錬金術師
「ちょっとミレニア! なんなのよあの素材の数!」
「ジェニファー、いきなり来て声をあげないでよ」
リビングでお母さんが書類を読んだり書いたりし、僕もリビングで勉強をする。お母さんが帰ってきてから、それが日常と化していた。お父さんがいないから寝るときはお母さんと一緒で、ちょっと嬉しい。
シンシアが何度もお父さんの執務室から資料を運んだり戻したりと大変そうだったけど。
そんな日に、お母さんにお客さんが来たとのことで、僕も同席にすることになったのだが。
「で、何なのあの素材は? なんであんな適当な積み上げ方をして放置してるの?」
「だって置ける場所も限られているんだもの」
「だもの、じゃないでしょ! あんた! あれらの素材の価値が分かってるのかしら!?」
「分かってるわよぅ、でもまだ売りに出すわけにはいかないし」
「加工しなさいよ! 素のまま置いておいて、ダメになっても知らないわよ!」
「信頼できる錬金術師があんまいないんだもの」
「あたしに声を掛けなさいよ!」
「ジェニファー、ポーションなんか作ってらんないって言ってたじゃない」
「う、そういえば……」
お母さんと親しげに話しているのは、先日のスタンピードの被害にあい、家に帰ることのできなくなったジェニファーさんだ。
彼女は現在、屋敷の近くにある役場でアルバイトをしている最中だ。
家に帰れず宿に泊まっているのだが、役場で働く錬金術師がその話を聞いて、ポーションの錬金や魔石の魔核化を手伝ってもらいたいと言ったのである。
ロドリゲスもジェニファーさんのことを知っていたらしく、ダンジョンから出てきた素材を見せても問題ない相手であると判断をし、その仕事につかせたそうだ。
それが一昨日の話。そしてその彼女はお母さんに食い掛っている。
「あれだけの赤傘キノコがあったら! 魔苔があったら! いったいナンボ稼げると思っているのよ!」
「ウチの騎士や兵士で消費するだけね。この街は冒険者ギルドがないし」
「もったいない!」
「本当よねぇ、保存できる瓶もあるし作るだけ作って保管しておけば問題ないんだけど、作れる人がねぇ」
「やるわよ! 暇だし! それに泥の塊! あれなんなの!? あれだけ強い魔力を帯びた泥素材なんか滅多にお目に掛からないわよ!」
「この子が時々遊びに使ってるわよ?」
「う、うん」
土の魔法を介して使うと好きな形に変形させられて面白いのだ。でも魔力が切れるとまた泥に戻っちゃうから、フィギュアを作ったりはできない。
「早く教えなさいよ! 買うわよ! あれで赤ハーブや緑ハーブを育てれば絶対に良質な薬草になるもの!」
「買ってくれるのね? いいわよー。コボルドの毛もどう? いっぱいあるのよねぇ」
「いらんわ!」
とはいえ今は、青い鬣のメンバーもコボルド退治に主力を割いていて、ダンジョン周りの警護を行っている程度だ。
しばらくはダンジョン産のアイテムが増えることはないのである。
「というか! なんで! あんなに色々! あるのよ!」
「ダンジョンがね」
「ダンジョン!? 生まれたの!?」
「この子が見つけたの。ジルちゃん、こんな大声で喚く女を見せちゃってごめんねー?」
「にゃ?」
そう言ってお母さんは、僕を持ち上げてお膝の上に置いたのだった。
僕まだ勉強中だよ?
「お母さん、書き物してるときに持ち上げないでよ。インク零れる」
「あらごめんなさい」
羽根ペンからインクが落ちる前に素早くインク壺に戻す。く、少し垂れた。お手紙書き直しじゃん。
「この間の?」
「うん。ジェニファーさんこんにちは。宿での生活はどうですか?」
「あ、えっと。こんにちは、おかげさまで快適に過ごせてます」
「よかったです。何かあればロドリゲスにでも言ってくださいね」
「ご丁寧にどうも……」
僕に目線を合わせてたジェニファーさんが、僕とお母さんの顔を交互に見比べる。
「あんたの子よね?」
「失礼なこと言わないでよね、こんなにそっくりなのに」
「いや、髪の色と瞳の色とおんなじだけど。なんかその」
「その?」
「バカっぽくない」
こらこらシンシアさんや、部屋の端っこで噴き出さないの。声を出さずに肩を震わせないの。
「あんた明日から役場に泊まりこみね。手続きしとくわ」
お母さん声低いっす。
「ちょっ! 冗談よ冗談! あんたに似て可愛いわ! 将来美人になること確定ね!」
「僕、男の子だよ?」
「男の子でも美人はいるわ!」
あ、うん。うちの伯父はそうですけど。
でも僕はあんなセクシーイケメンにはなりませんよ。お父さんみたく長身イケメンになることも想像できないけど。
「ジェニファー=ダーグマー。錬金術師よ」
「ジルベール=オルトです」
改めて自己紹介をする。この間来たときはファラッド様を優先して話をしたから、この人とは満足に話していなかったんだよね。
「ジルベール様のおかげで野宿せずにすみました。ありがとうございます」
「いえいえ、僕は教わった通りにしただけですから」
「ジルちゃん、次は野宿でもいいのよ?」
「よくないわっ!」
あれ? なんか仲がいい?
「仲良し?」
「え? いや、えーっと……まあ」
「そうなのよー、お友達なの」
やっぱり。
「ミレニアが、えーっと、ジル様? でいいかしら?」
「お母さんと対等にしゃべるなら、僕もジルでいいよ。敬語もいらないし」
「そう? いい?」
僕に聞きつつも、嬉しそうだ。敬語が苦手なのかもしれないね。
「ジルのお母さんと昔、一緒の先生に魔法を教わってたのよ」
「お母さんのお師匠さま?」
あの意地悪な砂の迷路とかを教わった人?
「あの人はお師匠様なのかしら?」
「そ、そう言われると……なんか自信がない」
「どんな人なのそれ」
不思議でしょうがない。
「ミレニアは今でこそ神官系の能力を重視してるけど、もともとはバリッバリの魔術師、魔法使いなのよ」
「実はそうなの」
バリッバリなんだ。
「あたしは魔法使いの道には進まずに錬金術師になったけど、ミレニアはそっちの道にいったのよね。あたしはもともとここの森の湧き水に目をつけてて、先にこっちに拠点を作ってたんだけど、まさかここの領主の奥さんがミレニアだとは思わなかったわ」
「私もジェニファーがこっちに来てたとは思ってなかったわ」
そりゃあ大した偶然だわな。
「ジェニファーさんは錬金術師なんだよね? 職業の書作れるの?」
「う……」
作れない感じ?
「一応努力はしているわよ? でも、その……成功率が、ね?」
なるほど。錬金術師としてのJOBレベルや基本レベルが低いのかな?
ゲームでも錬金術には成功率設定があった。錬金術師のJOBレベルを上げると、錬金術マスタリーのパッシブスキルが段階的に手に入り、錬金術の成功率上昇と素材の消費を抑える性能があった。
それとシーフや弓師のスキルで器用度を、魔術師や魔法使いで魔力を上げると成功率があがるし、錬金術を行使する道具にも成功率上昇の効果を付けれたし、モンスターメダルも存在する。妙に細かい設定が錬金術師にだけ用意されていたんだよね。その代わり戦闘だと弱いけど。
作成するアイテムにも個々に難易度が設定されていて、職業の書の難易度は中間くらい。
ラスボス前あたりでようやく安定して作成できるようになるレベルだ。
「それとレシピが全部はないのよね。魔術師や魔法使い、錬金術師の職業の書は見本があるし、素材も知ってるけど。それ以外の職となると、戦士の書くらいしか知らないわ。狩人に至っては、誰が知っているの? ってレベルだし」
「どれもこれも門外不出なのよね」
すみません、レシピ持ってます。まあ素材が揃えられないけど。てか狩人が誰も知らない?
「かりうど?」
「弓を使うJOBの最上位職ね。名前だけ聞くけど、本当にそんな職あるのかしら? って思いたくなるのよ。でもエルフに結構いるのよね」
「エルフの錬金術師にしか作れないって聞いたこともあるわ」
「私も聞いたわ。でも種族の違いで錬成できないっていうのはちょっと信じられないのよ。だからそんなJOB自体が実はエルフ固有の物なんじゃないかってあたしは思ってるわ」
「……あれか」
世界樹の葉が必要だもんね、世界樹は200年以上前からイービル=ユグドラシルになってる。その葉の入手難易度がおぞましすぎる。ゲームでもストーリー後半の四天王の一角を崩さないと作れなかった。その代わり、スキルが強いの多いんだわ。
そりゃ途中参加のマーニャが即戦力になるわけよねって性能。主人公のユージンですら、専用職である勇者で戦う時もメインの攻撃スキルは狩人のスキルだったし。
世界樹の葉が入手できず誰も作れないから、レシピ自体も衰退しちゃったのかもしれない。
「ジェニファーが作れればよかったんだけど」
「……ねえ、もしかして?」
「もしかしないわ」
「するでしょう?」
「するかもだけど、作れないでしょう?」
「い、一回だけ成功したしっ!」
「任せられるわけないでしょう! 一冊いくらすると思ってんの!?」
「外に出せないんでしょ! じゃあいいじゃない!」
「とっくに王家に売約済みよ!」
「どうせ全部じゃないでしょ! そもそも王家のお抱えの錬金術師だってどーせ成功率なんかたかがしれてるだろうし!」
「素材だけで十分価値があるって言ってるのよ? ジェニファーが買ってくれるなら多少なら優遇してもいいわ」
「ぬぐっ」
詳しい値段は知らないけど、JOBの書の材料になる『空の魔導書』は相当価値のある物のようだ。
シーフの数字も上がってきたことだし、そろそろ錬金術師を狙いに行きたいな。




