VSおじさん
「ジルベール、聞いたぞ。錬金術師を目指したいと話をしているそうだな」
「うん」
仕分け作業はまだ続いているけど、陽が落ち始めてきたのでお子様な僕は先に屋敷に帰ってきた。
千草はお母さんがもっと借りたいって言っていたから、千早と二人で戻ってきてお着替えをしようと部屋に。といったところでおじさんに捕まった。
そしていつも訓練をするお庭に連れてかれた。
「ならん」
「え?」
キラキラオーラのおじさんが、厳しめの表情で僕が錬金術師になることを否定した。
「お前には賢者の素質が十分にある。魔術師から魔法使いに、そしていずれは賢者になる素質だ。賢者の書を開ける素質のあるものはそうはいない。魔法師団の中でも50人程度だ。貴族院で魔法師団コースを取り、オレのもとに付いて賢者になりなさい」
「……賢者になっても、お兄ちゃんの手伝いはほとんどできないもん」
「なんだと?」
おじさんが眉を寄せ、低い声を出す。
「コボルドの時みたいな領民の危機には賢者の方が力になると思うけど、それ以外の時ってそんなに強力な魔法を使える人間なんていてもやる事ないじゃん。それならいつでもお兄ちゃんの助けになれるものを開発できる錬金術師の方が絶対にいいもん」
「……お前なりに考えて、錬金術師を目指したいと言っているのか? それとも千早よ、お前や千草の入れ知恵か? だとしたら許されることではない」
おじさんが千早を睨みつけた。千早はその瞳を正面から受け止める。
「恐れながら、あたし達は……」
「おじさん、二人は関係ないよ。そもそも僕は二人から影響を受けるほど一緒にいないし」
「若様……」
千早と千草は殿下達が連れてきた人間だ。まだ2ヶ月くらいしか一緒にいない。
「強力な賢者ならおじさんがいるし、領内にも優れた魔法使いは何人もいるんでしょ? でも錬金術師は? 魔物から領を守るなら、おじさんの言うように賢者のような強力な武力が必要だと思うけど、領を発展させるのは何か新しい産業を生み出せる可能性のある錬金術師やビルダーといった生産系の職だと思う」
「お前の考えが間違っているとは言わぬが、領主の息子であるお前の仕事ではない」
「じゃあ僕は何をすればいいの? おじさんの言うように魔法使いになって賢者を目指して近くの魔物でも討伐していろと? この辺りにそんな危険な魔物なんていないじゃん。せっかくの賢者がもったいないよ」
なんと言ってもこの辺りは、ユージン達が物語のスタートを切るエリアだ。
RPGの最序盤のMAPであるこの辺りは、恐らくこの国の中でも有数の安全地帯。賢者どころか魔法使いですら過剰戦力なのだ。先日のコボルドのような存在はイレギュラーなのである。
「先日のように魔物の群れが現れたらどうする? 今回はオレが来れたが、次回は来れないかもしれないぞ?」
「おじさんがいなくてもお父さんとお兄ちゃんならなんとでもできるよ。今回はおじさんがあてにできたからおじさんに頼っただけだもん。僕のお父さんならおじさんがいなかったとしても今回の事態は収拾できたよ」
お父さんは二つ名が付けられるほどの実力のある騎士であり、冒険者でもある存在なのだ。そもそも、いままでだっておじさん抜きでお母さんとレドリックやシンシアを連れて魔物の討伐を何度も行っている。僕がいないと勝てないなんて事態は……事態は……ゲームのイベントによってはある!?
いや、でももし全滅系のイベントだと、賢者であるおじさんが居ようと、僕がどれだけ力を付けていてもどうにもならないかもしれない。
「収拾できたとしても被害はもっと広がるかもしれんぞ」
「魔物を相手に被害が出ないなんて虫のいい話は聞かないね!」
先日のボス狼襲撃の際にだって、散った狼の討伐や近隣の調査で怪我人が出ている。幸い死人がでなかったけど、それは千早やクリスタさん達の尽力の賜物だ。
「とにかく、錬金術師になるなんて許さぬ。お前は魔術師になり賢者になれ」
「僕は錬金術師になる。おじさんの言うことを聞かないといけないなら、おじさんの指導なんかいらない!」
「こら!」
「知らないもん!」
僕の言うことをまともに聞いてくれないおじさんと話す事なんてこれ以上ないもん!
僕は足早に屋敷に飛び込んで、廊下を走った。
「若様、その」
「知らない。僕は錬金術師になる」
部屋に飛び込んでベッドにダイブ。お着替えする気分にすらならない。
「大体おじさんは勝手なんだもん。僕は魔法を教わりたいって確かに言ったけど、賢者になりたいなんて一言も言ってないもん」
僕だって何も考えもなしに錬金術師になるとは言っていないのだ。ユージン達の置き土産であるイービルユグドラシルの対策のため錬金術師になりたいのだ。
それにゲームシナリオが本格的に開始したら、僕にはきっと仲間ができる。その時に周りと歩調を合わせて職業を育てるべきなのだ。
僕の立ち位置は主人公かもしれないけど、違うかもしれない。
そうなったとき、魔法職要員として仲間になった時に賢者になって一緒に成長していくのがいいに決まっている。
「あたしも、若様は賢者になるべきだと思ってます」
「千早も、おじさんの味方なんだ」
「そういうわけではありません。若様が錬金術師を目指すのは、その、応援できます」
「よく分かんない」
千早が何を言いたいのか分かんない。
「若様、あたしはお爺様に指導を受けて侍になりました」
「さむらい」
ユージンの奇跡では聞いたことのなかったJOB。更にその上には剣豪があるという。
「お爺様に言われるがままに侍のJOBを得たわ。でも他国のJOBである侍を取得したことに疑問を持ち、騎士の道を目指したこともあったの」
「そうなんだ?」
それでも騎士のJOBは持ってないってことは。
「……結局、騎士のJOBの書どころか、剣士のJOBの書も渡されなかったわ。だから侍のままのあたしがいます。しかも剣豪の書があるのにもかかわらず、その書を開けることができていません」
「JOBの書の解放条件を満たしてないんだろうね。騎士だと剣士のスキルで魔物を1000回以上攻撃するとかだっけ」
「え?」
「賢者は魔法使いの時に弱点属性をついた攻撃魔法を100体連続でトドメを刺すんだよね」
結構面倒に見えるけど、中盤の火山があるダンジョンでアイスブリザードっていう範囲魔法を撃っていれば条件をクリアできるお手軽攻略方法があるのだ。魔法で確殺できるうえに一度に出てくる敵も多い。
そこを攻略してるだけで、自然とクリアしてしまうのである。レベル上げにもいい場所だから、二キャラ目以降の賢者を作る時にもそこで育てる事がほとんどだ。
剣士も1000回って面倒だと思うけど、剣士のスキルにある三連斬って技が複数回判定になるから意外と簡単である。回数は表示されないけど、気が付いたらクリアしてる感じの奴だ。
初期職の戦士や魔術師、弓士にシーフ、神官はJOBの書があれば誰でもなれる。そしてそれぞれの上位職は初期職のJOBレベルが一定数を超えている状態でJOBの書を使えばいい。
魔法剣士や魔弓士、破戒僧なんかはそれぞれの複合元となる2つのJOBがそれぞれ超えていれば、やはりJOBの書を使いなる(?)のだ。お父さんの魔法剣士は戦士と魔術師の複合JOBだね。
そして最上位職。上記した通り、JOBレベルだけでなくそれぞれ条件があり、それをクリアしなければならないのだ。
「侍も刀の技で敵に攻撃するとかそんな感じなんじゃないかなぁ」
刀技? 刀術? 知らんけど。
「あの、若様? どこでそんな情報を? ていうか本当?」
「え? あ、えーっとぉ?」
「……もし本当なら、やっぱり刀がないと剣豪になるのはずっと先ってことに」
「か、刀はそのうち用意してあげるから! ね!? そうだ! 今回のコボルドのお宝の中に刀があったか問い合わせておこうよ!」
「若様!」
もしかして上位JOBへの転職条件が伝わっていないとか? いや、騎士はいっぱいいる。騎士団には伝わっているんだろう。そして賢者は魔法師団にたった50人、こっちには伝わっていない可能性が考えられる。
他の職はどうなんだろうか? 弓師の上位の狩人とか見ないし、もしかしてそっちも知られていないんじゃない?
「若様、本よね!? どの本に書いてあったの!?」
僕が日ごろから本を読み漁ってるから、何かの本に書いてあったと勘違いを始める千早。
言い訳しなくても勘違いを勝手にしてくれるのは楽でいいけど、ちょっと心配になるよ。
「千早、このことは秘密に。人に知られてないなら、誰かが知識を独占してるのかもしれない。もしそうなら、その知識を独占している人に狙われる可能性がでてくるから」
「あ! そ、そうね。若様の安全優先ね」
「それとその本には侍については書いてなかったよ。たぶんこの国のJOBじゃないからじゃないかな?」
「そうなのね、残念だわ……でも千草は高司祭になれたし、あたしの周りに必要な人はいないからいいかも」
あ、おじさんの後継に賢者がいるなら誰かに押し付けちゃおう。でも僕の周りで魔術師系統の職ってクリスタさんしかいないや。あの人まだ魔術師で魔法使いじゃないし、なんとかできないかな。




