わたしクリスタ。いま困ってるの
アーカム様がいない中で起きた狼の魔物によるスタンピード。
それによっての直接的な被害は街にでなかったけど、あたしと同じ兵士の立場の人たちの一部で騒いでいる人たちがいる。
例のボス狼のでた森の近くに故郷があり、その森に生活の糧を頼って生計を立てていた村の出身の人達だ。
私の故郷は無事だったけど、もし危険な目にあっていたら、駆け付けておきたいと私も思う。
「ウォーゲン、行ってくれ」
「はぁ、あたしですか? あの辺の南出身の連中じゃなくて?」
「ああ。今屋敷にいる中で一番の実力者が、南の巡回の指揮を執ることになったんだ。だが来るのは若い女性なんだ。兵士は男が多いから、なるべく同行者の中に女性を付けてやりたい」
「あー、そういう理由ですか。いいですよ?」
あたしも王都にいたころは冒険者をしていたのだ。一泊や二泊の野宿も問題ではない。
そもそも今回は村から村への移動だけだ。野宿自体がないかもしれない。
それに冒険者として活動していると、女性限定の依頼なんかもある。ギルドがしっかり精査をしてくれているので、明確な理由がないと女性限定の依頼にはならない。変な男からの依頼は(女も)シャットアウトしてくれているし、金額的にも優れている。
「すまん、助かるよ。明日出立らしいから、今日は上がりでいい。ゆっくり休んでくれ」
兵士長はそう言って銀貨を握らせてくれます。
まったく、男爵家のご令嬢でもあり淑女であるあたしが、こんなもので浮かれるわけないじゃないですか。うふふふ。
帰りにどこ寄ろうかしら?
「指揮を執ることになった千早よ。乗馬ができるものを選んでもらったつもりだけど、自信のないものは今のうちにはっきり言ってちょうだい」
やってきたのは千早先輩でした。
黒姫と冒険者達からは呼ばれていた、剣の達人。なるほど、彼女なら騎士団コースを受講していたはずだから、指揮の経験もあるわね。納得だわ。
「この中でサーファス村の出身の者は?」
「自分が」
「そう、じゃあ先導を任せても?」
「はっ! お任せください」
「すぐに出発の準備を。荷物はなるべくコンパクトに、隊列は特別指示いたしませんのであたしの後ろについてください。魔法兵のクリスタ=ウォーゲンさん」
「はい」
「……見た顔ですね」
「貴族院では千早先輩の背中を見て育ちました」
合同実習の指導官の一人だったのよね確か。それと冒険者ギルドの大規模討伐クエストでも一緒になったことがあるわ。
「そう、よろしく。あなたはあたしの左を走ってください」
「了解です先輩」
コクン、と以前にも増して美しさに磨きのかかった黒姫先輩は頷いた。周りの兵士もジロジロ見るんじゃないわよ。というかそんな太もも丸出しの恰好で馬に乗るの?
ハカマ、だっけ? 丈が短すぎよ。
一つ目の村では問題なく、二つ目の村も特に被害なんかは出ていない。
二つ目の村で空き家を借りて休み、三つ目の村についたのは出発した翌日。
「……街道沿いに魔物が多いですね。以前はもっとまばらで、ボールゼリーくらいしか視界に入らなかったんですけど」
「フルーノや緑スポアにブルブルも……森の中に住む魔物ですよあいつら」
「村は……無事ですね。さすがに魔物除けが効いていますか」
「大丈夫ですよ。きっと親父辺りは森に入らなくてもブルブルが獲れるって喜んでるはずですって」
この村出身の兵士の一人が、嬉しそうに笑みを見せながらしゃべる。自分の故郷が無事で安心したんだろう。
「危ないっ!」
「一閃!」
あたしが声をあげたのと、千早先輩が技を繰り出すのはほぼ同時のタイミングだった。
千早先輩は馬から飛びおりて、その兵士に襲い掛かってきたプリウルフを切り裂いていた。
「は、はは」
「気を抜きすぎよ」
「す、すみません」
プリウルフは小型犬程度の大きさの狼の魔物だ。基本肉食でネズミや虫なんかを食べる魔物。少なくとも自分よりも大きな相手に襲い掛かってくるようなタイプの魔物ではない。
「プリウルフといえども、その爪や牙で攻撃されればダメージを受けるわ。それに……それなりの数がいるみたいね」
「ええ、そうみたいですね」
「おいおい、これだけの数のプリウルフが」
「草むらから飛び出してきたってのか……」
小さい分、ある程度背の高さのある草むらであれば隠れられるのだろう。
夏場の長い藪ならば、いくらでも姿を隠せそうなものである。
「村まで走ります」
「了解」
「隊長、馬を」
兵士の一人が千早先輩の馬を捕まえておいたようで、その手綱を渡した。
「火の魔法をプリウルフとの間に撃ちます。その隙に馬に乗ってください」
「分かったわ」
あたしが先輩に言うと、先輩もしっかりと頷いてくれた。
「クリスタ嬢の火の魔法を合図に村へ走るわ!!」
「「「 はっ! 」」」
先輩が頷いたので、あたしは腰にさしていた杖を取り出して魔力を練る。
「ファイヤーウォール!」
炎の壁を先輩の前に生み出して、プリウルフが飛んでこれないように蓋をした。
どこかの若様はこれと同じような魔法で、広い範囲を長時間維持できていたけど、あたしが生み出せるのは5秒程度だ。長時間発動させるときは、もっと集中して放たないといけない。
「走れ!」
馬にかけ乗りながら、先輩が指示を飛ばす。
相手がプリウルフで良かったわ。あれが先日のレッドウルフや一角ウルフだったら、最初に包囲された段階で相当の犠牲を覚悟しなければならなかったわ。
「良い判断だったわ」
「ありがとうございます」
馬を駆りつつ、徐々に速度を下げる先輩。
「先輩?」
「少し減らしておくわ。閃空刃!」
彼女はそう言うと、馬にまたがりながら後方に剣を振るう。
彼女の剣から、半透明な斬撃が飛んでいった。
その斬撃はプリウルフ……ではなく、その後方の草むらへ飛んでいってる。
「なるほど」
「火を放つわけにもいかないものね、閃空刃!」
どうやらプリウルフが隠れていた背の高い草むらを刈り取っているようだ、
馬を降りたらすぐにプリウルフを狩りに出るとか言い出しそうね。
「クリスタ嬢! さっきの魔法で足止めを! 他はすぐに防御陣形! 背の低い魔物の相手は難しいわよ! あなたは村の知り合いに言って馬の世話を頼んで!」
「親父達を呼んできます! ガラッド! 門を開けてくれ! オレだ!」
村に到着するなり、門を開けさせてあたしたちは下馬もせずに村に乗り込みました。
門が開いたままになるのでそこに先ほどの炎の壁を放って、門を守るわ!
「ファイヤーウォール!」
ち、さっきよりも範囲が狭くなってしまったわ。さすがに馬を走らせながら後ろに魔法を撃つのは難しいわね。
「良い仕事!」
千早先輩は一人、馬から飛び降りて殿に立った。ってプリウルフ多いんですけど!? 可愛い見た目でペットにできるから王都ではそこそこ人気の魔物だけど、これだけいるとホラーじゃない!
「があっ!」
千早先輩の一喝に、空気がビリついた。炎の壁を迂回して飛び込もうとしてきたプリウルフ達の体が竦んで動きを止めたわ。
「これだけの数だ! 乱戦になるっ! 矢は使うな!」
「「「 了解っ!! 」」」
「クリスタ嬢!」
「後方の魔物を風の魔法で狙います!」
「良し!」
一緒に来た兵士も、遠征に連れていってもらえなかったとはいえ訓練を積んでいるわ。プリウルフ程度ならみんな簡単に対処できる実力を持っている人たちよ。
「くそ、動きが素早いっ!」
「こんな厄介な魔物だったっけか!?」
こちらから手を出さない限り襲ってこない魔物だからか、みんな戦い慣れていない!
「無理に追わない! 向かってくるものを倒しなさい! 門から離れなければ大丈夫よ!」
千早先輩の檄に他のメンバーの動きが少しだけ変わる。
そう言っている千早先輩は、兵士達の前でまるで舞うように剣を振るいプリウルフを次々と倒していく。
そうこうしていると、プリウルフの群れの後ろからレッドウルフが三匹現れた!
「エアカッター!」
「ギャインッ!」
飛び出してきた瞬間を狙って一匹撃破! あと二匹!
「縮地」
残り二匹は千早先輩があっさりと距離を詰めて切り殺したわ。流石は黒姫!
「危ないっ!」
「っ!」
千早先輩が二匹を倒した瞬間、今までどこに身を潜めていたのか、レッドウルフ達よりも体躯の大きな狼の魔物が飛び掛かってきた!
「先輩っ! ファイヤーアロー!」
こいつ頭がいい! 千早先輩の動きが止まる瞬間を狙っていたんだわ!
あたしが一番早く唱えられ、最も速い速度で飛んでいく魔法をその狼に放った。
「くっ!」
「ギャウッ!」
先輩は爪の一撃を左腕に貰ったけど、あたしの魔法も狼に当たって狼は後ろに下がった。
先輩は腕から血を流しながらも、右手の剣を相手に向けて戦う意思を見せている。
「先日のより小ぶりだが、同種に見えるな」
「ぁ」
アーカム様のお子様、ジルベール様が倒したボス狼と色合いも顔つきも似ている。
あのボス狼は他の狼種の魔物を統率する力を持っていた。こいつもそうなのだろう。でなければ普段は人に襲い掛かることのないプリウルフが馬上の人間に飛び掛かってくるなんてありえないもの。
「ふう……ここで、仕留める」
千早先輩はそう言って、小ぶりのボス狼を睨みつけた。
ボス狼は……逃走!? やっぱり頭がいい!
「逃がさないっ!」
「先輩! 深追いはっ!」
「お前は掃討の指揮をとれっ!」
千早先輩はそう言い残し、背の高い草むらの中に逃げ込んだボス狼を追って姿を消した。
……先輩の怒号と、形容しがたい擬音が何度か聞こえたかと思うと、静かになる。
しばらくして草むらから歩いて出てきた先輩の手には、狼の大きな首が握られていた。
「怪我をしてたんですよ! 無茶にも程があります!」
「あそこで逃がしたら追いきれなかったかもしれないじゃない」
「そうかも知れませんでしたけど! あたし達は村の状況を確認して報告するのが仕事なんですっ!」
村が危機的な状況に陥っていたのであれば戦う必要も出てくるけど、ボス狼が退いた段階でその危機は一時的に解消されたと言って良かったのに!
「ポーションだってそんなに持ってきてないんですからね!」
幸いこの村には備蓄のポーションがあるとのことで、貸してもらえることができた。領都に戻ったら返却する手続きをとらないといけないけど。
兵士達にも怪我人は出たが重傷者はいなかったので治療は終了しているし、千早先輩の怪我もすでに完治している。
しているけども!
「大体指揮してる先輩がいきなり指揮放り出すってどういうことですか!? 先輩はこの隊の隊長なんですよ!?」
「先輩、隊長……」
「なんで嬉しそうなんですか!」
ああもう! 意味がわからない!
「とにかく! 無茶な行動はやめてくださいね! みんながみんなJOB持ちじゃないんですから! レッドウルフみたいなのが更に増えてたら村に籠城しなきゃいけなくなったかもしれないんですよ!」
「き、気を付ける……」
「まったく……あんた達も何見てるのよ! 休憩が終わってるなら周りの巡回! 村の人にも手を借りて安全確認の取れた地点の草刈り! 魔物の接近の早期発見できる環境を整えるのよ!」
「「「 りょ、了解しました! 」」」
「延焼の危険のない場所はあたしの魔法で燃やします! 詳しい人と相談してきて!」
「あ、あたしは何を……」
「先輩は休憩です! 血を流したんですから休んでてください!」
この日から、この隊の指揮を何故かあたしが執ることになってしまった。
そして次の村にも、その次の村でも現れるボス狼。
なんなのよ! こんな忙しいなんて! 聞いてないわよ!




