古びたジョウロ
「はいどうぞ若様、クリスタ様も」
「ありがとー」
「ありがとう」
「姉さんもね。奥様はいかがしますか?」
「そうね。冷めてきてるし取り替えて頂戴」
「かしこまりまし、あつっ!」
千草がポットを取ろうとしたら、熱かったらしい。
お母さんが苦笑いしながら小さな水を宙に浮かべた。それに気づいた千草は、恥ずかしそうにしながら赤くなった指を水に入れる。
そんな千草の代わりにお母さんがクッキーを用意してくれた。
「気を付けなきゃね」
「す、すみません……」
忘れたころにドジが発動した。
「……こうしていると令嬢に戻ったように錯覚しますね」
「戻った?」
あ、千草の言葉にクリスタさんが首を傾げている。
「そうですね。なんというか、どう対処をすればいいか困ってしまいます」
「別にいいんじゃないかしら? 領主クラスの従者には貴族の子がいるのも珍しくないですもの」
「いえ、ですが」
「……先輩方は、お立場が変わられていたのですか?」
「え?」
「あれ?」
クリスタさんの言葉に、千早と千草が目を丸くする。
「えっと? ご存知ない、の?」
「す、すみません。世情には疎いもので」
千早と千草の家の話はそれなりに有名なスキャンダルだ。僕も知らなかったけど、レドリックやシンシアは知っていた。
「いえ、でもいいです。立場が変わろうとも、あたしの知っている先輩には変わりないですから」
「そ、そう?」
「ええ、一緒に任務をこなしましたもの。十分に信頼できる方というのは変わりません」
「クリスタちゃんはいい子ね~」
千早が目を丸くしているが、お母さんはニッコニコだ。
「それよりも、あたしが気になるのはジル様ですね」
「僕?」
「はい、JOBを得る前から魔法が扱えた天才で、お庭での鍛錬で実力がすごいのは分かっていましたけど」
「うん?」
前部分の話は嘘だし、後の話は属性結晶でブーストした結果だけどね。
「……もう少し、隠された方がいいと思います。千早先輩と千草先輩が護衛についているのは分かりますが、やはり幼いころから才能のある子は目立ちますから」
「確かに」
「若様は目立ちますよね」
「目立てるのはいい事じゃないかしら?」
「悪目立ちするのではないかと、貴族院に行ってからは特に」
そして小声で、田舎出身ですしというクリスタさん。
その田舎の領主の奥さんの前で言いやすい言葉ではないね。
「先ほどまでマジックセンスをかけてましたけど、休憩も入れずに最後までやっていたのはジル様でした。保有魔力が多いのか魔力回復が人より早いか分かりませんけど、ジル様はまだ小さく、人とご自身の違いが理解できていないと思いますので周りの人が目を配ってあげるべきです」
「あ、だから休憩を誘ってくれたの?」
僕の言葉に首を縦に振るクリスタさん。
「魔法師団の中には過激な一派もいますし、気を付けるべきかと思います」
「そっちは大丈夫よ。この子には頼りになる伯父がいますもの」
ビッシュおじさんの立ち位置がわかんないなぁ。
「お屋敷中心に生活しているうちは大丈夫だと思いますし、オルト伯爵家にはエルベリン伯爵家がついていますから極端なことにはならないと思いますけど」
「アーカム様は最近まで子爵家だったんですよ? 下に見るものは必ずでます」
クリスタさんの発言が力強い。貴族院で何か変な目にでもあったのかな?
「そうね、アーカムに言っておくわ。王都でも通じる力をつけるようにと」
「あたしも早く、最上位の書を開けるようにしないと……」
「私ももっと力を付けないといけないですね。若様のためにも」
「同年代の方よりも早くJOBの書を授かっているのですから、若様も人以上に強くならないといけないですね」
「う? うん!」
千早がタオルで手を拭いてくれたので、僕はクッキーを頬張る。む、ロドリゲス。腕を上げたな?
「ないー、ないー、Cー」
先ほどと同じくマジックセンスで道具の判別だ、どんだけ物があるの? っていうくらい数が多い。
「ないー、ないー」
兵士達もだんだん僕に慣れてきてくれたらしく、どんどん物を持ってきてくれるように。
「えーっと、これは……」
「ジョウロです」
ぞうさんジョウロだ。
そう、古びた赤いぞうさんジョウロ。
「マジかぁ……」
「若様、どうかなさいました?」
千早が僕の呟きを拾う。
「んー、これ。欲しいなって」
「そうなんですか?」
僕が兵士から受け取ったジョウロ、これ単体で言えばただのジョウロだ。当然魔力も放っていないし呪いもない。
「若様が物を欲しがるのは珍しいわね。ちょっと待ってて」
千早は僕からそのジョウロを受け取ると、後ろに控えている何人かの人間にそれを見せた。
あれって確か、なんかのボスのドロップ品なんだよね。名前忘れたけど。
「あの?」
「あ、気にしないで。あれは魔力なしの品物。次の物を運んできて」
「は、はい!」
僕や千早がいままでと違う挙動をしてしまったので兵士さんが戸惑ってしまった。彼には今まで通りの仕事についてもらう。
「レドリック様、若様がこちらの品に興味を示されたわ」
「ジルベール様が? だがこれらの品物はすべて換金予定のものなのだが」
「やはりそうですよね……では一応若様にその旨お伝えを」
「いや、待ちなさい千早。ジルベール様がまた新たな玩具を思いついたのかもしれない」
え!? 違うよ!? これは別件! イービルユグドラシルの属性反転に使う神聖なジョウロの素材だよ!
「そ、そういえば!」
「私から旦那様に話を通しておきましょう。千早、大事に包んでおきなさい」
「了解しました!」
なんか変な期待が! いや、エルフ達のことを考えれば玩具レベルの話ではないのだけど!
僕はなんか勘違いしたレドリックの方に首を向けると、レドリックはニヤニヤとした顔をこちらに向けて歩いてきた。
違うよー!
「ジルベール様、ここは他者の目があるので詳しくは聞きません。ジルベール様も大っぴらにそのアイデアをお口に出さないようにお願いします」
「いや、カードの時みたいなのじゃなくて」
「ジルベール様? その件も含めて、みだりにお口に出さないでください」
「う、はぁい」
カードって言っただけで圧がすごいよ。
「こちらのお品は包んでご自室に千早に運ばせます。何をされるかは分かりませんけど、以前のように旦那様に怒られるようなことはなさいませんようお願いしますね」
「レ、レドリックも知ってたの?」
「はははは、旦那様の愚痴は大体私のところにくるんですよ」
ぐぬぬぬぬ、知っているのはシンシアとお母さんだけだと思ってたのに!
「聞き及んだのは王都から戻ってからですけどね。こうして領のために働かれるのは大変立派なことですよ」
「これっておじさんの差し金でしょ?」
おじさんは使える物は王子でも使うタイプの人だし。
「目録にはなんと記載を?」
「目録には載せないで構いませんよ。子供サイズのジョウロですし、ジルベール様のおもちゃにするには丁度いいでしょう。まだ五歳児なんですから」
「……それもそうね。忘れそうになるけど、若様まだ五歳だもんね」
「そういうことだ」
完全に子供扱いされるのは気分が良くないけど、子供だと忘れ去られるのも微妙な気分になります。
「それで、この古びたジョウロは貰っていいんだよね」
「ええ、構いません。何か面白いことに使えるのでしたら、是非旦那様にご報告を」
面白いことじゃないけど、いざ使う時には報告をしないといけないだろうね!
「色々と足りないけど、でもいつか全部揃ったら、ちゃんと報告するよ」
「そうですか。楽しみにしています」
そう言うとレドリックは再び業務に戻っていく。
レドリックに話しかけられるだけで、妙な注目を浴びた気がするなー。レドリック、周りには厳しいのかな?




