魔法使いなんです!
お母さんとシンシアは夜にお出かけ、千草は隣のお部屋でぐっすりだ。屋敷にはロドリゲスしかいない。
この絶好のタイミング、行くしかないっしょ!
ということで、いつものようにこっそりと授職の祭壇からチュートリアルダンジョンに入場。さあこいっ! 僕のJOBポイント!
「あれ? こんなもん?」
久しぶりに来たというのに、なんとなく体に入ってくるポイント量が低く感じられた。
結構な量が入ってくると思っていたのに、なんか残念だ。
「前回来てから、それなりに日が空いてると思ったのに……」
とりあえずいつものように、属性結晶と属性矢を回収。うーん、釈然としない。
「むう、炎の絨毯を解除っと」
うねうねとなまめかしいスリムスポアが死んだのを見計らって、炎の絨毯を解除。
あ、メダルが落ちてる。ラッキー。
「……少し、試してみようか」
うねうねとどう歩いているのか分からないスリムスポアに向かって、僕は短剣を構えた。
以前、ほんの一年前の僕はスリムスポアを刺し殺すのに10発近くも攻撃が必要だった。
「えいっ!」
以前と同じくチュートリアルダンジョンで入手できる、なんの変哲もない短剣でスリムスポアに切りかかる。
以前は刺すだけだったが、今の僕は短剣を振るうことができていた。これはすごい進歩である。
「----――」
僕の一撃で、スリムスポアは音もなく倒れた。そして消える。
「勝てた。一撃で」
最初に試したときは、4歳の最初。何回も短剣で刺して、疲れたら休んで。それを繰り返していた。
そこから一年と少し、僕の攻撃はスリムスポアを一撃で葬り去ったのだ。
これは……。
「ま、考えてみれば当たり前か」
だってスポアのパワーレベリングを二度もやったし、ダンジョンの中でヒュージヒューマスポアを何体も倒したのだ。
ベースレベルが上がってるに決まっている。
ベースレベルが上がれば、基礎的な肉体の数値があがる。
そのうえでシーフの短剣の攻撃力が上がるパッシブスキル(名前は忘れた)があるのだ。チュートリアルダンジョンに出てくるような、やられる為の存在くらい倒せるようになっていて当たり前だ。むしろ一撃で倒せない方が問題である。
「自分の強さがどの程度か、知りたいな」
とはいえ今の段階では、保護者同伴のダンジョンぐらいしか試す場はない。魔法の威力はある程度把握できているけど、僕自身が弱ければ戦えなどしない。
王国魔法師団の中でも、それなりに偉い立場にいるおじさんでさえ体を鍛えているのだ。
これは千早との訓練の時間も増やさないといけないかもしれない。
「この間、ゲームが始まったと思えるし」
お父さんやお母さん、おじさんや伯爵のような頼れる大人がほとんどいない状態での魔物の襲来。しかもスタンピードだ。
あれはまさに、ゲームのオープニングイベントだろう。
僕はあれを乗り越えることに成功したのだ。
「でも、まだゲームのオープニングをクリアしたに過ぎない」
ユージンの奇跡は、オープニングで苦戦するようなゲームではなかった。続編のスタートだと思われる今の状況だが、逆に『クリアして当たり前』なのかもしれない。
ここをクリアできないようでは、ゲーム自体がスタートしないからだ。つまり、今後難易度がどんどん上がっていくと予想される。
「く、なんで僕は5歳児なんだ」
こんな年齢でスタートとかどこの層を狙ってのゲームだよ! と思いっきり文句を言いたい気分だ。
「まったくもって、油断ができないな」
どこかにこの世界の取説でも落ちていないものなのだろうか? 攻略WIKIのURLでもいい。
僕の知らない職もあるし、僕の知らない魔物もいる。
覚えていないことの方が多いのに、どうでもいいイベントとか覚えていたりする。しかもこれらの知識は200年以上前のこの世界の知識なのだ。まったくもって使えない。
だから僕はもっと鍛えないといけないのである。油断などしてはいけないのだから。
「たあ!」
「よっと」
僕の持つ木剣が、ファラッド様の胴を狙った! しかしファラッド様は半歩引いた程度で回避だけどその回避の仕方では僕には背中が見えているぞ!
「えいっ!」
「残念」
「わわっ!」
僕の返しの刃をあっさりと防ぐとは、やるなファラッド様。
「こうだ!」
「そうくると、思ったよ」
まだ半身が外を向いているファラッド様に木剣を突き出す! すると僕の手首をファラッド様が掴んで、僕のことをクルンと投げた。
「わわっ!」
「こら、暴れない」
地面に投げ出されるかと思ったけど、ファラッド様が背中を押さえてくれたので、ゆっくりと尻もちをつく形に収まった。
「むー、強い」
「いや、ジルベール様くらいの子がここまで動けるのが驚きだ。少なくとも僕が同じくらいの歳の10倍は強いよ」
「それってどういう慰め?」
「はっはっはっはっ」
知らん情報とじゃ比較できないけど、僕が同じくらいの歳の子供の10倍強い程度では満足できないのである。
「ジルベールは攻撃と防御の差がはっきりしていて読みやすいな」
「攻撃と防御の差?」
「ああ。防御、というか回避か。回避しながら攻撃できないだろう?」
「う? うん」
「逆に攻撃するときに回避も」
「そりゃできないでしょ」
「攻撃するぞって見せかけて回避は?」
「……できそう」
フェイントみたいな?
「そういうことだ。あまりまっすぐな剣だと魔物にも当てられないぞ」
「魔物の相手かぁ」
僕が剣で魔物の相手をする日が来るのだろうか?
……ダメだ、腰が引けてプルプル震える自分しか想像できない。
「遠くからめっちゃ魔法当てる」
「そうだな。それができれば一番いい」
意外なことに肯定してくれるファラッド様。
思わず見つめてしまう。
「はは、卑怯じゃないかって? 学校でも騎士団の実習でも、魔物相手なら何してもいいって教わるんだぞ? 騎士道を重んじるのは騎士道が通じる相手だけでいいんだ」
「ほー」
街の外を出れば魔物の脅威が待っている世界だ。そういう部分はシビアなのかもしれない。
「逆に言うと、さっきのような攻撃。それこそ攻撃を繰り返しこちらの体勢を崩させるような戦い方は騎士っぽくないな。力と技で戦う騎士にはない戦い方だ……そういうところもだ」
僕がそのまま地面に転がろうとすると、話しながら服を掴んで引っ張って立たせる。
疲れたんだもん、いいじゃない。
「僕、騎士にもならないと思うけど」
「本人にその気がなくても、親が有名な騎士だからな。何かしら比較されることもあるだろう。騎士としての立ち居振る舞いを要求されたときにできなければ、バカにされるのはジルベール様ではなくアーカム様だぞ」
「む」
それは嫌だ。
「場合によってはミドラード様かもしれないな」
「お兄ちゃんは関係ないじゃん」
「あるさ。殿下の護衛ではあるが、彼は殿下の唯一の友だ。ジルベール様は実はすごい環境にいるんだぞ? ありとあらゆる魔物や盗賊、逆賊を倒し続けてきた赤剣の息子で、さらに殿下の唯一の友の弟だしジルベールカードの開発者でもある。ご両親が守ってくれているだろうが、貴族院での君は非常に目立つ存在になるだろうな」
「うええ、貴族院行きたくないなぁ」
いま5歳だから、あと6年もすれば貴族院だ。行きたくなくなっていく。
「はは、君の父上や兄上がこれ以上目立った功績を作らないように祈るといいよ」
「それはそれでふくざつな気分に……」
お父さんやお兄ちゃんが活躍すれば、僕の影が薄くなるのではないだろうかと思っていたのに、僕も同じような活躍を求められるのだろうか? 嫌だなぁ。




