思うんですけど」
「あれは演習のようなものだ。魔法師団の人間なら年に数回は誰でもやっている」
僕はまだ魔法師団の人間ではないんですけど?
「魔法の訓練って、今までみたいに砂の迷路をやったり的当てしたり?」
的当てはともかく砂の迷路は面白いよね。
「魔法の取捨選択を素早く行使できるようにする訓練や、移動しながら魔法を行使すること、乗馬しながら魔法を行使することなどだな」
「やったわねぇ」
うんうん、とお母さんも頷いている。
「僕、馬に乗ったことなんかないけど?」
「……む?」
おじさんが驚いた顔で僕を見ている。いや、そんな顔されてもキラキラしてるだけだよ?
「今年の春に初めてお披露目でお屋敷の外に出たんだもん。馬なんてそれまで見たことなかったし、馬車になら乗ったけど馬には乗ったことないけど?」
「そうだったな。なんというチグハグな子だ」
「確かに、ならば乗馬も訓練するべきか?」
「いやいや兄上、さすがにジルに馬は早いです。まだ小さすぎる」
間違いなく一人じゃ乗れないよね。足が届かないよ。
「ポニー辺りで訓練をさせれば良くないか?」
「兄上、うちの領にポニーなんかおりませんよ?」
背の高い馬しかいないのかな?
「子供の馬にでも」
「調教も済ませていない馬に乗せられるわけないでしょう」
お父さんが珍しくおじさんに呆れている。
「第一乗馬は私が教えるのです。最初に相乗りするのも私です」
「あ、旦那様ズルいです!」
「そうですアーカム様、ここはシンシアにお任せください」
なぜそこで声を上げるシンシアと千早。千草が悔しそうなのは乗馬が得意じゃないからかな? まあ千草と二人で馬に乗るなんて怖いけど。
「け、剣の訓練だって父とが最初だったのだぞ? 馬だって父と最初に決まっているだろう!」
お父さんが父とか言い出した!?
「アーカム様、従者とて譲れないものもがあるのですよ?」
おお、珍しくシンシアが声を低くしている。普段あんまり動かない尻尾もピーンだ。
「お二人とも、あたしは若様の専属護衛です。若様にはあたしとの相乗りこそ慣れていただかなければなりません」
「護衛なればこそ、ジルとの相乗りは避けるべきだろう?」
「緊急時に必要なことは、練習しておくべきです」
ち、千早が理論的なことを!
「はいはい、そこまでよ。順番に乗ればいいでしょう? まったく」
しみじみと話を聞いていたお母さんが、いい加減になさいと声をかけた。うん、お母さんが正しいと思うよ。
「馬ならいるんだし、兵の訓練場で軽く乗馬訓練をすればいいんです。今日ならみんな時間があるでしょう? 今からすればいいじゃない」
「そ、それもそうだな」
「すいません、奥様」
「私としたことが、我を失いました……」
シンシア、その言い訳は違うと思うよ?
お待たせしました




