おでか、け?
「ジルちゃん、いい子にしてましたか?」
「んー? わかんない」
お母さんに連れられてリビングに戻り、お母さんの横に座る。そうするとお母さんが僕を抱き寄せてお膝に乗せた。
いい子にしてたかって? どうなんだろう、ロドリゲスに任せずに外壁の上から魔法ぶっぱしたりしたし、いい子かそうじゃないかと言われたら違う気がする。
でもボス狼倒したからいい子?
「お母さん、お疲れなのに」
「お母さんはこーしてると疲れが取れるのよー?」
ぎゅーっとお母さんに抱き着かれる。たった2日しか離れてなかったのに、ずいぶんと長いスキンシップだ。
「外壁の上から狼の魔物に攻撃をしたのよね? どう思った?」
「素早いから当てにくいなって。あとお肉の焼ける臭いが少し気持ち悪かった」
それと爆発に巻き込まれた魔物の、ダメージを受けながら吹き飛んでいく光景とか。
「怖くなかった?」
「んー?」
怖くはなかった、かな? あ、でもロドリゲス達を戦わせるのは怖かった。
「ロドリゲスや千早達が戦うって聞いたら、怖かった。ファラッド様をロドリゲスと千早が迎えに行くってなった時も心配だったし」
「まあ、ふふ、そうね」
「お母さん達も、心配だったけど。もっと心配だった」
「ありがとう」
お母さんが頭を撫でてくれる。うれしい。最近自分が幼児退行している気がするなぁ。
「ジルちゃんは本当に優しいわ」
「えへへへ」
褒められたので、今度は僕からお母さん側にダイブする。背中で手は届かないけど、お母さんをぎゅーっとした。
「ところでジルちゃん」
「んー?」
「なんでも、街の兵士を氷漬けにしたって聞いたんだけど?」
「あ」
しまったああああ! いまここで来たか! 忘れてたぁ!
「えっと、その……それはぁ」
「魔法で人を傷つけたらダメって話をしたと思ったけど、コボルド退治の遠征に行ったときにそんな話を聞いて、お母さん驚いちゃって」
「あ、あの、奥様……」
「千草ちゃんには聞いてないのよ?」
「はひっ!」
「ジルちゃん? どうなのかしら?」
「き、傷つけてなひたたたたた!」
ほっぺをつねらんといてーな!
「あら、思ったより伸びるわね」
「ひひひゃい~」
お母さんにほっぺをひっぱられたまま、僕が非難の声を上げる。
「聞いたわよ? 千早と千草に声をかけてきたナンパ兵士を氷で止めたって。でもねジルちゃん、魔法っていうのは危ないのよ? 特に氷は人の命を奪いかねないし、時には手足に障害を残しかねない危険な魔法なの」
「ふぁい」
ほっぺがいたいー。
「そもそも千早も千草もジルちゃんより強いのよ? あなたは守られる側で、守る側ではないでしょう?」
「男は女を守るんだもん」
「あら、男の子」
「男の子だよ!」
や、あの時はなんとなくムカっとしただけだ。千早と千草は僕の大事な黒髪メイドだもの。
「あのねジルちゃん、お母さんはジルちゃんにお屋敷の外で魔法を使うのはまだ早いと思ってるの」
「ん」
お母さんが引っ張ったほっぺをさすってくれる。
「普通の子だと、まだ魔法も使えないのが当たり前で、お屋敷のお外にはほとんど出ないのよ?」
僕はクレンディル先生の勧めと、カードの話を閣下としないといけなかったから早かったけど、貴族の感覚ではまだお披露目が終わっておらず、お外にでないお年頃だ。
「大人の言うことはちゃんと聞けるし、ビッシュお義兄様と一緒だったから了承はしましたけど、まだお外は早いと思うの。ジルちゃんもそう思うでしょう?」
いや、ここでお母さんのこの質問の仕方はずるいよ! これは頷いたらお出かけできなくなるし、頷かなかったらお母さんの笑顔が深まるやつだ!
くっ! どうすればいい!? 考えろ! 考えるんだジルベール!
「お、お母さんとおでかけ、したいな」
「まあ! 素敵な提案ですねジルちゃん!」
お母さんが僕にくっついて頬擦りをしてくる。
「お母さんと、お手てつないで、おでかけ、楽しい、よ?」
「ええ、そうですね」
一人でのお出かけを禁止とか言われる前に、お母さんのご機嫌を取ることに成功っ!
「お母さんと一緒なら、どこに行っても安心?」
「もちろん! 今から行きましょう! 千草ちゃん、ジルちゃんにお着替えを」
「か、かしこまりました」
「シンシア、シンシア!」
お母さんが立ち上がってリビングを出ながら、シンシアに声をかける。
僕がお着替えを終わらせリビングに戻ると、シンシアが疲れた表情でこう言っていた。
「奥様、馬も疲れてますし、使用人も足りませんし、護衛も足りません」
「そんな……ジルちゃんとのお出かけなのに」
「ロドリゲスと私と千草しかいないですし、小規模とはいえスタンピードの処理に情報収集の準備もあります。ジルベール様とのお出かけは旦那様が戻ってからにしてください」
「ひと月以上かかるじゃない! ジルちゃんとのお出かけなのよ!」
「無理なものは無理です」
ばっさりでした。シンシアが強かった……。
ところで無駄にお着替えをしただけの僕はどうすればいい? また部屋着に着替える? 分かりました。




