ロドリゲスへのペナルティ
「おはようございます、若様」
「ん、おはよう千草」
もぞもぞと布団から僕は出ると、千草が起こしにきた。
帰ってきてたんだ?
「おはよ、昨日はお疲れ様」
「ありがとうございます」
言いながらも僕の顔をいそいそと拭いて、髪の毛を梳かし始める。千早は服の準備だ。
自分でできるけど、やってくれるのでつい任せてしまう。なんというかダメ人間になりそうだ。
「そういえばアイテムの選別で刀ってあった?」
「いえ、旦那様もお問い合わせくださってましたが」
千草が残念そうに首を振る。千早は分かりやすく肩を落とした。
ぬー、なんか考えてあげないとな。氷の魔法で刀を模ったら刀として扱えるかな?
「若様、こちらを」
出された服がいつもの部屋着と違う? なんというか、いつもよりおしゃれだ。
「今日は何かあるの?」
基本的に家でお勉強。お外に出ない僕なので部屋のなかではあんまりカッチリしてない服な僕なのだ。自分で予定なんか立てていない。
それなのにいつもと違う服装を着させられるという事は、誰かお客さんが来るときだけだ。
「今日は先日のコボルドの一件や、ウルフの襲撃で功績を残した者を表彰するそうです」
「そうなんだ? じゃあ千早と千草も?」
「姉さんも千草も、活躍はしてませんから。どちらかといえば若様の守りが薄くなってしまったので、叱責される側です」
千草が苦笑しながらそんなことを教えてくれる。
「そんなの気にしないでいいのに」
「若様が叱責しなければならない立場なのよ?」
「そうですよ、若様」
「そっかぁ」
でも二人が頑張ってくれたことを僕は知っている。
「千早は怪我までして頑張ってくれたもん。ありがと」
「……若様、叱責しないと」
「千草も、森の調査ありがとう」
「若様、ですから」
二人が何か言おうとするけど、僕は首を振る。
「二人は必要だと判断された仕事をしたんだよ? ロドリゲスもそうだけど、ファラッド様を探させにいったのは僕の判断だし、ロドリゲスも反対こそしていたけど、必要だと確信していたから了承したんだもん。ロドリゲスは僕の命令に従う必要なんてないんだから」
狼の襲撃の際にも、ロドリゲスは僕の指示に従ってくれた。
だけどロドリゲスは僕の指示だからではなく、僕の指示が妥当だったから従ってくれたのだ。
千早を調査に出してファラッド様に護衛を依頼した時も同様だ。ロドリゲスは千草の案を採用し、ファラッド様に僕の護衛を依頼したのは、それが最も効率的な方法だとロドリゲス自身が判断したからだ。
「少ないJOB持ちを遊ばせるなんて、それこそ意味のない話だよ」
もったいないじゃない。
「……ロドリゲスさんは、きっと何かしらの罰を受けると思います」
「あたし達の主は若様だけど、ロドさんは旦那様の部下だから」
それでもロドリゲスは何かしらペナルティを受けなければならないようだ。
むう、これはお父さんに文句を言わないといけないな。
「お父さん、ロドリゲスはよくやってくれたよ?」
お父さんにお母さん、そして僕の3人。いつもの、そして久しぶりに全員揃った朝食の場で、お父さんに僕は声をかけた。
「……ああ、分かっている。だがそれだけではいけないというのは理解できているのか?」
お父さんが嫌そうな顔をしている。うん、朝からごめんなさい。
「それは僕の護衛を動かしたからってこと?」
「そうだ」
やっぱり。
「それは僕の指示だけど?」
「あくまでも提案だったとロドリゲスが言っている。そしてその判断をしたのは自分だと」
「……じゃあ問題なくない?」
「どこがだ。問題だらけではないか。お前が危険な目にあったかもしれないのだぞ。そもそもお前が前線に出ている。これは完全な失態だ」
「僕は攻撃魔法が使えたんだもの。魔法の使える人間が3人しかいなかったんだよ? 使わないでどうするのさ」
お母さんが目を伏せて、シンシアも視界の端で片手で頭を押さえている。どうやらみんな僕とは意見が違うようだ。
「領主の息子を使う事自体がそもそも間違いだ」
「ロドリゲスの判断は間違ってたってこと?」
ファラッド様を探しに行ったこと、そして狼のスタンピードを抑えたこと。これは領内にいたロドリゲスがすべて判断し行ったことだ。
「ロドリゲスはよくやった」
「じゃあそれだけで良くない?」
「他に示しがつかん」
「他って誰さ」
「他の部下達だ」
「レドリックが文句を言うの?」
「私の部下はレドリックだけではない。どうしたジルよ、朝から随分と熱くなって」
「だって……」
「お前もその場にいたからか?」
「うん」
お父さんが深く息を吐いて席を立ち、僕の側に歩み寄る。
「ジル、私はロドリゲスに全権を任せていた。そのロドリゲスが判断したことに否を言うつもりはないし、咎めるつもりも罰を与えるつもりもなかった。だがロドリゲス本人が自らの処遇を求めてきた」
「え?」
「自分の判断の結果、ジルを巻き込むのが妥当だと考えたからだ。そうすることで少しでも領に被害が出ないように、そう考えたからだ。そしてお前を巻き込むことで、自分が何らかの罰を受ける事が妥当であると自分の判断で言ってきた」
どうやらお父さんは、ロドリゲスを罰するつもりがなかったらしい。
「故に今日の表彰からロドリゲスの名を外した。本来であれば受けるはずの名誉を、あやつ自身が拒んだのだ。それが私があやつに与える罰だ。それ以上のことはしないし、言わぬ」
「そっか……」
ロドリゲスが自分で望んだのであれば、僕から何かを言うのはおかしい。
「お前がロドリゲスに感謝の言葉を送ってやればよい。私に代わってな」
「うん、わかった」
僕が返事をすると、お父さんが僕の頭を撫でてくれる。
「ジル、初めての戦闘はどうだった?」
「初めてっていうのも違う気がするけど、ボス狼は遠くから見ても怖かった」
「そうか、それでいい」
何がそれでいいんだろう?
「ちなみにお前にも罰がある。ロドリゲスを説き伏せて屋敷の外に出た罰だ」
「え!?」
「……領のためによく働いたと、本来は褒めるべきなのだがな。罰として私は、お前を褒めぬ」
「あー」
褒められるのはもちろん嬉しいけど、正直褒められなくてもいいかなって思っている。
そもそも今の言葉が僕に対してのお褒めの言葉だ。
お父さんもバツが悪かったのか、顔を背けて元の席に戻っていく。耳が赤い。
ふとお母さんの顔をみたら、笑いをこらえようと顔を背けて口元を抑えていた。




