念話
『もしもーし?』
『む? おお、人の子か。もしもしとはなんぞや?』
『ジルベールだよー? もしもしは気にしないで』
夜になり、念話を試してみた。一度使えるのを確認してから一日経ったが、特に問題なく連絡を取ることができた。起きてると寝なさいと言われるのが目に見えているので、ベッドに転がって布団をかぶっている。
この街は大きく、ドルンベル様の代官屋敷から聖獣シンシルベル達がいる小屋までそこそこ距離はあるが、どうやら届くようだ。
『ふむ、念話に雑音も入らず問題ないようだな』
『うん。飛ばしたい思考だけをきっちり飛ばせるね』
念話で飛ばしたい言葉と念話で飛ばしたくない思考を切り離しておけばいいのだ。マイクのオンオフ機能みたいな感じである。
『ここまでクリアに使える者は久しい。種族の同じもの同士でもない限り、多少なりとも雑音が入るものなのだが』
『そうなんだね? でもシャーネ様からの声もクリアだよ?』
『我は別格である』
『あ、はい』
なんかすみません。
『どれだけ届くんだろ……』
『届きが悪いとブツブツと音が拾いにくくなったり途切れ途切れになったりするな』
電波状況が悪い電話みたいになるのね?
『群れでの行動の際でもそこまで遠くに声を届かせることもなかったでな、あまり離れぬというのもあるが』
『そっかぁ』
『群れを分けて行動することもあったが、その際に念話を飛ばしあって危険を知らせたり良い草場を見つけて報告をしたりと使っておった。樹楽古山の縄張りは広大であるから、届かぬ場合もあったな』
世界樹の周りのエリアのことを言っているみたいだけど、どこまでのことなのやら。
ゲームだと通ることのできない風景みたいな山に囲まれている世界樹だ。行動できる範囲は確かに広かったけど、それはあくまでもゲーム内で動ける範囲での話だ。
世界樹の後方に広がる山々もすべてひっくるめてとシャーネ様が言っているとなると、結構広い範囲に念話は飛ばせるのかもしれない。
『とはいえ受けられる眷属も限られておるでな。世界樹が健在だったころは強く賢い個体も多かったが今では念話を操れる者があまりおらぬ。受けられる者はまだそれなりにおるがな』
『ん? もしかしてシャーネ様って、世界樹が世界樹だったころからご存命な方?』
『む? ああ、そうだな』
おおー! すごぉ! リアル長寿種だ!
『ユージン知ってる? マーニャ様とかも!?』
『英雄ユージンか。遠目で見た程度で直接話したことはないな。マーニャはエルフの姫君であるな? あやつは知っておる』
『おおー!』
ゲームの登場人物の話が聞けるとは!
『あれはお転婆姫と呼ばれる部類のおなごであったな』
『あー、やっぱりそうなんだ』
『やっぱり?』
『あ、えーっと、僕の家の近くのエルフに聞いたの』
ゲームでもユージン達の仲間になる理由が『兄を騙した魔王への復讐』だ。しかもその段階で使えるJOBがハンターと騎士という超攻撃的な構成。
加入段階でレベルも50とかなり高いレベルで、専用装備でガチガチに固めての参戦なので即戦力である。
彼女の加入により、騎士職のバルムンクがレギュラー落ちするのだ。だって見た目も綺麗で人気なエルフのお姫様だし、それまでの道中で入手できる武具よりいいもの装備してるし、その装備はマーニャ専用だから人には渡せない物ばかりだし。
『そういえばお主、突然現れたな。どこから来たのだ?』
『お父さんの挨拶、まったく覚えてないのね……』
『マッサージの上手い男だな』
うちのお父さんはマッサージ師ではありません。
『ここから少し離れた街だよ。シャーネ様をマッサージしてくれたうちのお父さんは領主様で伯爵様』
『人の立場など我にはどうでもよいが、たしか王に代わり統治する者のことだな?』
『うん。そう』
『ここにはあれがいるだろう』
『あれ?』
『あやつだ、えーっと、名前が思い出せぬ』
そう言ってドルンベル様の映像が僕の頭に流れ込んでくる。言葉だけでなく、映像なんかも送れるらしい。便利だ。
『ドルンベル=ウォール子爵ですね』
『おお、そうじゃ! 思い出した! そやつである!』
『ええ?』
思い出したの? 本当に?
『本当であるぞ?』
『おっと』
思考が漏れてしまった。
『あの人の上にお父さんが来るんだって。ドルンベル様はお父さんのお兄ちゃんと義理の兄弟関係にあるから、今まで通りこの地を任せるって話らしいよ?』
『つまり今と変わらぬということか? 灰色の森の拡大を食い止めるためにはもっと人の力が必要であると感じておる……我らは体で戦う生き物であるがゆえ、奴らとは相性が悪いのだ』
聖獣シンシルベルとはいえ、彼らは獣だ。基本的な戦い方は体当たりや角で突く、蹴るといった物理攻撃が主体なのだろう。
対するエレメンタルウッドマンは物理攻撃にめっぽう強い表皮を持っているから厄介だ。お父さんやウェッジ伯爵は多分ベラボウにレベルが高いから物理で押しているけど、おじさんや千草の弱体化魔法に助けられているからこその結果。
実際弱体化されていても、千早の攻撃はあまり通じていなかったし。
『我一人であれば無論倒せるが、時間をかけると連中は増えるしな』
『キリがないっていうよね』
近くの木を傷つけただけで新しい個体が生まれるんだもんね。
『厄介である』
エレメンタルウッドマンの、というかイービル=ユグドラシルの話になると、途端に不機嫌になるシャーネ様。
まあ何百年も解決しない問題だから仕方ないかもしれない。
いずれはなんとかできると思うけど、色々と素材が足りないから今の僕では無理だ。
『ぬ? どういう意味だ?』
『や、えーっと。僕も考えているんだ』
『ふん、子供に何ができようか』
『うん、ごめんなさい』
また思考が漏れてしまった。深く物事を考えると、ちょっと危ないな。
『そろそろ寝るね。おやすみなさい』
『うむ、子は夜に寝るものだ。そして大きくなるがよい』
年長者らしい言葉に少しおかしくなる。僕は思わず苦笑をしながら、念話を切る。
またお父さんに声をかけて、マッサージをしてあげようと思った。




