こうして女性はドレスを増やす
「待っていなさいって言われてもな……」
広い応接室のような部屋。そこに一人の僕。
ぽつーん。
「……なんか一人でいるって新鮮」
普段は千早と千草が僕にくっついている。もちろん片方だけの時もあるし、少しだけ離れるなんてときもあるけど、一人っきりっていうのは寝る前の時間くらいだ。
完全に一人になれるタイミングだと、チュートリアルダンジョンに向かうけど今回は姿をくらます訳にはいかない。
一人っきりの状態でかつ本なんかがなく、やる事が何もないっていうこの状況、珍しいのである。
「ぬーん」
しばらくソファに座ってボーっとしてたけど、あかん。なんかうずうずする。
ソファの横を見ると、僕とお父さんの鞄が置いてある。
僕は自分の鞄をとり、そこからトランプを取り出す。
「ソリティアでもやるかな」
そう、トランプでの一人遊びの定番。ソリティアである。
何を隠そう僕はソリティアの名人だ。社会人として働いていたとき、事務仕事が終わったあとに他の人の仕事が終わるのを待たないといけない無駄な時間がけっこう発生するのである。
そんな時にパソコンの中に入っていたソリティアとマイン〇イーパは僕の大事なお友達だった。ネットをダラダラ眺めるのにも限界がきたときに彼らは満を持して登場するのである。ブラウザゲームなんかをやるのはさすがに、ね?
カードを伏せて一枚から七枚並べると、いきなり1が2枚もあるのは幸先がいい。
あ、列の交互はどうしようか。赤と赤を列状では重ねられないのがソリティアのルールだけど、色が赤、青、緑、黄色だ。
うーん、赤と緑、青と黄色を重ねられるルールにしよう。途中で分かんなくなるからメモメモ。
むー風の1が出てこない。どっか深いところに重なっちゃってるかもしれないな。
「難しい……」
「なに!? 新しい遊び!?」
「うわっ!」
チェイムちゃんだ。いつの間に。
「若様、すみません」
「ノックはしたんだけど」
「帰ってきたらただいまをしないとダメなのよ! 男の子ってダメね!」
「え、あ、うん。ただいま」
コンコンガチャだったらしい。気づかなかった僕も僕だけど。
「お帰り! それより何してたの? 占い!? あたし占い好き!」
「それよりって……一人で遊んでたんだけど」
挨拶しないといけないって言っておいてそれよりってなる思考がおかしい。あ、子供だからしょうがないか。
「一人で遊ぶなんてダメよ! あたしの家なのよ!」
「あ、はい」
グイグイと言い寄ってきて、ソファにボスンと勢いよく座る。
「面白そう! どういう占いなの!?」
「えっと、占いじゃないんだけど……そうだね。最初から、やる? それとも千早と千草も混ぜて遊ぶ?」
「千草、あたしはドアの前に戻るわ。お二人のお相手を」
「若様、千草はお飲み物を準備しますね。お二人で遊んでいてください。チェイム様はお紅茶でよろしいですか?」
「ええ! お願い! アンネア! お手伝いして差し上げて!」
「かしこまりました」
ということでソリティアを何故か二人で始めることに。そして途中から始まる「難しいわ!」の声。
一人で遊んでるゲームって、説明難しいよね。実際にやって見せた方がいいかも。
「仲良しだな」
「ジル君、チェイムの相手をしていてくれたのかい? ありがとう。でも少し近すぎじゃないかい?」
今度はノックの後、ちゃんと千早が通してくれる。お父さんとドルンベル様だ。こんな子供同士が遊んでる時に変な嫉妬をしてこないでください。ソファで並んでソリティアしてただけなんですから。
ほら、お母さんがくすくすしてる。
お父さんはカードが並んでるテーブルを見て表情を硬くする。あ、すみません、これ教えてない遊びだったね。
「今から聖獣様のところに向かうことになった。ジル、準備はいいな?」
「準備するものって結局あるの? あと僕が気をつけないといけないことってある?」
「……特にないそうだ」
「ん、じゃあ行けるよ」
「聖獣様にお会いするの! あたしも行く!」
「チェイムはお留守番だ。この間聖獣様とはご挨拶をしたばかりだろう?」
「また背中に乗せてもらうの!」
「この子は……まったく。今回は大事なお話を聖獣様とするんだ」
「お話!?」
「ああ、そうだよ」
ドルンベル様がいいながらいい子だからとチェイムを撫でてなだめ……。
「聖獣様とお話ができるのね! すごいわ!」
なだめられないらしい。
「いや、言葉の綾というかだな、聖獣様にアーカム様が新しい領主様として、ご挨拶をされるのだよ」
「そうなのね、あたしもご挨拶をするわ! 聖獣様にはぬいぐるみをありがとうって言いたかったのだもの!」
いま思うと、聖獣の毛皮で作ったぬいぐるみって結構失礼な品物にならない? 向こうの心境的にどうなのだろう?
「いや、我々はな」
「もう! ごあいさつとお礼はとても大事だってお父様いつも言ってるじゃない! こういうのはちょくせつ言わないと!」
「む、あ、ああ」
説得失敗してるなー。
「大変よチェイム、聖獣様にお会いするのに相応しいドレスがないわ」
「ええ!? この間のドレスがあるじゃない!」
ラーナスさん頬に手を当てながらがアンネアさんに視線を送ると、アンネアさんがハッとした顔をする。
「お嬢様、前回と同じドレスでお会いする訳には参りません」
「そんなっ!?」
「現在注文をしておりますが、すぐに完成するものではありません。聖獣様はとても賢いので、チェイム様のドレス姿を覚えてらっしゃいます。聖獣様に失礼のないように、新しいドレスが出来てからお礼をなされてはいかがですか?」
「そうね、失礼になってはいけないわ……お父様、今回はあたし、付いていけないわ」
「そ、そうだな。新しいドレスが必要だな」
ドルンベル様の顔が引きつっている。まあドレスっていいお値段するらしいものね。




