やっぱり大人社会
「坊ちゃま、また音が鳴りましたぞ」
「うん」
「返事をされるときにはこちらを見てください。それと返事は『はい』です」
「ハイ」
「分かっておりますかな?」
「も、もちろんですとも!」
クレンディル先生によるマナー教室、実践編です。
今日はお昼ご飯を、いつもよりも本格的なコース料理で用意されています。
オードブルはクラッカーみたいなのに乗った野菜やハム、ローストビーフが3点。
はい、いきなり苦戦しておりますです。
「食材を上から刺すのであれば、力加減に注意してください」
「難しい……」
一番上の食材からフォークを刺していき、クラッカーみたいなのの途中で刺すのを止めないといけないのだけど、割れてしまいます。
そして割れると、フォークがお皿に当たって音が鳴り先生からお小言。
さらに割っちゃった料理はシンシアが下げて、新しいのを持ってきてやり直しである。
「スプーンで食べたい……」
せっかく美味しそうな料理なのに、失敗しまくっているせいでオードブルから食事が進まないのである。これ絶対に割れやすいようにロドリゲスが調整して作った奴だ!
「こうするのですよ」
「いえ、理解はしているんですけど」
僕の器用度はかなり高いはずなのに、こんなところで失敗するなんて。
「いえ、そうではなくですね。しっかりと刺し方を見て下さい。こういった料理は刺しやすいように盛り付けられているのですから」
「違いがわかんない……」
「ですので、私が食べるところをしっかり見て下さい」
そう言っていともたやすくフォークに刺すクレンディル先生。
さらに僕の口に合わせている小さいそれを、一口では食べずに少しだけ齧った。
「割れてないっ」
「お食事中でございますよ?」
「……すみません」
ゆっくりやって、そっと刺しても僕の口では一口で全部を頬張れない……ことはないけど、口の中がいっぱいになっちゃうので、半分くらいを食べないといけない。
そうじゃないと、噛んでいる様が美しくないのだそうだ。
だから刺すことに成功しても、口元で齧る時に、割れて落下してしまったりするのだ。
そうなると失敗で新しいものを用意される。
「ほっほっほっ。まず坊ちゃまはフォークの使い方をもっと学ばないといけませんな」
「ジルベール様にも意外な弱点がありましたね」
シンシアも面白そうに僕が食べる姿を観察している。
いや、グーでフォークを握らないだけ僕は出来た子供だと思うんですけどね!
「もうオードブルだけでお腹いっぱいになっちゃいそう」
「それはいけませんな。まあそれだけ失敗をしているっていうことなのですが」
「お箸で片付けたい気分」
「お箸が用意されていればお箸を使っても問題ないのがマナーでございますが、今回は我慢ですぞ」
「そういえばジルベール様、お箸の使い方はお上手ですよね」
元日本人なので当然なのだ。お豆だって一粒ずつ摘まめるんだぞう。
「ふうむ、ですが使い方が分かっているものを使わせるわけにはいきませんからな」
「分かってるよぅ」
結局フォークとナイフの食文化なのだ。日本のゲームが元だからか、和食洋食中華にエスニックとなんでもござれだし、お箸もフォークもスプーンもある世界だ。
だけど貴族はやっぱりナイフとフォークだ。
や、ナイフとフォークを外側から使うとか音を立てないように食べるとか、そのくらいは元々知ってたし先生にも教わっていたことだよ?
でも実際に実践するとなると、結構難しいのだ。
「座ってナプキンを付ける動作までは完璧でしたぞ、ジルベール坊ちゃま」
それ以降は全部ダメって意味ですね?
「これ以上は勿体ないですからスープをお出ししますね」
「仕方ありませんな。さて坊ちゃま、スープでも同様ですと冷めてしまいますからね?」
「が、がんばる」
なんでこんな体を強張らせながらご飯を食べないといけないんだ! 好きに食べたいよ、もったいない。
クレンディル先生の授業という名のお昼ご飯も加わり、更に勉強の時間が増え続ける五歳児の僕であるが、午後の実習の時間はやっぱり楽しい。
「ふんふふんふーん」
鼻歌交じりで広いお庭に砂の迷路を生み出す。
最近は迷路もちょっとだけ凝り出した僕は地下や橋なんかも作っている。当然砂で作った橋なので球を転がすと崩れるから見てくれだけだけど。
「これは見事な造形ですな」
「おじさんとかはもっとすごいけどね」
「三色の賢者様は別格でしょうが……ジルベール坊ちゃまのこれも相当に作りこまれているのが分かりますな」
「そう? ありがと!」
クレンディル先生が珍しくストレートに褒めてくれたので、うれしい。
「こんなのもできるよ」
僕は迷路の中心に砂を集めて、それの形を変えて軍盤の駒に作り替える。
「おお! これは!」
「先生が用意してくれた軍盤の駒をモデルにしました。王に王子です」
大きめに作ると分かりやすいよね。というかかなり凝った作りだよ。なんかの魔物の素材的な物とはいえ加工するのは大変だっただろうな。
「フォークとナイフもこうやって作れればいいのに」
「ぬ? フォークとナイフですかな?」
「うん。だって僕の手こんなだよ?」
パーにしてクレンディル先生の方に手を向ける。小さい。
「用意されているの大人用のサイズのフォークとナイフなんだもん。握りも大きいし先も長いし、難しいもん」
「……おお、そういうことでしたか」
そう。決して僕がぶきっちょなのではない。シーフのJOBによって器用度は上がっているのでハッキリ言って一般的な子供の倍以上は平気で高いはずなのだ。
僕の子供ボディは高性能なのである。
「確かに小さいですな。ミドラ様が練習しはじめた時は、もう少し大きかったですし兄弟でも差が随分と」
「お兄ちゃんが練習始めたのって、僕と同じくらいのころ?」
お兄ちゃん子供のころから大きかったのか。
「貴族院に入る2年前ですから」
「9歳の時じゃん! 僕まだ5歳だよ!」
「こちらの配慮が足りませんでしたな。これはお客様をもてなす側としても、先生としても失格でしたか」
クレンディル先生が僕の頭をなでる。
「申し訳ありませんでした、今度新しい食器を用意いたしましょう」
「……ナイフはそのままでもいいけど」
ナイフは短剣扱いなのか、異様に上手な僕なので問題ないかなと。
「どうせなら一式プレゼントいたしましょう。シンシア殿、鍛冶工房を紹介してもらえますかな?」
「かしこまりました、午後に手配をいたします」
「よろしくお願いします」
「鍛冶工房かぁ」
子供用の防具とか……ダメだ、重くて身動き取れなくなる未来しか見えないや。




