むう、やはり油断はできない
お父さん達のいない間に、領都が魔物に襲われた。
領都に残った戦力でどうにか撃退することに成功、ボス狼退治の時は怪我人も出なかったから大成功と言っていいと思う。
でも恐らく、ゲームスタートの最初のイベント。クリアできることが前提のイベントだ。
こんな子供ボディの時に始まってほしくなかった。
JOBを育てておいたからボス狼を倒せたけど、もしJOBを持っていなかったらと思うとゾッとする。
「なんとかなったけど……ダメだ、油断してはダメだ」
ゲームと違い現実となったこの世界ではコンティニューがないのだ。死に戻ってやりなおしが効かない以上、失敗=死なのである。
だから僕は油断ができない。
今後は今回のようなイベントがそれこそ津波のように押し寄せてくるのだ。だってゲームなんだもの。そういったイベントを繰り返して主人公や仲間達を成長させ、物語を追体験させるのがゲームなんだもの。
そんな中で起きる犠牲には、当然主人公達と友好関係にあった存在が対象。
家族などの身内達だ。
今回の件は場合によってはロドリゲスや千早、千草達が犠牲になる可能性があった。
千早がちゃんと帰ってきて、本当に良かったよ。
でも千早がちゃんと帰ってきたことで、お父さん達が心配になる。
相手はコボルドだから問題ないとは言っていたし、お父さんにビッシュおじさん、ウェッジ伯爵や青い鬣の面々、領都内にいるJOB持ちの騎士達や兵士達を中心とした精鋭が揃っているけど、犠牲もなくコボルドを殲滅して帰ってきましたなんてことはないだろう。
まだまだ子供で、一人ではお出かけも満足に許されないような僕には心配することしかできない。
お母さんもシンシアも『問題ないわ』としか言わないから、情報も入ってこない。
蚊帳の外である。
千早も帰ってきて、シンシアも家にいる日が多くなってきた。チュートリアルダンジョンに潜れる日も少なくなってきている。
仕方なく、ジルベールカードを量産する日が続く僕であった。
「とうとうここまで来ましたね」
「うん。長かった!」
僕が見つめるのは僕の部屋の片隅に置いてある木箱。
蓋が釘で打ち付けられて、開けるにはバールのようなものを使わないといけない、とても重い箱だ。
そう、陛下から送られてきた紙の束が入った、最後の一箱である。
千早が慣れた手つきで箱を開け、最後の束を取り出して丁寧にテーブルの上においた。
「さっさと片付けちゃうよ!」
「はい!」
千早が紙を数え54枚の束を作り、それを僕と千草が受け取り魔法を行使する。
千草も随分とカード化する速度が速くなった。以前は一度に3,4枚しか作れなかったけど、今ではまとめて10枚はカード化できるようになったのだ。属性結晶による素質のブーストもあったけど、それ以上に本人の努力の賜物だ。
僕がカード化作業を行っていない時でも、地道にこの作業を行ってくれていた。今では頼りになる相棒だ。
僕一人でやっていれば、きっと今の倍の日数以上はかかっていただろう。
もちろんカード化して終わりではない。お父さんがどこかに運んでいき、そこでマーク付けと乾燥、保護液の塗りつけと箱詰めも行っているのだ。
そちらの作業の方が時間がかかっているはずである。
でも僕の手元にはもう数える程度の魔導書の紙片しか残っていない!
最後の工程だ!
「若様、これが最後の束です」
「うん!」
僕はまとめてカード化の魔法を行使して、作業を終える。
ふう、とうとう僕はやり切ったのだ。
「……10枚ほど余ってしまいましたね」
「うん、まあ数を数えて送られてきたわけじゃないだろうし、しょうがないよね」
言いながらも僕と千草はそわそわと部屋の中を見渡す。
僕の勉強机にも魔導書の紙片の束がちょっとだけ。千草の視線もそこに向かう。
「それは勉強用よ。シンシア先輩に貰ってくるから手をつけないで」
「はぁい」
「姉さん、ありがとう」
「あ、合計で三セット分くらい貰ってきてよ」
「三セットですか?」
「うん。シンシアも手が空いてそうなら呼んできて。ハンコセットあれば欲しいって」
「ハンコセット?」
「一番初めに作ったときに使ったヤツって言えば分かると思う」
今後も作ることになるけど、今の作業は一旦これが最後だ。せっかくだから、最初みたいに自分達の手で最後は仕上げまでやることにしよう。




