お父さんの覚悟
「そこに座りなさい」
「はぁい」
お父さんとお母さんに食後に呼ばれる。
シンシアもいるし、なんだろ?
「ジルベール、職業の書をありがとう。無事にクランの連中を呼んで魔物の討伐と森にあった村とダンジョンの開拓に着手できた」
「あ、うん」
どうやらお父さんは無事に職業の書を使って、領民を助けられるようになったらしい。
「よかった」
「ええ、あなたのおかげです」
お母さんも褒めてくれる。
「……ところでジル、魔術師の職業の書が一冊少なかったな?」
「あ!」
慌てて口を閉じるがもう遅い、お父さんの眼光が強くなってる!
「ご、ごめんなさい……」
「やはりか」
ひいいいっ!
「あなた」
「ああ、分かっている。ジルベール、これから言う事をよく聞きなさい」
「はぁい」
僕は姿勢を正して聞く姿勢を取る。その間にシンシアが僕達に紅茶を出してくれる。
「職業の書は、貴族では9歳の子に与えられる。兄のミドラードもそうだ。それは知っているな?」
僕はお父さんの言葉にうなずく。
「9歳というのは貴族院に入る2年前であり貴族院に入る前までにある程度、自分の職を知る時間を与えることを考えてのことだが、それよりも幼かったりするとその子供の適性を見極めることが難しいという面もある。分かるか?」
「戦士に子供がなりたいって言っても、その子供の適性が神官かもしれないって事だよね」
男の子は剣が好きだもんね。僕も見る分には格好いい剣が好きだ。
「小さな子供が魔法みたいな人を傷つけられる術を修得できるのは危ないって理由もありそう」
「そうね。そういった意味もあるわ」
僕の返事にお母さんが満足そうに頷く。
「そのうえで職業の書は貴重な物だ。おいそれと複数の職を持たせるのは難しい」
「お父さんもお母さんも、複数の職があるよね?」
「私の父が伯爵家だからだ。ミレニアにもその縁で職業の書を入手している……私の妻となる条件で」
「え!?」
「ふふふ、素敵な旦那様と職業の書が同時に手に入ったのよ? その日はとても舞い上がってしまったわ」
あれ? 思っていた反応と違うよ!?
「ミレニア」
「はいはい」
お父さんの腕に自分の腕を絡ませたお母さんが、笑いながら手を解く。仲のいいご夫婦です。
「お前が生まれて3歳になった時に、父にお前のための職業の書の支援を求めた。そして父は初級と呼ばれる職のすべての職業の書を私に送ってくれた。だが父はこれ以上の書を入手したければ、自分の力で入手できるようになれと言った」
「おじいちゃん、だよね?」
じいちゃんスパルタや。
「いつまでも父に頼るなと、そういう意味だろう。だが父の後ろ盾のない状態で職業の書を入手するのは難しい。毎年王家より、10冊程度職業の書はいただけるが、すべての書が均等に配られる訳でもない。お前のために用意した書も、一つ使ったら父に返還する約束だった」
「そうなんだ?」
「ああ。特にシーフになれる書と魔術師になれる書はいただけない事が多い」
おおう、申し訳ございません。
「その、勝手に使ってしまって、もうしわけございませんでした」
「あなた?」
「ジルよ、謝る必要はない。いずれお前に渡すべきものだったし、書はお前が自身の力で手に入れた物だ。お前は私にできないことをやってのけたんだ。誇って良い」
こんなに手放しに褒められるとは思ってなかった。ちょっとびっくりだ。
「ふふ、可愛いわ」
「まったくだ」
僕の呆けた表情がお気に召したらしい。
「まずお前が使った書がそれだけ貴重な物だと理解して欲しい」
「はぁい」
どうにも返事をするときに、間延びした返事になってしまうのは癖だろうか。真面目に返事をしているつもりなのに。
「魔法は危険なものだ。子供が扱うには特にな。いままで使ったか?」
バンバン使ってます。
僕はこくんと頷いた。
「時々屋敷からいなくなるのは、裏かどこかで練習をしていたんだな?」
「う」
バレてらっしゃる!
「いい、むしろ人目に付かない場所で練習したことは良い判断だ」
「え?」
いいの?
「……今回の件で、お前を叱らない。そうミレニアと約束した。だから叱らないが……その、なんだ」
「あなた、顔が怖いわよ? ジルちゃんは賢いからちゃんと理由を言えば分かってくれるわ」
お母さんが助け舟を出してくれるようだ。
「いい? ジルちゃん。あなたは本来であればJOBを持つ年齢ではありません。貴族の子でも一部の上位貴族の者達の子だけ。貴族以外の、例えば冒険者なども相当に優秀で特別扱いされない限り、職業の書は使えません。それは分かりますね?」
僕はお母さんの言葉に素直に頷いた。
「ですから、魔法の使用を禁止します」
「え!? そんな!」
JOB上げのスリムスポア狩りは魔法でやる予定なのに!
「あくまでも人前で、です。魔法は危険だから、決して人に向けて撃ってはいけません」
「うん」
「でもせっかく人より早く手に入れた力ですから、早めに訓練を行いましょう」
「えっと?」
「お前が魔術師の書を使ったのを知っているのは、私とミレニア、それとあの場にいて職業の書の数を把握していたシンシアだけだ」
「うん」
「シンシアとマオリーを交換してお前の担当をシンシアにする。シンシアはお前が誰かの前で魔法を使ったら私に報告を行う、いわゆる監視役だ」
僕の後ろで控えていたシンシアが静かに礼をする。
「シンシア、ジルが人前で魔法を使おうとしたら力ずくで止めなさい。もしジルが魔法で誰かを傷つけるようなことがあれば、最悪殺すことを許可する」
「ころっ!?」
「旦那様!?」
お父さんが泣きそうな表情で、冷酷な事を言う。お母さんも視線を伏せるだけで、何も言わない。
「ジル」
お父さんが僕の両脇に手を伸ばして抱き上げる。
「絶対に魔法で人を傷つけるな。これは男同士の約束だ」
「ひゃぁい」
変な体勢にされた状態で返事したら変な声が出た。
そんな僕をお父さんが胸元に引き寄せて抱えると、空いた手で頭を撫でてくれる。
「お前が賢い子なのは分かっている。だがこれは父のけじめだ。不甲斐ない事だが、お前を守るにはこうするしかない」
「お父さん」
「ジル、本当にありがとう。領民はお前が救ってくれたんだ」
お父さんが僕を撫でてくれながら、そんな事を言う。
「お前がさっき言ったように、魔法は危険だ。人前で魔法は使わない、一人で魔法は使わない、魔法を使う時は私達のいる時に、許可を得た時だけだ。約束してくれ」
「はぁい」
涙は我慢できたけど、喉の奥がうずくのを感じた。




