子供と遊ぶ?
「それでは行ってまいります」
「若様、いい子にしてるのよ?」
「奥様、若様をおねがいします」
「大丈夫よ、私はジルちゃんのお母さんなんですから」
「クレンディル先生、腰を痛めたばかりなんですから。気を付けてくださいね」
「ほっほっほっジルお坊ちゃま、この爺めにお任せください」
「皆さんお気をつけて、いってらっしゃい」
今日からお母さんとお留守番という珍しい日だ。
ジェニファーさんの家やその周辺を含めた森の安全確認に、シンシア、千早、千草、クレンディル先生の4人で向かうとのこと。
ボス狼のような大きな魔物がいた場所は、その魔物がいなくなったあとにもっと危険な魔物が侵入するときがあるらしい。
僕の頭の中では縄張りの変更が起きている可能性があると解釈している。
そしてそういった変化は即座には起きない。なのでボス狼を倒して、さらに周辺で見つかったボス狼3匹を倒し、さらに日数を空けた今日、出発なのである。
もともとはシンシアと千早と千草の3人に行ってもらう予定だったけど、話を聞きつけたクレンディル先生が彼女たちに同伴することになった。
先生はJOBを持っていないって聞いてたけど、実は『シーフ系JOBの最上位職』を持っているらしい。うん、アサシンですよねそれ。
なんでも秘匿していたらしい。
そんなわけでアサシン2、侍1、高司祭1のパーティが完成していた。
これに魔術師の僕が加わればかなり安定した戦闘が行えそうだよ! 怖いからいかないけど。
「クリスタちゃんが帰ってきてくれてて良かったわ。しばらくお願いね」
「はい、ミレニア様」
「ふふふ」
自分の領の中の自分の屋敷ではあるけれども、シンシアが護衛が足りないと騒いだ結果、この街の男爵令嬢、クリスタ=ウォーゲン嬢が護衛としてうちの家に招かれていた。
彼女は今年貴族院を卒業し、故郷であるこの街に帰ってきた魔術師。先日のボス狼が来た時に僕の次に魔法を多く放っていて、南部哨戒任務ではボス狼を3匹討伐、そのうち2匹は彼女の魔法で仕留めたという凄腕だ。魔法使いの書で魔法使いになるべき逸材である。
父親のウォーゲン男爵はお父さんからの信頼も厚く、現在の行政では上から四番目に位置する人だ。一位お父さん、二位お母さん、三位レドリックの順。
兵士の制服とローブのせいで素朴な雰囲気が出ている彼女だが、うちの領内ではそれなりに重要なポジションになりつつある女性。実力もあり、先日は千早に代わり哨戒兵達のリーダーとして指揮していた。実力に頭と双方を兼ね揃えている。
千早の推薦もあり、彼女が護衛に選ばれたのだ。
「とはいえ、待っているだけじゃつまらないわね。午前中のうちになるべく執務を進めておきますので、クリスタちゃんはジルちゃんのお相手をお願いね? 午後はお茶でもしましょう」
「はい、ミレニア様。ジル様、何して遊びましょう?」
「カード!」
「カード? えっと、的当てか何かですか?」
午前中は勉強のお時間だけど、遊びましょうと誘われたら遊ぶしかないのが僕である。
「あらあら、ジルちゃん。クレンディル先生からのお題は終わるのかしら?」
「うっ」
あのじい様、なんと宿題という概念をご用意していたのだ。まったく嘆かわしいことである。
「あ、失礼しました。ではお勉強ですね。頑張ってください、ジル様」
「むー」
せっかく一日遊べるチャンスだったのに、残念だ。
「ミレニア様、先に屋敷内を見させていただいてもいいですか? きちんと護衛をしたいので」
「あらクリスタちゃん、まるで冒険者みたいね」
「うっ! いえ、おおおお、お留守を任された以上、考えうる限り危険を排除したいと思っているしだいにございます!」
「気負わないで大丈夫よー。でもそうね、いざという時のために中を案内しておきましょうか」
お母さんは僕の手を取って素早く抱き上げると、屋敷の中を進む。
「自分で歩くよ?」
「ごめんねジルちゃん。早めに案内を終わらせたいのよ」
それって僕の足が遅いから合わせてらんないってことよね? お母さん忙しいのかな?
「このカードゲームというのはとても興味深いですね」
「でも二人で遊べる遊びがあんまりないんだよねー」
午前中は適当に勉強。昼食をお母さんとクリスタさんと食べるが、お母さんがまだ仕事が残っているからと執務室に移動してしまった。
僕はともかくクリスタさんを執務室に入れることができないらしいので、僕とクリスタさんの二人でリビングでカードだ。
「カードというので、的当てかと最初は思いました」
「う?」
「シーフやローグ系の連中の遊びです。狙った位置に近い場所に刺した方が勝ちっていう」
「ああ、武器としてのね」
久しぶりにこのリアクションを貰った! そうだよ、この世界カードといえば武器か占いの道具か消耗品系の魔道具なんだよ。
「でも25も飽きたし、黒星はできないし七並べも数合わせも」
「25、面白いですよ?」
そりゃあクリスタさんは初めてだからじゃないかな?
「それにこれまでこの形態の遊びっていうものを誰も思いつかなかったのも面白いですね」
「僕はお屋敷から出れなくて暇だったから……」
「ああ、例のあれですか」
「うん。クリスタさんもでしょ?」
みんな子供の頃はお屋敷から出れずに苦しんでいるのだ。
「あたしは、実はそうでもなくてですね」
「ええ、ずるいし……」
「あはは。あたしが生まれた時のこの街は、まだ王家直轄領でしたから。父も男爵家とはいえ平民と変わらない価値観の持ち主でしたし、母は平民ですし」
「そうなんだー」
「ええ、近所にお友達もいてよくお外で遊んでましたよ」
「いいなぁ」
僕なんかせっかくお披露目がすんだのに、ここのところの騒動でまったくお外に出られない。殿下達がこっちにいた時の方がお外に出れたくらいだ。
「同世代の子ならいますよ? うちの近くに住んでて、たまに遊びに行きますし」
「ほへー。貴族の家?」
「ええ、フォンブラッド家です。上の子がジル様の二つ上でしたっけ」
「だと七歳か」
あんまり子供子供されると、僕とは合わないかもだなぁ。なんといっても二度目の人生なのだ。
それにそういった子と遊ぶとなると、護衛兼使用人の千早と千草に負担がかかってしまうし、二人を連れて遊びに行くとなると、向こうも気をつかうことになるだろう。
「難しいね」
「そうですか?」
「うん。遊びに行くとなると、向こうに千早や千草を連れていかないといけないもん」
護衛付きで友達の家に遊びに行くとか、どこの貴族だ。うち貴族だった。
「であれば、ご招待すればいいのですよ。向こうのご両親も一緒に」
「ぉぉ、なるほど」
でもいいのかな?
「向こうも男爵家ですし、今はアーカム様と一緒に遠征に行ってる最中ですから。その辺のお話をしてくるかもしれませんよ?」
「えっと、そうなの、かな?」
「ええ。人よりも随分早いですけど、ジル様はお披露目を終えているのですから」
同年代との会話は確かにほとんどない。最後にしゃべったのはコンラート君くらいなものだ。同じ領内なら遊びやすいし、いいかもしれない。しれないけど。
「……うーん」
「不安でしたらあたしも同席しますよ」
「あ、いや。そうじゃなくてね」
僕はゲームの登場人物だ。下手に交友関係を広げるとイベントが発動しちゃう可能性があるし、イベントが起きた時に巻き込んでしまうかもしれない。
気が付いたら千早と千草を巻き込むような形になってる可能性は十分にあるのだ。そのうえで僕と同年代の子供がいたりしたら……。
「アーカム様やミレニア様次第ですね、よくよく考えると。ミレニア様にはあたしからそれとなく話を通してみますね」
「うーん、まあどっちでもいいからお母さんにお任せで」
ぶっちゃけ同年代の子供が一緒にいても、何を話せばいいのやらといった気持ちだ。
サフィーネ姫様はカードで一緒に遊んで、遊んだ感想の話をして適当に終わったし、カードに飽きた時はファラッド様がもてなしてくれた。
コンラート君はやっぱりカードと軍盤で遊べる人だ。そして軍盤の話があるからクレンディル先生がちょくちょく顔をだしてくれる。
クレンディル先生は子供の執事兼教育係としてお父さんの実家で働いている人だ。今は僕のためにこちらに来てくれているけど、そのうちイーラスおじさんの娘、えっと……アマリアお姉ちゃんのお子さんの教育係になるから帰ると思う。たぶん4年後か5年後くらい。
ゲームの最初のイベントが始まったっぽいし、今後どうなるか分からないけどあまり交友関係を広げない方がいいような気がする。
僕に関わったせいで子供が巻き込まれでもしたら、ショックはかなり大きいだろうから。
「やっぱり無しのがいいかも」
「え?」
「僕、領主の息子だから」
「……そうですか。ではたまに、あたしが遊びにきますね」
「うん、ありがとう」
ちょっとだけ元気がなくなった僕に、クリスタさんが複雑な表情を見せる。
うん、まあ子供っぽい反応じゃあないよね。




