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プレゼント

「ジルちゃん、こんにちは」

「お母さん、どしたの?」


 千早にお願いしたら、シンシアに執務室に来るようにと逆に呼び出しを貰ってしまった。

 お母さん、用事かな?


「陛下からのカード作成依頼、全部終わったんですって? 偉いわ」

「うん! 千早と千草が手伝ってくれたおかげ!」

「まあ、二人ともありがとう」


 お母さんが感謝の言葉を口にすると、千早と千草は丁寧にお辞儀をして返した。


「それで、追加で作るんですって? お母さんにもみせて」

「うん!」


 どうやらハンコセットを持ってきてと言った段階で、自作するつもりなのが分かったようだ。

 お母さんも作ってる様子を見たことがないから、興味があったのかもしれない。


「ジルベール様、魔力は大丈夫なのですか?」

「だいじょうぶー」


 先ほどまでカード化をしていたから、魔力は多少減っているかもしれない。

 でもスポアやダンジョンでのパワーレベリングのおかげか、魔力は潤沢だ。

 ついでに体力もついたので、今の僕に隙はない。


「こちらにかけてください、ブランケットも」

「はぁい」


 シンシアが以前と同じように、執務室のテーブルにテーブルクロスと絵具用のお皿、それと僕の服が汚れないようにひざ掛けも用意してくれた。


「カード化はすぐだねー」

「若様には勝てませんけど、ずいぶん楽にできるようになりました」


 対面に腰かけた千草も早速、魔導書の紙片を握っている。話しながらもあっさりと三セットのカードが出来上がった。


「ハンコ、まだ使えそう?」

「問題ありません。綺麗に掃除もしておいたので」


 以前作ったハンコは大事にしまわれていたようだ。なんか仰々しい箱の中から、真っ赤な布に金の刺繍の入ったハンカチに包まれている。

 そこまでやる意味ないよね……。


「インクの準備も万全です」

「シンシア、完璧だね」


 褒めるとシンシアの尻尾がフルフル揺れる。


「ハンコはお任せいただいても?」

「うん! でも千早と千草も交代でやるの!」

「私達もですか?」

「そうだよ!」


 カードを作って以降、僕は何もせずに作業を見守る。

 執務室は僕の部屋より物が多くて、インクを押したカードを乾かせるスペースが少ない。困ったな。


「ずいぶん広げるのね」

「うん、インクが乾くのを待つの」

「あらそう? ならジルちゃん、ドライの魔法を覚えてみましょうか」

「ドライの魔法?」


 なるほど、濡れたものを乾燥させるだけなら魔法で再現可能だ。その発想はなかった。


「水分をコントロールして逃がすタイプのものと、水分の少ない乾いた温風を当てるタイプのものがあるわ。どっちがいいかしら?」

「インクが飛んじゃうかもだから、温風のがいい」

「じゃあこんな感じね。これは脱衣所に置いてある魔道具と同じ方法ね」

「あ!」


 お母さんが実践してくれている魔法、毎日使ってるじゃん! 頭に被せるドライヤー! パーマの機械みたいなやつ!


「あまり強い風だとインクが波うっちゃうから、風は柔らかいものね。このくらいかしら?」


 まるで吐息のような弱い風が、カードの上から浴びせられる。

 お母さんは魔法のコントロールがうまい。


「お母さん上手! よく使う魔法なの?」

「昔はそうね、旅をしてるときに洗濯物を乾かしたりするのにも使ってたわね」

「へー!」


 お母さんがそう言いながら、魔法のコツを教えてくれた。

 むむむ、とにかく手加減をして放たないといけないこの魔法は、意外と難しいぞ!






「シンシアと、千早達は家紋みたいなのあるの?」

「家紋ですか? 私はないですね」

「あたし達の家にはあったけど」

「今はない、というのが正解でしょうか?」


 全員がそれぞれハンコを押して、魔法でカードも乾かした。

 裏にウチの家紋を貼ろうかと思ったけど、ふと思ったことを聞いてみる。


「そうなんだ。個々で作ったカードだから、みんなのだって分かるようにしてみたかったのに」

「ジルベールカードの背面のマークは、オルト家の家紋か、ジルベール様が独立した後の家紋以外には付けられませんよ? そのような形で法整備が進んでおりますから」

「ええ!? そんなのいいのに!」

「それが利益につながりますので」


 なんとも面倒な話だ!


「それに千早ちゃんと千草ちゃんの……シャーマリシア家の家紋はまずいわねぇ。かわいそうな話だけど、国に害をなしておとりつぶしになった家ですもの」


 そうだった。二人とも自分の家がもうないんだった。


「……うん、余計なこと言いました」

「大丈夫ですよ若様。千草も姉さんも気にしませんから」

「ええ、若様の気持ちだけでもうれしいわ」


 二人が僕に目線を合わせて言ってくれる。


「次はオルト家の家紋を張る作業ですね。ハンコが一つしかないので交代になります。コンセントレーション」


 何事もなかったかのように、シンシアが言いながらもウチの家紋をバシバシとはっている。早業すぎて手の動きが目で追えないぜ。


「シンシア先輩、すごい」

「千草があれをやったら、いったい何枚のカードをダメにしちゃうのかしら」


 うん、千草は絶対に真似をせずに一枚ずつやるべきだね。


「ジル様にはこちらの木枠を用意しました。これに嵌めてハンコを押せばカード側は動きません」

「わあ!」


 意外と工夫がされている!


「実際にカードにハンコを押しているところで使ってたりする?」

「ええ。見本品としてジルベール工房から預かっていたものです」

「ジ、ジルベール工房……」


 いつの間にか人の名前を冠した工房ができていたでござる。


「このように木枠の中にカードを入れます。中で上下左右がピッタリはまるようになっているので、ハンコを押す側が失敗しない限りは問題ありません」

「結構失敗するの?」


 ハンコをただ押すだけだけど、まっすぐ綺麗に表面も裏面もそろっていないといけない。裏面のズレでカードの数字とマークが分かるようではいけないのである。


「最初はそうでしたね、なのでこういった枠が作られました。いまはハンも固定台につけて上から落とすようにできていますので、誰がやってもズレは生じません。インクの掠れなどによる失敗はありますが、それもだいぶ減りましたし」

「なんか本格的ね」


 それって工房っていうより工場って言った方がいいんじゃないかな?


「今回は手作業ですので、小さなズレが失敗につながります。お二人も挑戦なさいますか?」


 千早と千草が首をブンブン振っている。まあこの作業は手先の器用度に特化した職を持っているシンシアの独擅場だ。

 ちなみにその工房で作業をしている人たちも引退した弓師やシーフ系の職の人達を雇っているらしい。


「では残りは私が。完成品が乾いたら今度は保護液です。これは筆で薄く丁寧に塗ってくださいね」

「あー! 僕が言いたかったのに!」


 どんどんシンシアが工程を言ってしまう。まったく、ぷんぷんである。


「失礼しました」

「まあいっか。そのへんはシンシアが考えたやつだし」


 僕の考えではカードにインクを塗った段階で完成だったのだ。保護液とか箱とかは考えてなかったのである。


「どんどん進めちゃいましょう」

「ジルちゃん、こっちに。シンシアに任せましょう」

「はぁい」


 お母さんに捕まってお膝にオンだ。そこから先ほどのドライの魔法を超絶加減しながら打つ。

 むむむむむむ。


「ジルちゃん、力を入れるんじゃなくて抜くのよ? この魔法は微量の魔力でやったほうが簡単なの」

「微量の魔力……」


 保護液を塗り終わったカードにドライの魔法をかけ続ける。

 意外と難易度の高い魔法なのかと驚いたが、コツを掴めばなんてことはない。単純に魔力をほとんど込めないで、イメージすればいいだけの話だった。

 そりゃそうだよね。手元から微風を出す魔法だもん、魔力なんてほとんどいらないよね。


「かわけーかわけー」


 自分の髪が濡れた時に乾かせるようになるのもいいかもしれない。雨に降られたときとか。

 雨の日にお出かけするようになるなんて、いったい何年後になるのだろうか?


「完成ですね」

「こうやって作成するのね」

「最初もすべてジルベール様のご指示だけで作成したんですよね」

「シンシアが手伝ってくれて助かったよー」

「ママも一緒にやりたかったわ」


 お母さんはドライの魔法を僕に教えてくれつつ、お父さんの代わりに領内の書類に目を通したりしていて忙しそうだった。

 お父さんがいないとお母さんも大変だ。


「これで本当に、陛下から渡されたカードの作成は完了ですね」

「んー? これは違うよー」


 僕は作ったカードの束を一つ取って、シンシアに渡す。


「これはシンシアの」

「あら」

「こっちは千早と千草のね!」


 シンシアや千早達と遊んだりするとき、いつも僕のカードを使っていたし、お父さんとお母さんには渡したけど、シンシア達には渡していないことに気が付いてしまった。

 ファラやレドリックの分も作ってあげないといけないかもしれない。


「ジルちゃんっ! 素晴らしいわっ!」

「うぷっ!」


 そして何故か感激したお母さんのハグ攻撃。


「んー、可愛いわぁ」


 からの頬ずり、キスのコンボである。


「ありがとうございます。大事にします、ね? 二人とも」

「はい、大事にします」

「若様、ありがとうございます」

「うん、それで遊んでね?」


 彼女たちは使用人という立場で、ほぼ年中無休で屋敷で仕事をしているのだ。


「今度箱を用意しないといけないですね」

「宝石箱とかでしょうか?」

「千草は宝箱を持っていたわよね」

「昔の話です!」


 三人ともカードを受け取って笑ってくれている。

 こういう機会がないと、僕からみんなに何かをあげるってなかなかないよね。ちょっと満足である。

二つに分けようか考えた結果、ちょっと長めになってしまったけど。これくらいの方が読みごたえはありそう。

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