兄からの手紙
「お兄ちゃんからお手紙?」
「ええ、そうよ。読んでみなさい」
「はぁい」
夜になるとお仕事を終えたお母さんがべったりだった。
普段だったら対面で食べるご飯を横に並んで食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝ることに。
なので珍しく、お父さんとお母さんの寝室にいる僕だ。お母さんもお父さんがいなくて寂しいのかな?
「どれどれ」
僕はお兄ちゃんからのお手紙を開く。
兄弟に対してどうかと思うけど、少し長めの丁寧な冒頭あいさつ。殿下と一緒に来た時に、殿下の相手をしてくれてありがとうとか、千早と千草を貸してくれてありがとうとか、ジルベールカードが素晴らしいとかそんな内容だ。
横から覗いていたお母さんも苦笑いしてるから、多分兄弟に送る内容じゃないんじゃないかな?
「お兄ちゃん、堅いね」
「そうね、多分自分より目上の人や同格の人にしかお手紙を送ったことがないのかもしれないわ。弟のジルちゃんや、仲の良いお友達にもっとお手紙を送るべきね」
お兄ちゃん、やっぱり堅いよ。
「……お兄ちゃん、殿下の護衛を抜けるつもりなんだ」
「ええ、そうね。お父さんとも相談してたわ。お父さんは急ぎじゃなくていいって言ってたけど」
「お母さんは?」
「リリーちゃんとしっかり話し合って、そのうえでミドラが決めた事なら尊重するわ。でもお父さんもお母さんもまだ引退するには早いのよねぇ」
「あははは、お父さんなんか現在進行形で元気に剣を振り回してるんだもんね」
夜だからさすがに寝てるかな?
この世界の人間の寿命がどのくらいかは知らないけど、おじいちゃんがあんな元気なのだ。そりゃあお父さんもまだまだ現役だろうさ。
「殿下はいいのかな? 同年代の護衛ってお兄ちゃんだけなんでしょ?」
「そうね。でも剣の実力ならミドラちゃんより上の騎士はいくらでもいるもの。来年に殿下もご卒業ですから、同年代の護衛がいなくても問題ないわね」
殿下って結構わがまま系な部分があるから、お兄ちゃんが護衛を外れるのに難色をしめしそう。
「あとは殿下ご自身の気持ちかしらね。王族とはいえ、一貴族の跡取りを自由にしていいわけではないけど……自領を家族に任せて近衛の隊長をしているウェッジ伯爵と同じように、自分の下に残ってくれるものと思っていたら厄介ね」
「お兄ちゃんと喧嘩別れ! なんてことにならないといいね」
「そうねぇ。いつまでも友人のような関係でいられればいいけど」
殿下との関係が拗れて、うちの領の立場が悪くなるなんてことにならないようにしてもらわないと困るよね。
「未来の王様だから、ご機嫌は取っておかないといけないけど。難しいね」
「ふふ、ジルちゃんはずいぶん悪いことを覚えたのね?」
「え? ちちち、違うし? 僕いい子だし!」
「はいはい、お手紙のお返しは明日考えましょう? さあ、お母さんとお布団に入りましょう」
「うん」
お兄ちゃん、早ければ来年からずっとこっちにいることになるかもしれないんだね。
その頃には僕は、ゲームストーリーの兼ね合いでどこか別の場所にいるかもしれない。
「ジル様は魔法が使えましたけど、まだ5歳ですよね?」
「うん。僕この間5歳になったところ」
「ずいぶんと早くJOBの書を入手しましたね」
「王都のおじいちゃんが過保護でね……僕はJOBを授かる前から魔法が使える体質だったの」
「け、賢者の卵でしたか」
「そんな呼ばれ方するの? で、そういった素質をもった子供は危険だからコントロールを早めに覚えなさいってJOBの書を渡されたの」
たしかこんなストーリーだったはずだ。
「なるほど、道理ですごい魔法だったわけですね」
「こうやって訓練もしてるけどねー」
訓練の時間だから、複雑な迷路を作って魔法で生んだ土の球を動かしながら迷路を攻略する。
自分で作った迷路だからゴールコースは分かってしまっているので、チェックポイントを作ってそこを必ず通過するように球を動かすのだ。
「あたし、こんな複雑なことできないですよ」
「迷路を作るのは難しいけど、土の球ならできるかも?」
「ちょっとだけ、試してみたいです」
クリスタさんが集中して土の球を地面から生み出した。
「こう、打ち出すのではなく転がすんですよね」
「うん、打ち出すとまっすぐしか飛ばないけど、転がせば向きを自在に変えられるから」
クリスタさんがじっくりと魔力を使って球を転がしていく。土の球が回りながら進んでいるね。
「そこでストップしないと壁に当たっちゃうよ」
「停止、させます」
「分岐だね、どっちいく?」
「右に、あっ!」
残念、砂の壁が崩れちゃった。
「難しいですね。もう一度」
「これやったことない? お母さんやおじさんがメジャーな方法って言ってたけど」
「ないです。砂の迷路の訓練は聞いたことありますけど、そもそもこの砂の迷路を生み出せるレベルとなると上位の魔法使いや賢者でしょうから」
「僕魔術師だよ」
「……ジル様は、きっとすごいからです。うん、すごいから、特別だから」
なんか自分に言い聞かせてない?
「魔力でコントロールしつつ、壁に当てないように気を使い、さらに球が崩れないようにしながらゴールを目指す……まっすぐ、右、当たっちゃう」
「方向転換するときは一度しっかりと動きを止めた方がいいよ」
「もう一度」
僕の訓練の時間だったのに、気が付けばクリスタさんが訓練する時間になってしまった。
意外と飲み込みが早く、迷路をうまく進めていく。
特別に裏ワザも使わずにゴールにつきそうだ。今回は僕の練習用コースなのでちゃんとゴールできるように作られているのだ。
それでも悔しいからこっそり壁を増やしたり、壁をなくしてルートを増やしたりと妨害をする。
僕の最高傑作をいきなりクリアされたら悔しいもん。
「ここまでですね。これ以上は護衛の仕事に差し支えそうです」
「う? あ!」
一緒になって訓練をしていたけど、彼女は僕とお母さんの護衛だ。
この辺のプロ意識はすごいね!




