目があぁぁぁぁぁ!?
お父さんの開始の合図と共に、真っすぐこちらに掛けてくるチェイムちゃん。
うん、お父さんや千早と比べると随分遅い。でも相手は戦士のJOB持ちだ。まともに剣で受けては手が痺れてしまう。
「せいっ!」
彼女の気合の入った上段からの剣を、僕はしっかりと横に回避。その剣に合わせて僕も剣を彼女の剣の横に当てて追撃を防ぐ。
「っ!」
振り下ろしている最中の剣に横から攻撃すると、体が少し流れるのだ。それを利用して彼女から距離を取る。
「ほお、ジル君は随分と動けるのだな」
「ああ、オレとしては魔法の修練に集中してもらいたいところなのだが。アーカムが剣も使えるようにさせたいらしくてな」
なんか聞こえてくるけど、気にしてはいられない。
僕は一歩踏み込んで、彼女に横薙ぎの攻撃を振るう。
「くっ!」
僕の一撃を剣で受け、反撃をするべく剣を引くチェイム。
もちろん反撃なんか受けたら痛いので、素早く彼女の間合いから飛びのく。
「すばやいっ!」
「どうも!」
剣の届かない場所に動いた僕の動きに、彼女はついて来れない様子だ。
でもそこまで距離が開いている訳じゃない。助走もつけられないので、その場から一歩踏み込んでくる。
その踏み込みに合わせて僕は距離を空ける。相手は女の子とはいえ、僕より頭一つ分近く大きい体の持ち主だ。単純に年上だもん。
彼女の一歩は僕の一歩より大きい。
何より間合いの中に入って剣を打ちこまれたら、体格の差で剣を押し込まれてしまう。
「この! この!」
型というより、振り回すような剣で彼女はこちらに攻撃を仕掛けてくるので、僕は半身に構えながら、回避に専念。なるべく剣で受けない様に回避をする。
「ほお」
どこからか感嘆とした声が聞こえてくる。ふふん、僕はカンストこそしてないとはいえ、シーフのJOBも抑えているのだ。回避技術は高いのである。
「はい!」
自分で振り回した剣のせいで体のバランスが崩れた瞬間に、僕は剣を前に突き出す。もちろん体や顔に当てない様に、首元に伸ばす形だ。
「そこまで!」
「ええ!?」
「ふう」
チェイムちゃんは不満そうな声を出すけど、審判の決定は絶対だ。
「あ、当たってないもの!」
「それはジルが剣を止めたからだよ。そうでもなければ君の首にジルの剣が突き刺さっていた」
「ああ、間合いの取り方、攻撃の見切り、そして反撃のタイミング。とても魔術師とは思えない立ち回りだ」
えへ。
「む~~~! じゃあもう一回! もう一回よ!」
不満そうな顔を隠さず、指をこちらに突き出してもう一回を連呼。困ったな。
「まったく、仕方ないな。ジル君、次は魔法有りだ」
「え?」
「嫁入り前の大事な娘だ。怪我をさせないタイプの魔法で頼むよ」
「いいわ! 次は一撃で倒してあげるんだから!」
「ええー……」
どうしようかな? 火や雷は危ないし、風もだ。水は……濡らすのは可哀想だし、土も殺傷能力の高い魔法が多い。
「どうしよ」
「無理に使わなくてもいいけどね」
「ちょっと、考えさせてください」
氷も動きを止めるだけならいいけど、無理をされると怪我させそうだ。うーん、うーん。
「あ、これにしよう」
「決まったか? それじゃあもう一度、はじめ!」
お父さんの掛け声とともに、再び彼女がこちらに向かってきた。
「フラッシュ!」
僕が思った以上の光が、お庭の中で発生した。
「うはははは! まさか引き分けとはな! あー! ジルベール! もっと考えて魔法を使わないとだな!」
歓迎会という名のお茶会の中、大爆笑しているのは僕のおじさんである。
「あー、笑った笑った。というか自分の魔法に引っかかるのが特におかしい」
そう、僕の目前に放たれた『フラッシュ』の魔法は、僕とチェイムちゃん、そしてお父さんの目を見事に潰したのである。
驚くほどの光量だった。少し離れて見ていたお母さん達も目をしばしばさせたし、千草はしっかりと転んで膝小僧を打っていた。
本当にごめんなさい。
「おじさんは平気なんだね」
「そこは慣れだな。まぶしいものはまぶしいが」
「あの魔法は危険だから封印だ……」
「本当よ! まだ目がチカチカするわ!」
二人揃って光で目が開けなくなったので、対決はお流れになった。実質自爆である。
光属性の属性結晶も勿論入手していた僕なので、とんでもない光を放ってしまった。
「引き分けは引き分けよ! でも次は勝つわ。あたしは強いんだから!」
「うん、そうね」
僕の一勝はなかったことにされてしまったらしい。
「しかし、兄上もいらっしゃると聞きましたが、こう、なんというか……」
あ、普段のおじさんしか見てこなかったからかな? キラキラツヤツヤおじさんは慣れないよね。
「大分小奇麗にしているであろう?」
「あれだけ人の目を気にしていたのに、どんな心境の変化で?」
「こやつらが子供を使ってオレを風呂に入れるんだ」
「ジル君がいい仕事をするのだな」
お父さんがサムズアップ。珍しい。それとウェッジ伯爵も頷いている。まあ自分の護衛対象が汚いのって嫌よね。
「おかげで領内や連れてきた兵や騎士からの視線が痛いぞ」
「おじさん、こんなにキラキラだったのね。あたし知らなかったわ」
「前いらした時の兄上はキラキラではなくボサボサだったからね」
「お兄さんのお顔をしみじみ見たのはわたし達の結婚式以来かしら?」
おじさん、どんだけボサボサにしてたんだ。
「それよりジルよ! あたしと引き分けるなんて、五歳の癖にやるじゃない!」
「うん、毎日訓練してるし」
剣の素振りは毎日やっているし、軽い打ち合いだけど千早やお父さんが相手だ。二人共ガッツリ加減をしてくれるが、甘くはない。時には打ち込まれるので痛い思いをする。
「剣を受けない様にしていたわね、生意気だわ!」
「僕の方が小さいからね。チェイムちゃんに打ち込まれたら負けちゃうもん」
「ん? うん? んーっと……あたしの方が強いってことね!」
「そ、そうだよ」
パアっと効果音が出そうなほど嬉しそうな笑顔だ。
「ふふん、やっぱりあたしの方が強いのね!」
「コラコラ、一本目では勝てなかっただろう?」
「二本目は引き分けよ! つまり次は勝てるってことね!」
な、なんという謎な考え方。
「ジル君、娘はこのように考えなしな子だが、仲良く頼むな」
「はい」
ここは大人しく返事をするのが無難である。
「面白いゲームも持ってきてくれたそうだな。先にチェイムと遊んでてくれるかい?」
「はい、よろしくお願いします」
「遊ぶのね! じゃああたしの部屋にいきましょう!」
大人は大人で、子供は子供でそれぞれ遊ぶことになったらしい。
さて、なんのゲームで遊ぼうかな。
「やったー! 一番に上がったわ!」
「おめでとうございます」
「むう、負けてしまった」
「残念でしたね、若様」
何度目かのババ抜きこと黒星。そして敗北を喫した僕達。
メンバーはチェイムちゃん、千草、チェイムちゃんのメイドのアンネアさんの4人だ。
千早はニコニコ顔で横に立っている。
アンネアさんがチェイムちゃんの性格を熟知していたので、一人でも抜けたらその時点で終了という形のゲームになった。
それと、その。顔がね? こう、星を持ってるとあからさまに悲しそうな顔をするし、星を引くとキャアキャアと主張するのである。
そして星以外のカードを引こうとすると、それはそれは悲しそうな顔に。いくら僕でもこの攻撃には耐えきれず、何度か星をわざと受け取ってしまった。
「もう一度よ! もう一度!」
「そ、そうだね」
「ええ、そうしましょう」
カードを受け取って配るのは千草のお仕事である。とはいえ何回かに一度カードを吹き飛ばすのだが。
そうこうしつつも、何度も黒星を繰り返した。うん、飽きる。
「これは面白いわね! 何度でもやりたいわ!」
「ええ、とても画期的な物です。でもチェイム様、ご説明を受けた通り、人に教えてはいけませんよ?」
「分かってるわ! 約束ね!」
「ええ、ジルベール様やご家族の方とならいくらでも遊べますし、お約束を守っていただけるのであれば、こちらのカードもいただけるそうです」
「そうなの!? すごいわ!」
「ええ。ですから、ないしょ。ですよ?」
アンネアさんはチェイムちゃんの扱いに慣れていらっしゃる。
「秘密ね! 女は秘密が多い方が魅力的なのよ!」
「ええ、素敵なレディほど秘密が多い物でございますから」
「つまりあたしの魅力がまた上がったってことね!」
「良かったですね」
うん、とても賑やかだ。
千草も圧倒されている。
「ねえジル! このゲームは楽しいわね!」
「うん、そうだね」
「えっと千草だっけ? あなたもこれを秘密にしてるのね? だから魅力的なのね!」
「あ、ありがとうございます」
本当に思ったことをすぐ口に出す子だ。
「若様、喜んでもらえて良かったですね」
「そうだね、こんなに喜んでもらえるとは思ってなかったけど」
コンラート以上に、喜怒哀楽の表現が激しい。
「お礼にあたしの秘密を教えてあげるわ!」
「お礼?」
「ええ! これを見せてあげる!」
チェイムちゃんは可愛らしいベッドの下から、これまた可愛らしいピンク色の箱を取り出した。
「この子はね! マリー!」
その箱の中から出したのは、可愛らしいデフォルメされた鹿のぬいぐるみだ。
「かわいいね。こんにちは、マリー」
「きゃあ! ご挨拶をしてくれたのね、マリーを抱いていいわ!」
そう言って渡される鹿のぬいぐるみ。
「うわ、手触りがすごいな……」
現世のちょっとお高いぬいぐるみの手触りを超える、なんとも上品で触り心地のいい手触りだ。
「この子はね、聖獣様の毛皮で作られたぬいぐるみなの!」
「聖獣、様?」
「そう! エルフ達のお友達!」
「聖獣様……ああ、シンシルベルだっけ」
そういえばいた。エルフ達が騎乗していた大きな鹿。確かにゲームでは聖獣って呼ばれていたな。
というか聖獣シンシルベルのアレが、植物の栄養剤の素材だ。思い出せてよかった。
「聖獣シンシルベル……見たいなぁ」
「明日見れるわよ! ご案内をするってお父様が言っていたもの!」
「そうなんだ、楽しみ……」
言いつつも、この鹿さんを撫でる手が止められない。いかん、これは癖になりそうだ。




