錬金術体験
「いらっしゃい、ジルくん」
「こんにちは! ジェニファーさん」
僕が今日きたのは、家から徒歩10分(それでも馬車を使う)にあるこの領都の役所である。
そこではジェニファーさんや、この領お抱えの錬金術師達が作業を行っている工房があるのだ。千草からの提案で、今日はここの見学をしにきたのである。
「わあ大きい釜!」
「若様が入りそうですね」
「これは液体系の錬金を大量に行う時に使うのよ。ポーションなんかこれでやるわね。それ以外はこっちの小さな釜を使うわ」
ジェニファーさんが小さな釜を見せてくれる。小さいと言っても僕の頭がすっぽり入りそうな大きさだ。
紹介してくれた窯の横には、シリンダーが伸びたビーカー。
「濃縮器!」
「ええそうよ。作成したポーションを更に深く煮詰めて不純物を取るのに使う道具ね」
ハイポーションを作成したり、JOBの書を作るときに使うインクを作るときにつかう道具だ。
「こっちは回転冷却器!」
「く、詳しいわね……熱に弱い素材を加工するときに冷やしながら使う道具よ。熱冷ましや腹痛の薬を作るときに使うわね」
ゲームだと火山地帯や砂漠などの歩くだけでダメージを受ける高温地帯で活動するときに使う、ヒンヤリドリンクを作ったり、魔力を回復させるマナポーションを作成するときに使うものだ。
「成形台! ラングトングにクリップハンマー! それに魔素転換器も!」
素材さえ揃えれば栄養剤だけでなく、神聖なるジョウロも作れそう!
「ジルくん詳しすぎじゃない!?」
あ、興奮しました。すみません。
「見ただけで名前が分かるなんて、すごいなぁ」
「勉強してて偉いね」
他の錬金術師さん達がほめてくれる。
「えへへ、千草に教えてもらってるの」
「いや、その……あはははは」
実際にはゲームの知識だ。ゲーム内には街や村には、すべてではないが錬金工房がおいてあり、そこで道具を借りて錬金術を行うことができるのである。
ちなみに消耗品関係も街によっては販売していたりする。
消耗品をそこで買って、冒険者ギルドに持っていって提出するだけで小銭稼ぎができる裏ワザがあったりした。
「ここで色々作ってるんだ?」
「そうね。まあ半分は手伝い組だけど」
「我々はまだ錬金術のJOBを得てあまり時間が経っていないんだ。本格的に作れる人は個別の工房を持っているんだよ」
「毎日錬金術をしてもなかなか成功率が上がんないからなぁ」
ここの人達はJOBで錬金術を持っていても、ダンジョンに行ってJOB経験値を稼いだりしてないからJOBレベルが低いのかもしれない。
錬金術師に限らず、上級職の職業の書は貴重品だもんね。戦闘職じゃないなら危険なダンジョンでレベル上げをせずに、こういったところで日々の訓練でJOB経験値を稼ぐしかないのかもしれない。
もったいないなぁ。
「主任達がまとめてポーションやハイポーション、マナポーションを作るから、我々はその下準備が基本的な仕事だな。成功率が上がればいずれ、自分の工房が持てるようになるし」
「だな。錬金術師の書という貴重品をいただいた以上、自分の工房が持てるくらいのレベルにならないと恥ずかしいし」
魔術師から転向した人たちだけど、なんというか、技術じゃなくて人格で書を与える人を選んでそう。
研究職の人達だから、真面目で凝り性の人が多そう。
「ま、こんな場所でよければ眺めていってね?」
「はぁい」
ジェニファーさんが締めくくると、他の人も達もみんな作業に戻る。
ゲーム内だと錬金道具の前に立ってメニューを開いて操作すれば完了だったので、作業風景そのものに興味があった。
作りたいものを選んで決定、素材があれば『完璧に完成したぞ!』とか『ぐぬぬ、失敗だ!』とテキストが出るだけである。
ちなみに基本的な錬金術の場合、失敗すると素材がダメになってしまう。それに対しイベントアイテムの作成の場合、失敗しても素材はダメにならないの。その辺の違いはよく分からないね。
とにかく、実際には人の手で作業をするのだ。僕もいずれ錬金術を使うので、こうやった作業風景を今のうちに目に焼き付けておきたい。
錬金術師のジェニファーさんが、カップに液体をいくつも入れて、回転冷却器にセットした。そして回転冷却器のハンドルを回しながら、錬金術を発動させている。
「なんかイメージと違いますね」
「そだね、全部が全部大きな釜でグルグルかき混ぜる作業じゃないから」
「正直だいたいそれで作ると思ってたわ」
何でもかんでも一つの道具で作れる訳じゃないですからね。
「そうね。目玉焼きを焼くならフライパンで、シチューを煮るならお鍋で、って言えれば分かりやすいかしら」
「……なんとなく?」
「なんとなくなんだ」
千早の反応に不安を覚えました。
「さ、見てても飽きてきたでしょ? そろそろ実際にやってみましょ」
「え? いいの? 僕錬金術のJOBなんてないけど」
「当たり前じゃない。それにJOBが無くても作業しているスタッフはいっぱいいるわよ」
ジェニファーさんの言葉に何人かが苦笑したり手を上げたりしている。
JOB持ちしか錬金術が使えないわけじゃないんだね。
「聞けばジルくんは魔力がそれなりに高いそうじゃないか。だったら簡単な錬金術なら成功させることができるんじゃないかな?」
「やってみたい!」
これは楽しみである。
「んじゃ、これエプロンね」
「エプロン!」
もともと僕に試させるつもりだったらしい。子供用のエプロンとはなかなか用意がいいじゃないか。
「ちぐさー」
「はい若様」
自分では付け方が分からなかったぜ。
気を取り直して!
「若様、イスです」
「はぁい」
高くって手が届かないどころの騒ぎじゃなかったから、千早がイスを持ってきてくれた。
そこに立ってジェニファーさんの横に並ぶ。
「ほんじゃ早速だね。まずこっちの赤ハーブと赤傘キノコ、これを細かく切りな」
「切る」
「若様、代わるわね」
最初の工程をいきなり千早に持ってかれます。
「あははは、まあ子供に刃物は確かに危ないわな。ほんじゃメイドさんお願いするよ」
千早はコクンと頷いて、赤ハーブと赤傘キノコをそれぞれみじん切りにしていく。むう、素晴らしい手つきだ。
「ほんじゃあ次、このすり鉢にこの二つを入れてこの棒ですりつぶすんだ」
「はぁい」
さっき細かく切ったのは、ここですり潰しやすくするためだそうだ。
千草が器を押さえて、僕は両手で棒を握ってグニグニと潰していく。
「意外と力があるねぇ」
「鍛えてる、から!」
棒でグニグニしつつ、零さないようにしっかりと押しつぶしていく。
その作業をずっとして、だいぶ混ざり合ってきた。
「いい感じね、それじゃあ水を足すよ」
「うん」
ドボドボとすり鉢に水を入れてかき混ぜ、今度は小型の釜に移す。すり鉢に水を入れてから釜に移すのは、なるべくすり鉢の中に潰した赤ハーブと赤傘キノコを残さないようにするためらしい。
水はあらかじめ量を測っておいたのだろう、横に残っていた水も釜に流し込む。
「ほんで火を起こす」
薪に火を付ける。錬金術師は魔術師が前提職だから、魔力で火を簡単につけられるので楽だね。
「そしたら混ぜながら錬金術を発動させるんだけど、錬金術がないわな」
「うん」
「そういう人は聖属性や水属性の魔力を高めながらやるんだ」
「魔力をたかめる……」
「循環させる、でもいい。とにかく体の中の魔力を、混ぜ棒を通して液体に流すイメージね」
魔術書の紙片に植物属性の魔力を流し込んで形を変えるのと同じ感じかな? それならできそうだ。水の魔力を体から窯へと流し込みつつ、グルグルとかき混ぜる。
カードを作るときは一気に魔力を流し込むけど、今回は煮詰めなきゃいけないからゆっくりと量を流し込もう。
まっざーれまざれーまっざーれー。
「へぇ」
「さすが若様……」
「こういった魔力を籠める作業は慣れていますものね」
「たぶん千草もできると思う」
僕は褒められながらも、混ぜる手をやめない。でもずっとイスに乗っての作業だからちょっと疲れてきた。
しばらく作業を続けると、窯の中は沸騰しブクブク音を立て始めた。
「まさかいきなり成功させるとはねぇ」
「あ、もうできたんだ?」
「あたしはできると思っていたわ」
「まあ若様ですからね」
黒髪メイド二人の信頼が厚い。
「これで完成?」
「もうちょいだね。冷ましたらこっちの液体と同じ量混ぜながら塩を一つかみ。瓶に移し替えて、封をしたら完成だ」
いかにもファンタージーな薬である赤い半透明の液体、ポーションの完成である。
ハイポーションになると透明度が減り、エクスポーションになると血のように赤い液体になるらしい。正直飲みたくない。
「これなに?」
「ビービルって魔物の根の煮汁だよ。そのままにしてもいいけどマズい。これを半分入れて塩を混ぜることでそれなりに飲めた味になるのさ」
「あー、うん」
さっき飲みたくないって言ったけど、ちゃんと味も改良しているらしい。
「塩を……僕の手で?」
「あー、三掴みくらいかね」
僕のお手ては小さいのだ。
ちなみに薄めていない原液を濃縮器にかけてから同じ工程をとるとハイポーションになるとのこと。素材の違いじゃないんだ、驚きだ。
エクスポーションは違う素材らしいけど。
冷えるまでジェニファーさんや他の錬金術師さんの作業を眺めたり質問をしたり世間話をしたり。
ようやく冷えたので、ミルオックスのドロップ品である牛乳瓶に詰めて持って帰った。釜自体は大きいものではなかったけど、合計で3つほどでできた。
これは遠征に行っているお父さんに送ることにしよう。できるかな?




