子供ボディが勝手に泣く
「シンシア、教えて」
「え、それは」
部屋まで僕の手を離さなかったシンシアをそのまま捕まえて部屋に連れていく。
「僕の未来がどうこうって、さっきまでのお父さん達の話で僕の話になるのの意味がわからない」
「旦那様方がおっしゃらないことを、私が言う訳には参りません」
シンシアがそう言うと口を閉ざす。
「シンシア、僕は知りたい」
再び聞くが、首を振るばかりだ。
「シンシア、お父さんが言わないことを自分の口から言う事はできない。そう言ったね?」
「はい」
「でもお父さんから口止めされた訳じゃないよね? リビングでそういった話はでなかったもの」
「……はい」
シンシアが僕の考えに気づいたのか、表情を歪めた。
「アーカム=オルト子爵の子、ジルベール=オルトが命じる。シンシア、先ほどの父と母が何故あのようなやり取りを行うようになったか説明しなさい」
「ジルベール様は……どこでそのような言葉を覚えてこられるのですか」
「本だよ。さあシンシア」
ソファにぽんと座って、シンシアに話すように促す。
「それは、職業の書です」
「職業の書? JOBを得る?」
「職業の書は貴重品です。腕のいい錬金術師が貴重な材料をたくさん使って作成します。そして金額もさることながら、購入できるのは伯爵以上の爵位を持つ貴族か、土地を持った領主です。国から領地で人を育てるために職業の書が渡されますが、それらの売買や譲渡は禁止されております」
「そこになんで僕が関わってくるの?」
話のつながりが見えない。
「旦那様は領地のために信頼できる冒険者集団。クランに今回の件を依頼されることを考えました。そして、そのクランは報酬として職業の書を求めるのです」
「えっと? あ、そういう事か」
僕は頷いてシンシアに視線を送る。
「お父さんはクランを動かすために、僕のために個人で用意した職業の書をクランの報酬に使いたい、そう考えた。王様から領のために与えられた職業の書を僕のために使う訳にはいかないから」
「その通りです」
「……お父さんは、僕がいずれ就くであろうJOBと領民の命を天秤にかけて、領民の命を守る事を選んだ。でもお母さんは、僕のために職業の書を守りたかった。次いつ手に入るか分からないから」
「……はい」
そっか。お父さんは領主として、領民を守る貴族としての道を選んだ。そしてお母さんは僕の未来のために、母親として僕を守ろうと思ったんだ。
どちらも正しい。どちらも立派な考えだと思う。
「……分かった。シンシア、話してくれてありがとう」
「いえ、ですが驚きました」
困り顔でシンシアがほほ笑む。尻尾が頼りなく揺れて耳も少し落ち込んでいるのが分かる。
「仕方ないなぁ」
僕は今世のお父さんもお母さんも大好きだ。こんなことで二人の間に溝ができるのは正直悲しい。
机の引き出しを開けて、シンシアから見えないように収納の魔法を展開。
そこから地下のチュートリアルダンジョンからパクった職業の書を全部……はちょっともったいないから、各1冊ずつ残して取り出した。
「ジルベール様!? そんなものをどこで!?」
「地下の書庫。運べないからシンシアも手伝って」
職業の書がそんなに貴重なら、隠し持っていたのを怒られるかもしれない。
でも、今は二人の喧嘩を止めたい。僕は本気でそう思っていた。
まだ話し合いが続いている扉を勝手に開けてリビングに入る。
「ジル、ノックもせずに……?」
「ジルちゃん、ママはパパと大事なお話を……!?」
そんな二人が言葉を途中で止める。シンシアの持っている本を見てしまったからだ。
「お父さん、お母さん、これ、いっぱい、あるから、喧嘩しないで」
あれ? なんだこれ。
気が付いたら、泣いていた。グズっている子供みたいに、言葉が続かなかった。
「職業の書! 本物か? どうしてこんなに」
「ジル、ジルちゃん!? どこでこんなものを!」
「これ、あげるから、喧嘩しないで!」
とめどなく出てくる涙を袖で拭うが、追いつかない。持っていた職業の書もバラバラと落としてしまった。
僕の子供ボディは言う事を聞いてくれないようだった。
「お父さんが、領民を、助けたいのも、お母さんが、僕のために、本を残したいのも、分かったから、僕はいっぱいあるから、これ、あげるから、喧嘩しないで」
「シンシア……」
「ジルベール様がお持ちになっていました、グス、地下の書庫で以前見つけた物を隠していた、グス、そうです」
シンシアも涙脆いらしい。
「僕は、大丈夫、だから」
「ジル……」
お父さんが少しだけ声を震わせて、こちらに聞いてきた。
言葉も出せずに、頷く。
「ジル、ジルベール、パパとママはもう喧嘩しないわ。大丈夫よ?」
「ほんと?」
僕達の前で腰を落としたお母さんがそう言ってくれる。
「ねえ、あなた?」
「ああ、もちろんだ」
お母さんが僕を抱きしめてくれた。そしてそのお母さんと僕を、お父さんが抱きしめてくれる。
「ジルちゃん、あなたが優しく育ってくれて、ママは嬉しいわ」
「ママ、お母さん」
「ママでもいいのよ?」
「うん」
僕はママの胸に顔を沈めて返事をする。
「怖かったわね? ごめんなさい」
「うん、優しい、ママが好き。さっき聞いた、コボルドより、怖かったもん」
「あらあら」
お母さんが頭を撫でてくれる。
「うう、うう……」
年甲斐もなく、年相応に泣き出すと、もう止まらなかった。
僕の子供ボディが勝手に泣くのだ。
泣きつかれるまで泣いて、その日はパパとママと一緒に眠っていたらしい。
朝起きると、二人が左右から僕の顔を覗きこんでいた。
日本にいたころに、父と母からここまで愛情を注いでもらっていたか、正直覚えていない。普通の家庭だったから、今回と同じように愛情を注がれて育ったのだとは思うけど。
大人を経験した僕は、今のお父さんとお母さんからの深い愛情を理解できた。だからこそ、その、とても恥ずかしいと、そして、とても嬉しい。
温かくも複雑な気持ちになった起床となったのだった。