お別れの挨拶
「世話になったな。随分と参考になった」
「いえ、領主様のためになるのでしたらこの程度のお話はいくらでもさせていただきますよ」
「ドルン、大人になったな」
ははは、とお父さん達がお互いに手を握り合っている。
「この土地は常にエルフと共にあります。オルト伯爵、彼らを隣人として扱えるあなたなら、この土地を統べるのに相応しいでしょう」
「そう褒めてくれるな。子爵が間に立ってくれたおかげだ」
「多大な支援にも感謝を」
「それは私の屋敷を建てるための資金だ。決して支援金ではないさ、私の屋敷の護衛をするエルフの者達に良い武具を用意するのも、な」
「ありがとうございます」
どうやらお父さん、結構な金額をこの土地に置いていくらしい。
「引き続き、夫を代官として引き立ててくれるとお聞きしましたわ。家族一同、心より感謝をいたします」
「オルト伯爵様! ありがとうございます!」
ラーナスさんがお父さんにお礼を言い、チェイムちゃんが続く。
「こちらこそ、子爵を支えてくれ。夫人がいるからこそ、子爵はその力を発揮できるのだから。チェイム嬢も、お父さんとお母さんを支えるのだぞ?」
「はい」
「がんばります!」
今度はお母さんの番だ。
「次に来る時には、うちの跡取りも連れてきますわ」
「ミドラード様は殿下の護衛と聞きます。無理なさらずとも構いません。今度はこちらからご挨拶へ伺わせてください」
「まあ、素敵なご提案ですね。その時には歓迎いたしますわ」
お兄ちゃんはまだ学生だ。学生の身分で殿下の護衛を務めている。更におじいちゃんからも指導が入っているらしいから、時間なんてほとんど取れないだろうな。
前みたいに殿下がオルト領に顔を出してくれない限り、ドルンベル様と顔を合わせる機会は作れなそうだ。
「ジル! また遊びに来てね! 楽しかったんだから!」
「うん、もっといっぱい遊びたかったからね」
なんだかんだ言ってパワフルに引っ張ってくれる彼女と遊ぶのは楽しかった。常に動き回ってて、屋敷が狭く感じたくらいだもの。
実際にあの広いお庭では狭いくらいだ。
「次はダンジョンに行きましょうね!」
「え?」
「ジルがダンジョンに行ったこと、聞いたもん! あたしがまだなのにズルいわ!」
それって広めていい話なの? ちらりとお父さんに視線を向けたけど、お父さんは素知らぬ振りである。ドルンベル様は? あ、ニコニコしてるだけね。
「仕方ないから、ジルが案内してよね! 代わりにあたしがジルを守ってあげるんだから!」
「そ、そうだね。わぁ、頼りになるなぁ」
「ふふん! 当り前よ! あたしはジルのお姉ちゃんなんだから!」
「あ、はい」
いつからお姉ちゃんになったんだろうか。
「千早さんと千草さんもよろしくね!」
「はい、お任せください」
「その時はよろしくお願いします」
僕の後ろに控えていた二人にも声を掛けている。他にもシンシアやクリスタさんにも声を掛けたり、クリスタさんには抱き着いたりもして挨拶である。パワフルな子だ。
一通り挨拶が終わると、僕達は馬車に乗せられる。なんでもエルフの人たちが途中まで護衛をかってくれるそうで、来た時よりも大所帯だ。
『子よ、また顔を出すがいい』
あ、シャーネ様。
『はい。また色々とお話を聞かせてください』
馬車の窓から外を見ると、少し離れた位置に聖獣シンシルベルが何頭か見える。先頭には一際体が大きいシャーネ様だ。
「お父さん、シャーネ様」
「ジル? ああ、例の念話か。千早、馬車を止める合図を」
大所帯なので馬車を止めるにも合図がいるらしい。千早がベルを二度ほど鳴らした。
少しすると馬車が完全に動きを止まったので、お父さんは僕を抱えて外に出た。お母さんはいいらしい。
「ジル。シャーネ様にご挨拶させていただいたお礼を。そして次も来た時にお世話をさせてくれと伝えてくれ」
「え? あ、うん」
そんなんでいいの?
『シャーネ様、おと……父がご挨拶のお時間をいただきありがとうございましたって。また次も、お世話をさせていただければ光栄ですだって』
『ふむ。なかなか分かっているではないか。次も力強いブラッシングを頼むと伝えてくれ』
いいらしい。
「また頼むって」
「ありがとう。流石にここから声を張る訳にはいかないからな……総員、シンシルベルの王シャーネ様に敬礼!」
お父さんが僕を抱っこしながら声を張る。ちょっとびっくりした。
そして器用に周りに合わせて礼をする。エルフ達とウチの領のメンバーと、敬礼する形が違うけど、通じたっぽい。
シャーネ様が嘶くと、他のシンシルベルもそれに合わせて鳴き声を上げた。そしてそれを合図に、シンシルベル達は移動を開始。
「これでおしまい?」
「ああ、きちんと挨拶ができて良かった」
街から出る前にお父さんはシャーネ様に挨拶に行ったらしいが、不在だったらしく会えなかったらしい。言ってくれれば念話でつなげたんだけど?
そんなこんなでイラーノエルファンを後にする。外に見える灰色と黒の世界の先のイービル=ユグドラシルが気になるけど、今の僕にはどうすることもできない。
また来よう。そう思った。




