今度はおでかけイベント?
冬の足音がしっかりと聞こえてきた。朝は寒く空気が冷たい。
コボルドの後始末もだいぶ片付いてきたらしく、お父さんが家にいる日も多くなった。
逆に忙しくなっているのはビッシュおじさんだ。
おじさんは指揮している兵達と共に、ダンジョンの近くの森の中の村を開拓し、近くへの町、そして領都への道の整備の指揮を行うため留守になる日が増えてきた。
もちろん僕への指導も欠かさない。魔法の相対関係の勉強や、それぞれの属性の魔法を組み合わせるとどのような事象が発生するのかなど、とても5歳児が読むような内容とは思えない参考書をたんまりと渡された。
こっちに来る時に一緒に持ってきたものらしい。
賢者にならないと試せない三属性以上の属性の複合に関するレポートとか、今の僕に読ませてどうするつもりなんだって話である。
まあ楽しいから読むけど。
「しかし、解せぬ」
何が解せぬかというと、ゲームのイベントが進まないことだ。
先日のボス狼の襲撃でゲームが始まったかと思ったのに、その後事件らしい事件が起きていないのだ。
お父さん達、領の主力の人員が領都を留守中にスタンピードなんて、こんな物語みたいな事件が起きたのに、それ以降何も起きていない。
こんなに間隔が空くものなのだろうか?
「ねえ千早」
「なにかしら?」
僕のそばに控える黒髪美女メイドの千早に質問を飛ばす。
「この間のスタンピードみたいなの、結構あるの?」
「この辺りだと、年に一度あるかないかって聞いたわ」
「ふうむ」
やはりレアな出来事だ。こんなピンポイントでスタンピードが起きるなんて、普通考えられない。考えられないよね?
つまり、ゲームでのイベントだとみて間違いないだろう。
チュートリアルダンジョンで訓練した甲斐があったというものだ。
でもまだ僕が倒したことのある魔物は少ない。
キノコ数種と狼くらいなのだ。
スポアパワーレベリングと、ダンジョンに何度か潜ったからレベルがある程度上がってくれているので戦えているが、未だに実戦という物を肌で感じてはいない。
それとRPGにおける大事な要素である装備。おじさんに貰った杖があるくらいで、残りはチュートリアルダンジョンで入手した初期装備だ。
はっきり言って頼りない。
それと回復アイテムや戦闘補助アイテムの数々もまったくと言っていいほど持っていない。
ゲームだとアイテムはあまり使わない僕だったけど、こと命が懸っている現実となった今、回復アイテムなんかは超が付くほど貴重品である。
ゲームのシナリオが始まったら仲間になるであろう人も、全然出会えていない。
コンラートは戦士になって騎士を目指すというが、特別コレといった背景を感じない普通の貴族の子だった。
サフィーネ姫様も、なんというか戦いの場に出てくるような性格をしていない。何より閣下がそれを許さないだろう。
一番可能性があるのが、いまそこでタンスの角に足をぶつけてうずくまっている千草だろうか? なんというかドジっ子魔術師高司祭メイドという属性もりもりな女性だ。でも現実にこんなドジっ子が仲間になるとか……ぶっちゃけ頼りない。
それと千草は序盤ではなく、中盤から後半にかけて仲間になるタイプの登場人物な気がする。レベル1スタートのゲームで仲間になるには、JOBがかなりあって戦闘能力が高すぎるからだ。
ユージンの奇跡は魔王の討伐を目指す王道RPGだ。続編となれば復活した魔王を討伐するのか、それとも魔王を陰で操っていた邪神なり大魔王なり、それとも他の何かを倒すのか。とにかくそういった『敵』が設定されているはず。だけど今のところ魔王が蘇ったとかどこそこの街が滅ぼされたとか、そういった邪悪な話をまったく聞かない。
装備もなければアイテムもない。それに情報もないときたものだ。
あれも足りない、これも足りないで本当にどうしようもない。
まったく油断できない状況だ。
「若様? 何か気になるの?」
「うん? だいじょうぶ」
質問をしてそのまま黙ってしまった僕を千早が心配してくる。
でも集中力が欠いてしまったので、読んでいた本の内容が頭に入ってこない。
「はあ、どうしよっかな」
錬金術師になるつもりだったけど、魔法使いになってしまった。こうなったら錬金術の成功率を高めるべく、魔法使いをさっさと育てたい。
錬金術師になれば、アイテムの作成もできるようになるし、イービルユグドラシルの問題にも手を付けれるようになるからだ。
「とはいえ、ダメだ。隙がない」
ここのところの僕の悩み。中々チュートリアルダンジョンに足を運ぶ事ができないのである。
午前中はクレンディル先生が僕について、お勉強の時間だ。座学もそうだけど礼儀作法の実践も増えてきている。特にごはんの時の礼儀作法とかちょーしんどい。
カレーをご飯とかき混ぜて食べちゃいけませんとか! カレーかき混ぜて食べたいじゃん! 何さスプーンの中に小さなカレーライスを作れとか! 結局混ざるんだから食べたいように食べさせてよ!
うどんをすする時に音を立てるなとか! 音を立てるのが作法って全国のお父さんが言ってたぞ!
グラタン食べる時にふーふーしすぎとかも! 熱いんですけど! 火傷するんですけど!
ふう、ちょっとスッキリ。
午前中の授業が終わると、午後は鍛錬の時間だ。
お母さんとおじさんから続けるように言われている砂の迷路。これに追加で水や火を混ぜてアトラクション風に作ったりするのだ。
ピタゴラ装置も作ったぜ! 最初以外自分で動かさないのは手抜きではないの? って千早にツッコみを喰らったりもしたけど。
ひとりでに土の球が転がって様々なギミックを倒したりしてゴールに向かうのが、一回で成功したときなんかすっごい快感だよ? 千草も目を輝かせてたもん。
それと肉体的な鍛錬だ。千早が基本的に相手で、素振りをしたり軽い打ち合いをしたり。
お屋敷にいて時間がある時はお父さんが相手にしてくれるときもある。まあお父さんは僕と打ち合いをした後、千早と本格的な打ち合いを行うけど。
そして夕方になったらお風呂だ。最近は千早や千草と入ることが多いけど、お母さんやシンシアと入ることもある。
お父さんとはあんまり入らないかな。
お風呂が終わったら、クレンディル先生と軍盤したり、お父さんやお母さんとお話したりトランプしたり。千早や千草とも遊んだりする。あとはカード作りかな。
僕の一日は、このように誰かしらと一緒に行動している事が多いのだ。
そして誰かと一緒に行動をしている以上、チュートリアルダンジョンに向かうタイミングが日中にないのだ。
なので夜にしか向かえない。
だけど、ここのところ地下の書庫には人の出入りが多いのだ。
探知で調べると、シンシア、マオリー、ファラ、千草の四人のうち誰かしら一人か二人がいることが多い。
何を調べているのかは分からないが、授職の間が近くにあるので僕がゲートを開くと見つかってしまう可能性が高い。
「JOB稼ぎが……できぬ」
魔法使いは上位職だ。魔術師やシーフよりも更にJOBポイントが必要になるのである。
可能な限り稼ぎたいのに、もどかしい。
「仕方ない、瞬間移動の練習をするか」
とはいえ、いきなり自分で試すほど僕はバカではない。五歳児の子供ボディの持ち主だが、中身は大人なのだ。
体は子供、頭脳は大人ってやつである。どうでもいいけど、高校生って子供だよね。少なくとも自分が高校生の時は子供っぽいバカな遊びばかりした記憶しかないもの。
「とりあえず、小さいものからだ」
部屋の中にある魔道書の紙片を一つ取り出し、それを机の上にポンと置く。そしてそれに魔法をかける。
「えい」
音もなく魔法が発動し、魔道書の紙片が僕の手元に一瞬で移動をした。
成功である。
しかし一度の成功で慢心するほど僕は考えなしではない。
僕の手元にある魔道書の紙片を机に戻したり、ベッドの上に移動させたり、また僕の手元に戻したりを繰り返す。
思っていたよりも魔力の消費は低いし、失敗する気配もない。
このくらい試せれば十分だと思う。
「次は……」
小さくて軽い魔道書の紙片で成功したので、今度は枕だ。
以前も部屋の中で試したが、やはり重いもので実験をするのは少しばかり気が引ける。
大きい物を動かしたい気持ちもあるけど、失敗してもとに戻せなくなったら明日の朝に千早や千草に見つかってしまうのだ。
そしてその話がシンシアの耳に届きでもしたら……間違いなくお父さんに怒られる。
想像しただけで恐ろしい、身震いしてしまう。
「大きくて軽いものって、なかなかないよね」
あとは布団くらいだ。最近寒くなってきたから、それなりに厚い掛布団がベッドには用意されている。
「枕で成功したら、こっちだね」
その後、枕での瞬間移動も成功。布団でも問題なしだ。
手ごたえを感じつつ、僕はベッドにもぐりこむ。うむ、実に有意義な時間であった。
「え? お父さんまた出かけるの?」
「ああ、新しく追加された領地の視察だ」
「へー」
例の灰色の森、イービルユグドラシルの影響下にある森が近くにある街だ。話を聞くに、それなりに大きく人口の多い街らしい。
「ジルちゃんも一緒に行くのよ」
「はぁい、はい!?」
僕も一緒に行くの? 錬金術師になっていないから、行ってもやることないんだよね。
「だってお母さんも行くんだもの。シンシアもマオリーも出るわ」
「ほっほっほっ、留守はお任せください」
どうやらクレンディル先生はお留守番らしい。
「そこまで離れてはいない場所だ。馬車で一週間程度だな」
「や、遠くない?」
僕の感覚が間違ってるのかな?
「問題ないさ、王都に向かった時と違い野営もほとんどないしな」
「そうなの?」
「ああ、領内での移動だからな」
「ええ、途中途中の村で空き家や村長の家、兵舎なんかに泊まれるのよ」
「なるほど」
王都に向かったとき、村に行ったら歓迎されるからと村に立ち寄らなかったことが何度かあった。
あれは村の人間が貴族であり領主のお父さんを歓待しないといけなくなるからと言っていたけど、自分の領だからそれをしないで済むように言うことができるのか。
「まあ村の規模によっては外に宿泊することもあるがな」
「秋も終わりですからね。暖かい格好でいきましょう」
この辺りは冬でも雪が降らないのでそれだけは安心だ。僕が生まれてから一度も雪は降ってないし。
「あそこはちょっと変わった土地だからな。お前も驚くだろうさ」
「おじさん行ったことあるの?」
「ああ。私の義弟がいる」
「おとうと?」
「妻の弟だ」
「なるほど」
そう言えばおじさん、結婚してたね。奥さん亡くなってるらしいけど。
「お前から見れば年上だが、小さな子供もいる。できれば仲良くしておくれ」
「うん!」
何歳くらいだろ? 僕に会わせるってことはお披露目は済んでるのかな?
「あそこは良い修行場にもなる。お前もいい経験を積めるだろう」
「しゅぎょう?」
「修行だ。千早と千草も戦闘できるように準備をしておきなさい」
「「 はい! 」」
ぉ、おお? これはあれかな? 西のダンジョンの時みたいに保護者込みで守られながらの戦闘ができる場所なのかな?
「そういえばそうでしたね。クリスタちゃんも連れて行きましょう」
「お母さんも知ってるの?」
「ええ、アーカムも何度か行ってるわよ?」
「修行場と言えなくもないが……少々前衛には辛い戦場だぞ」
お父さん、嫌そうな顔をしてませんかね。
「それにメインの目的は視察だ。何年も行っていない土地だから色々変わっているかもしれん」
「特にそのような話は聞かないが、まあ行ってみてどうなっているかだな」
「おじさん、仕事はいいの?」
「ん? ああ、もうオレのしなければならない事は片付いた。あとは部下達がやってくれるさ」
「ウェッジ伯爵は?」
「ついてくるぞ。あれはオレの護衛だからな」
ついて来るらしい。まだおじさんの護衛任務は継続中らしい。というか、おじさんって護衛が必要な立場の人なのね。その辺が良く分からない。
「準備が終わり次第出発だ。不慣れな場所で寝泊まりするから、体調を崩さない様にしなさい」
「はぁい」
「千早ちゃんと千草ちゃんもお願いしますね」
「「 かしこまりました 」」
久しぶりのお出かけイベントだ。これは、何か起きるのかもしれない。




