だったら両方やればいい
「ジル、聞いたぞ? 兄上とやりあったそうだな」
「お父さん、その。ごめんなさい」
「私にではなく兄上に謝るんだな。兄上も少しばかり堪えていたぞ?」
「おじさんには謝らないもん。お父さんには手を煩わせてごめんなさいのごめんなさいだよ」
「くっくっくっ、そうか」
寝起きや機嫌の悪い時は怖いお父さんだけど、今日はどこか楽しそうな顔をしているね。
「お父さん、千早に刀を与えたいんだ。コボルドのお宝で刀ってあった?」
「ファルシオンなどの片刃の剣ならあったが、刀はどうかな? 後でレドリックに確認させることにしよう」
「あったらくれる?」
「物によるな。値打ち物は与えられぬ」
僕とお父さんの会話を聞いていた千早がこっそりと肩を落とす。でもさすがに領全体の収入につながるものだ。僕に甘いお父さんも簡単に頷きはしないらしい。
「錬金術師を目指すと言ったが、何故か聞いてもよいか?」
「作りたい物があって、それをするには錬金術師にならないといけないから」
「作りたい物か。ジルベールカードのようなものか? そういえば何やらおもちゃのようなジョウロを欲しがったと聞いたが」
作りたい物の核心の部分です。
「カードとは違うけど、作りたい物があるんだ」
「そうか。それをするには錬金術師にならないといけないんだな?」
「うん」
「それはオルト領のためになる物なんだな?」
「んー、わかんない」
「分からない?」
「うん。でも僕が作らなければならないものだと思う。他の人には任せられない物だから」
神聖なジョウロは、ダークエルフの王子が命を懸けて作成した聖なるオーブが必要だった。あれは僕では手に入れる事ができないし、同じようなものがそこらに転がっているとは思えない。
僕は聖なる属性の属性結晶を使って、神聖なジョウロを作成できるかどうかを調べるつもりだ。
聖なる属性の属性結晶からそのまま神聖なジョウロを作れるか、それを聖なるオーブのように作り変えないといけないか分からないけど、人が使えばその属性の素質を手に入れることのできる属性結晶を人に任せる事はできない。
できるとすれば、千早や千草のように僕に隷属する相手だけだ。正直二人のような人間が増えるとは思えない。
「でもそれとは別に、オルト領のためになる物を作れるようになりたいと思う。お父さんの後はお兄ちゃんが継ぐから、僕はそんなお兄ちゃんを支えられるような人間になりたいもん」
たとえゲームシナリオが始まって何かしら大きな事件に巻き込まれても、それはあくまでもRPG。何十年もそれに掛かり切りになるなんてことは無いはずだ。
子供から大人になるまで、年齢も含めて成長していくタイプのRPGもあったけど、正直そういったゲームはほとんどない。
ゲームのシナリオに巻き込まれても、最後に僕が帰るのは僕の家族のところなのだ。戦う事でしか役に立たないごく潰しにはなりたくない。
「ジルはミドラが大好きだな」
「お父さんもお母さんも、僕が助けられるようになりたい。家族だもん」
「……そうか、お前の気持ちはありがたいな」
そう言ってお父さんが僕を抱きかかえるのであった。
「ジル、とても嬉しい。だがお前には魔法使いになって、賢者を目指してもらう」
「お父さんも、なんだ」
正直がっかりだ。
「僕は魔法使いになって、賢者になって、何をすればいいの?」
「何をすればいいか、それはお前が決めればいい。だが魔法使いになり、賢者を目指す。これは確定している。お父さんとしては、魔法師団に入り我が領や国のために、ミドラのように立派になってもらいたい」
抱っこされているのでお父さんの顔が近い。
「……父上がお前のために魔法使いの書を用意してくれた。貴族院を卒業する前に渡すつもりだ。そのうえで兄上も賢者の書を用意するという。私もこの田舎の領でお前を燻らせるより、魔法師団に所属させた方が良いと思っている。ミレニアには言っていなかったが、そうするよう兄上と話を付けている。これはお前の父として、家長としての私の判断だ」
「家長の……そっかぁ」
そういえばウチは貴族だった。僕の将来は僕の思い通りになるとは限らない。
確かに未来の話なんか、五歳児の僕に伝えるものではないだろう。でも各属性の素質を持ち、早々にJOBの書を使った事にして魔法師団所属の賢者であるおじさんの指導を受ける。
うん、これ賢者への英才教育以外の何物でもないよね。
「分かった。僕、賢者にもなるよ」
「そうか、分かって……ん? も?」
「うん。賢者にもなるし、錬金術師にもなる。お父さんだって複数のJOB持ちなんでしょ?」
「いや、それはそうだが」
「まず魔法使いになる。それで賢者になれたら、改めて錬金術師になる。それならいいでしょ?」
元々賢者にはなるつもりだったのだ。ゲームのシナリオが始まってから、ゲームの登場人物と仲間になって一緒に育っていくつもりだったけど、賢者を先に修めるのも別に問題はない。
それなら高司祭や狩人などの職で育てればいいのだ。錬金術師になって錬金術のレベルが上がればJOBの書は作れるんだし、そもそも上位職や最上位職のJOBの書を何冊か僕は既に持っているんだから。
「ジル、お前の考えは立派だが、錬金術師の書は手に入らない。それは錬金術師ギルドに所属したものにしか……」
「独占してるんだ?」
「……そうだ。それに一つのJOBを極めるのは、それこそ一生かかる」
ゲームと違ってコンテニューがないのだ。JOBを育てるのにダンジョンに延々と潜るなんてことが普通ではできないんだもんね。
「とりあえず、魔法使いになる。お父さんの言うように賢者になる。でも錬金術師にもなるし、その先のビルダーも目指す」
「はは。ジルは欲張りだな。とりあえず賢者を目指してくれるか」
「うん。だから魔法使いの書、頂戴。もうなれるから」
「……さすがになれんだろう。貴族院でみっちり勉強をして、適性をもった者だけがなれるのだ」
それはダンジョンなんかに通い詰めてJOBを育てきった人がなれるのであって、適正云々ではないんだけど。
……なんで知っているんだって話だから、言えないけど。
「僕は魔法の訓練をいっぱいしてるもん!」
「……まあ、そうだな。実際に使わせてみせたほうがいいか。ジルよ、魔術師の書と違い、上位職の書は資格がなければ開くことはできない。そこの千早がそうだっただろう?」
「うん。なれなかったら、おじさんにごめんなさいしてしっかり魔法の訓練をします!」
「よし、今の言葉忘れるなよ?」
僕を抱っこから肩車に変更したお父さんが、屋敷の廊下をまっすぐ進む。
ふ、勝ったな。
「あの、旦那様。さすがに……」
「いや、いい機会だ」
あ、千早が僕の魂胆に気付いてる! そうよね、さっき転職条件の話をしちゃったもんね。まあ最上位職とは違い、上位職になるのはJOBレベルの高さ以外に条件はない。すでに魔術師はカンストしてるから間違いなく魔法使いになれるのである。
「これが魔法使いの書だ」
お父さんに抱えられて執務室に入るとソファに降ろされた。千早が難しい顔をしている。
笑顔笑顔。
「若様、大丈夫なんですか?」
「うん。ありがとお父さん」
お父さんが机の上に置いたので、僕はそれを両手で取ってお膝の上で広げる。
「開いた……」
「汝、魔法の理解を深める者。汝、魔力と共に歩む者。その心を胸に、魔法と共に生きる覚悟を持つ者を魔法使いという」
僕が序章部分を読み上げはじめると、お父さんは声を失った。千早も息を飲んだようだ。
「おのれの中に生まれし神秘を追求せよ、己の中に有りし神秘に疑問を持たれよ、知識の神はその行為すべてに祝福を与えん」
僕が本を読み進めると、本が淡く光始める。授職の間でも起きたけど、これはどこででも読み上げると発生するものだ。魔術師になったときも光った。
「……汝が得た力は常軌を逸する力になる。誓いを忘れず、己を律し、人々の希望になることを我は望もう」
「お父さん?」
「授職の際の祝詞だ。一度聞いただろう?」
「あ」
千草と一緒にやった時にお父さんが言ったセリフか。
「一年足らずで魔法使いにまで登りつめるとは、正直驚いた……さすがは兄上も認める才能だ」
「僕はお父さんとお母さんの子供だもん」
才能云々で片付けられるのは釈然としない。
「……私はお前を誇りに思う。賢者と錬金術師、どちらも目指すといい。だが、お前はまだ子供だ。ゆっくりでよいからな?」
「はぁい」
お父さんは優しく僕を撫でてくれる。さて、錬金術師の書はどのタイミングで使おうかな。




