尊敬できる人
エレメンタルウッドマンはかなりの数を倒した。結構レベルアップもしたと思う。スポアの時みたいに急激なレベルアップじゃないっぽいから、体調も崩さなかった。
一体一体を確実に倒す戦いだったのと、前衛の千早とウェッジ伯爵の二人の安定感がすごかった。それにおじさんのディストラプション系列によるエレメンタルウッドマン魔法キャンセルの精度がかなり高かったので、エレメンタルウッドマンによる魔法攻撃もこちらに飛んでこなかった。
詠唱時間の短い魔法は前衛にしか飛んでいかず、範囲魔法や後方にいる僕達を狙った魔法はおじさんが打ち消してたからね。僕だけでなく、クリスタさんやおじさんもノーダメージだ。おじさんもかなり戦い慣れている。
おかげで安心安全な狩りができた。これもパワーレベリングだろう。よかったよかった。
この世界がゲームの世界である以上、魔物と相対する時は来るだろうけど、今はまだごめんだ。少なくとも、エレメンタルウッドマンみたいなでかい魔物にぶん殴られたら、僕の子供ボディは一瞬でお星さまになってしまう。
そんな安心安全な状況下だからこそ、突然ありえない程強い魔物が現れたり、謎の襲撃者が現れたりするのがゲームイベントのオハコだ。
おじさん達がいたとはいえ、油断はできなかった。だけどそんなイベントは起きず、順当にレベルアップができた。できてしまった。
「むぅ」
夕方になると人の出入りが増えるからその前に帰ろうと馬車に乗った僕だった。そこでも襲撃的な事件は起きず、無事にドルンベル様のお屋敷に到着。
もしかして、まだゲームのスタートラインに立っていないのだろうか? 分からん。
分からんからやっぱり油断はできない。
「ジル! おかえり! 遊ぶわよ!」
ドルンベル様のお屋敷に到着すると、お出迎えにお父さんとチェイムちゃんとドルンベル様が顔を出してくれた。
「あ、うん。着替えるから待ってね」
「そうね!」
「あと遊ぶならリビングで遊ぼうね……」
チェイムと一緒に迎えに出てきてくれたドルンベル様の顔が怖いから。
「ええ!? それじゃあお人形を広げられないじゃない!」
「トラ……カードで遊ぼうよ。お父さん達とも一緒にできるし」
「そうだね! それがいい! うん! 是非そうしよう!」
トランプって言いそうになったさ。それよりドルンベル様の食いつき方がすごい。
「新しい遊びも教えるよ?」
「新しい遊び!? きゃあ!」
嬉しそうに飛び上がるチェイムちゃん。
「ジル、新しい遊びというのは」
こそっとお父さんが耳元に顔を近づけてきて言う。
「サフィーネゲームね。このゲームはドルンベル様も覚えておかないといけないだろうし」
それに釣られて僕も小声だ。
なんといっても名付け親はこの辺一帯を治める領主たちの一番上にいるモーリアント公爵だ。代官とはいえドルンベル様も顔を合わせる可能性があるから、その時に話題についていけないなんてことになったら恥を搔いてしまうかもしれない。
「難しいな……閣下はご自身でお伝えになりたいタイプの人だから……でも私との繋がりでという形で伝えた方がいいか?」
「や、その辺は僕に聞かれても」
子供になんの相談をしやがるのだ。
「……そうだな。つい」
「おじさんやウェッジ伯爵と相談してください。ダメなら真偽をやるし」
「いや、サフィーネゲームを教えておいてくれ。ドルンとお前のつながりを強調することにも繋がる」
おじさん、聞いてたんだ?
「ジルベールはドルンと軍盤もするといい」
「軍盤といえば、おじさんは軍盤はしないの?」
「オレは軍盤は嫌いだ」
あ、そうなんだ?
「魔法兵が広範囲に攻撃できないのが納得できないんだそうだ」
お父さんがクスクス笑いながら教えてくれる。
「……そんな突出した駒がいたらゲームが成立しないじゃん」
「分かっている、だが納得ができないという話だ」
ルールに文句を言っちゃダメよ。
「神々の定めた遊びだ。これを改良するのも悪とされているからな。それも好きではない」
「あれ? でも変なルールいっぱいあるよね?」
「それは盤外ルールだ。盤上のルールは変えてはならないんだよ」
「そうなんだぁ?」
「神が定めたものだからな。兄上は神によこされたものをそのままただ使うだけというのが気に食わないらしい」
「あははは、なんかおじさんらしいといえばらしいね」
「ふん、賢者ならば当然だ」
なんか撫でられた。なんでだろ?
首を傾げているとお父さんが苦笑して僕の手を引いた。あ、チェイムちゃんがうずうずしてるのね、はい、すぐに中に入ります。
サフィーネゲームの説明をして何度もカードで遊ぶ。
毎回チェイムちゃんが声をあげ、ドルンベル様が困り顔になっている。うん、お客様の前で身内が、子供が騒ぐとちょっと恥ずかしいよね? でも子供が元気なのはいい事だと思うよ。
「さて、ジル君。今度は私と軍盤をしようか」
「はい、お願いします」
おっと、ドルンベル様からご指名だ。
今日はクレンディル先生がいないから、軍盤に過剰反応する人がいなくて楽でいい。
先生がいたら軍盤をやる為だけに、テーブルの位置を変えて照明の位置も変えて、それぞれの取った駒を置く台の角度を調整し、と開始するまでに三十分くらいかかるのだ。
最近はそのセッティングの仕方も僕に教えたいらしく、準備の手順を説明しながらやるから、準備中でもその場を離れられないんだよね。
「ジルは軍盤もできるの?」
「うん。難しいけどね」
「そうなのよ!」
難しいよね。これ。
「ジル君は覚えてどれくらい経ったんだい?」
「一年くらい、でしょうか?」
確か今くらいの時期に先生がうちに来たんだったと思う。違ったっけ?
「なるほど、じゃあそうだね……対等な状態で勝負を何度かし、その後でハンデを決めようか」
「お願いします」
先生が厳しいので、軍盤の扱いが丁寧な僕だ。自然と軍盤関係のこととなると丁寧になってしまう。
「でも先手は譲ってあげよう」
「ありがとうございます」
先生以外にもお父さんやレドリック、お兄ちゃんにレオンリード殿下、ウェッジ伯爵とも対局をしたことがあるので大人達の強さは身に染みている。あの体を動かすのが取り柄と言わんばかりのお兄ちゃんだって、かなり軍盤は強いのだ。僕は油断をしない。
「じゃあ目隠しを置いて……」
盤上の真ん中に仕切り版を置いて、お互いに駒を並べる。ドルンベル様はどんな打ち手かわからないけど、僕みたいな子供を相手にするときは、最初は防御重視の陣形で迎え撃とうって人が多かった。
ドルンベル様は迷いなく駒を並べているので、前もって陣形を決めていたんだと思う。そう考えると、今までの大人と同じで防御重視の陣形な気がするな。
中央からの攻めを中心とする突撃陣形ではその防御を突破できない可能性があるので、両翼から中央を攻める囲い陣形で並べよう。
「じゃあ目隠しを外すよ」
「はい、大丈夫です」
駒を並べ終わり、相手に顔を向けたのでドルンベル様は僕の準備が終わったのを感じ取った。
目隠しを外して、こちらの陣形を見ると、少しだけ片方の眉を上げた。
ふふ、やはり防御重視、しかも中央防御の陣形だ。
「なんとまぁ、これはやられたね」
「まだこれからですけどね。運よく有利な陣形に並べられました」
「……そうだね、それじゃあ対局をしていこうか」
「はい、では先手から」
そう言って僕は右手側の兵士から進めだす。
ここからは真剣勝負だ。ドルンベル様は不利な陣形スタートだから、序盤からどう守るかを考えているようだ。
相手の思考時間が長いので、自然と僕も相手の手を読める時間が増えていく。
互いに一歩も譲らない駒の応酬は、だんだんと激しさを増していった。
「むう、ここで傭兵を差し出したか」
「囲い陣形ですから。王子が浮きやすいので」
「こちらの王子の守りは万全だぞ?」
「ええ、ですからこちらから、こう」
「むう、良い手だ。こうカバーするしかないな」
「……ではこちらに」
「弓兵を前に」
「魔法兵で貰います」
「くっ、近衛を動かすしかないか……」
軍盤はこちらが大きなミスをしないか、相手との実力差に圧倒的な開きがない限り初手の配置で優劣が決まる。駒を自由に配置ができる分、最初に優劣がはっきりついてしまうのだ。
この有利を逃していては軍盤では勝利できない。今の状況だと、いかにして相手の駒を奪うゲームではなく、いかにミスせずに有利な状況を継続できるかが勝利の鍵だ。
「なかなかどうして、手ごわい」
「ありがとうございます。先生が厳しい人なので」
「クレンディル殿か」
「はい」
どうやら先生のことを知っているようだ。
「先生と対局の経験が?」
「ああ、一度か二度しか勝ったことがないよ。あの人は一度対局した人間の顔を忘れないからね」
「あー」
軍盤脳だからおかしな構造をしているんだよね。
「さて、攻め込まれてしまっているからね。こんな手はどうだろうか?」
「あ」
気づかれたか……王を今の段階で逃がすこの一手はかなり厳しい手だ。
「……少し、時間をください」
「はっはっはっ、ようやく返しの手がだせたね」
「くう、流石です」
今の一手で今後の流れが複雑になってしまった。さっきまで相手の駒の動きをコントロールできていたけど、こうなるとドルンベル様の動かせる駒の自由度が上がって、僕の子供脳ではシミュレーションしきれない。
その後何手か進んだが、とうとう囲いの一部が壊されてしまった。囲い陣形は囲いを作りやすい分、突破されると一気に不利になるのだ。
「……参りました、投了です」
「おや、いいのかね?」
「ドルンベル様がミスしてくれるとは思えませんから」
「あははは、褒めてくれているんだよね? ありがとう」
くそー、絶対に勝てると思ったのに!
「ジル君は負けず嫌いだね」
「そ、そんなことないし!」
何度目かの対局、結局一枚落としのハンデを貰って勝った負けたを繰り返していて、とうとう完全に負け越してしまった。
むう、手強い。
「ドルンベル様はなんというか、指し方が上手です」
「そうかい? というか上手って?」
「なんていいましょうか、クレンディル先生と似たようなうち筋を感じます。こちらに合わせるのが上手いといえばいいんでしょうか」
僕が打った手に対し、受けて立つときもあれば躱して流れを変えようとしたり、時には上から殴りつけるように強引な手を使ったりと多彩なのだ。
手の種類が多いというか、賢いというか。なかなか楽しませてくれる指し手なのだ。
「お父さんより上手いかも」
「それはそれは、ありがとう」
ドルンベル様が嬉しそうに答える。
「しかしジル君の指し方のパターンが豊富だからだね。こういった対局は相手にもある程度の技量が求められるから」
「えへへ」
クレンディル先生といると、四六時中軍盤の話になりますもの。
「とはいえ、一番の弱点はやっぱり顔だね。もう少し表情を引き締めないと。子供の中ではまあいい方かもしれないけど、やはり『まずい』っていう顔は相手に悟られてはいけないんだよ」
「そういう駆け引きはまだ難しいです」
クレンディル先生にも言われているのだが、どうにも僕は表情に出やすいらしい。軍盤みたいな競技だと、押し込まれていてまずいときこそ冷静に余裕のある表情をするべきだと教わった。そういう表情こそ、相手に不安を与えミスを誘えるのだと。
なかなか難しい。
「しかし大きなミスもせずにここまでの対局ができるのは素晴らしいね。同年代では負けなしになるんじゃないかな?」
「同年代、というか年上としか対局経験はないですね……」
僕の周りの同年代の子供が顔を出してくれないのだ。僕自身のお披露目が終わっていても、周りの子供のお披露目はまだで、親御さんたちが僕やお父さん達に合わせるのがまだ早いと思っているのが原因だ。
お父さんは領主だから、お披露目を受ける立場でもある。子供が領主であるお父さんに不評を買うような真似をしてしまったら、親のメンツに関わるのだ。
「お披露目はうちの娘も早いと思ったんだけどねぇ」
そういいつつちらりとチェイムちゃんに視線を向けるドルンベル様。まあ、なんかやんちゃよね。
「素直ないい子だと思いますよ?」
「君に言われるのはなんか違う気がする」
「あ、それもそうですね」
僕よりも年上だし。
「君は異常に大人びてるし、チェイムは子供っぽすぎる……」
足して二で割ったらちょうどいいかもしれないですね。
「やはりJOBを持つ子はどこか違うんだよなぁ」
「そうなんです?」
「ああ、JOBを持たない子の方が圧倒的に多いからね。かくいう私はJOBがないし」
「え? そうなんですか?」
貴族なのに?
「知っているかもしれないが、誰しもが持てるわけじゃないんだよ。私なんかは第三子だしね。貴族院でも成績が足りずに貰うことができず、気が付けばこの歳になってしまった。代官として職業の書の管理も行っているが、まあエルフ達を優先しているからね。チェイムのは義兄上を通して君のおじいさん、ローランド=エルベリン伯爵に用意してもらったんだよ」
「でもご自身で使う事も可能なんですよね?」
「それはもちろん。でも私が使うよりも最前線で戦うエルフ達になるべく渡してあげたいんだ。私が戦う機会はないが、彼らは常に戦ってるからね」
「おぉ」
偉い人だ!
「ドルンベル様は凄い人ですね!」
「そ、そうかい?」
「はい! 尊敬します!」
「あはははは、ありがとう」
気持ち照れた顔をして、僕の頭をポンポンと撫でてくれた。




