そのころ、おっさん達は
「くそ、また兵士に被害が出たか」
「仕方あるまい。JOBを持つものと持たぬものではどうしても差が出る」
これだけ大規模な魔物の巣の掃討作戦ともなると怪我人だけでなく死人や行方不明者が出てくる。兄上の言う通り、仕方ないのだが……被害に遭うのは我が領の兵士達だ。長きに渡り我が領のために尽力をしてくれた彼らが傷付く姿を見るのは、正直堪える。
「だな。むしろ良く踏ん張ってくれている。あの規模はもはや一国の軍隊に等しい」
コボルドはゴブリン程ではないが繁殖力が高く成長が早い。言葉によりコミュニケーションの取れる魔物は統率する上位種が現れると、今回のように大きな巣をつくる傾向にある。
だが人の手がほとんど入らない未開の地と言ってもいい、領の外まで続くこの巨大な森にこれほど巨大な巣を作られるのは正直想定していなかった。本来であればこんな森の奥地には、それ相応の力を持った魔物が縄張りをもっているので、こういった小さな魔物はそこまで広がりを持つことはないのだが。
「しかし、こんなところに遺跡があろうとはな」
「冒険者すら来ない森の奥地だ。気づかれなくとも仕方あるまい」
青い鬣のメンバーが見つけたコボルドの集落。魔物達の国など認めることのできないので便宜上集落と呼んでいるが、ウェッジ伯爵の言う通りあれは国であり軍隊だ。
しかも人間とは違い、すべてのコボルドが戦闘能力を持っているのだから、集落のコボルドすべてが兵なのである。
「ここまでの道筋を作った鬣のメンバーに感謝だな」
「ええ、彼らがいなければもっと大きな規模になっていたかもしれません」
「やはり魔物との戦いは冒険者達の方が一枚上手だな。彼らがいなければオレ達もここまでたどり着けなかったかもしれない」
青い鬣のメンバーは実に役に立ってくれている。
鼻の利くコボルドは、私達の接近に気づいている。更に自分に近い存在である犬や狼型の魔物を使役して、森の中を自由に動き回るのだ。
それらの魔物の行動を先読みし、的確にコボルドの数を削る彼らは実に頼りになる。その分報酬が重くなったが、十分な利益をもたらしてくれた。
「しかしダンジョンの優先使用権とは、大きくでたな」
「ダンジョンが見つかったからこそ、だ。ジルに感謝だな」
そんなジルは先日、手紙を送ってくれた。初めて作ったというポーションと一緒にだ。
そのポーションはいま机の上に置いてある。これを眺めると、つい口元がほころんでしまうな。
「……早くこの騒動を終わらせて、ジルベールに訓練をつけてやりたいものだ」
「それを兄上が言いますか? どうなのですか、例の準備は」
「周辺の地図と実際の地形を見比べているところだな。何か所か候補地をまわって最適なポイントを選ぶつもりだ」
「はあ、そこまで連れて行くのは自分なんですがね。コボルドなんていくらでも切り殺してやれるが」
「そなたの腕は信頼している。ま、お小言が少し多いがね」
「そりゃあものをはっきり言えない人間じゃ陛下の護衛なんか務まらないからな」
そう言ってにやりとするウェッジ伯爵は、王族近衛兵団の団長である。先日までウチの領に足を運んでいたレオンリード殿下の護衛として我が領に滞在されていた。
今は恐れ多いことに、陛下や殿下ではなく我が兄の護衛をされている。兄上が今回の作戦の要だからと、殿下がウェッジ伯爵に命令されたからだ。
今のウェッジ伯爵は、兄上の護衛ではあるが兄上の監視役でもある……と私は考えている。
兄上は国王陛下の許可が無ければ使用することが許されない、大規模儀式魔法クラスの魔法を魔法媒体を使用して使う事が可能だ。
大規模儀式魔法とは10人もの賢者持ちの人間が、巨大な魔法陣を形成して発動させるとても強力な魔法。それと同等の威力を一人で行使することができる人間が我が兄である。
魔法媒体とはただでさえ人数の少ない賢者の中でも一握りにしか使用することのできない特別な道具らしい。残念ながら私も詳しい詳細は知らされていない。
「いま最も効率的なポイントを計算している。それが終われば即座に、だ」
「兄上、よろしく頼む」
「ああ、久しぶりの弟からの願いだ。必ず成功させよう」
そう言って兄上が私に微笑みかける……我が兄ながら、見惚れるような笑顔である。




