お母さん、暗躍開始?
「お久しぶりですね、ファラッド様」
「オルト夫人、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
お母さんが帰ってきたので、改めてファラッド様にご連絡である。
ロドリゲスが宿に伝言をしており、夕食にご招待だ。
護衛として来ているファラッド様にお昼を準備するのと、正式にお客様として夕食に招待するのとでは意味合いが変わる。
お母さんは髪の毛の色に合わせた赤のドレスに身を包んで、屋敷の主である父に代わり挨拶をした。
「ご存じの通り主人はいませんの。ご迷惑をお掛けしますわ」
「自分は手紙を届けに来ただけですから。いえ、それも満足にできないような半端ものです」
お母さんはあらかじめロドリゲスや千草、そして僕から色々と話の聞き取りを行っている。手紙を僕が預かっていることに少し頭を押さえていたけど、それ以外はおおむね理解した様子だった。
「ではまず。アーカム宛の手紙ですが、内容はご存じですか?」
「ええ。把握しております」
「そうですか」
お母さんはそう言うと、ペーパーカッターを千草から受け取り、さっさとお父さん宛のお手紙を開封していってしまう。え? いいの?
「……年内は難しいでしょうから、早くて来春か、気候を考えると来秋がいいのではないかと思いますわ」
「分かりました。閣下にもそのように伝えます」
お手紙の内容に興味津々ではあるが、サフィーネ姫様と同じ内容であれば、今度こちらに足を運ばれるという内容だろう。
「コボルドの巣とお聞きしましたが、そこまでお時間がかかりそうなものなのですか?」
「深い森の中ですので。主人だけでなく義兄上もいらっしゃいますので、そこまで足を運びさえすれば片付いたも同然ですが」
「オルト伯爵の? まさか三色の賢者殿でありますか」
二つ名持ちのおじさんも有名人だなぁ。
「ええ。主人だけでも十分なくらいなのですが、念のためですね」
「なんとも豪華な! ジルベール様、おっしゃってくれればいいものを」
「うえ? あ、すみま、せん?」
「いや、謝ることではないが、むう。今からでも自分も参戦をしに……」
「まあ、素敵なご提案ですわ。でもそうですね、閣下へのお手紙を御返しせねばなりませんので……そのあとでこちらに来られるのはいかがでしょうか? 主人に代わりまして、私の名前でお返事をいたしますので」
え? ファラッド様も参戦するの?
「ああ、そうですね。確かに。まいったな、閣下へのお手紙がどうしても優先となってしまう。ジルベール様も、姫様からのお手紙をいただいたしな」
「うん。お返事を一緒にお願いしてもいいですか?」
「サフィーネ姫様からのお手紙ね? あのご年齢でお手紙をご用意されるなんて、姫様もご立派ですね」
「ええ、姫様は可愛らしくも聡明でいらっしゃいますので」
あのくらいの歳の女の子ってだいたい可愛いと思う。や、僕から見れば年上ですけど!
「遅くなって申し訳ございませんでした。わたくしが戻りましたのでジルベールの護衛は必要ありません。ですが今日からは屋敷でお休みください」
「あ、その件なのですけれども。少しばかり不穏な噂を聞きまして、しばらくは街の宿に泊まり情報を集めたいと思っておりまして」
ファラッド様が不穏な噂と口にすると、お母さんの笑みが深くなる。
「興味深いお話ですね。どのような?」
「先日の狼の魔物の出所の話です」
「まあ」
「南東のダルウッド領とクローバックス領の境の村近くに一際大きな狼の魔物が現れたとの話です。その魔物がこちらに流れてきたのではないかと」
「ダルウッドとクローバックス……ウッドバックス交易村の辺りでしょうか」
そのまんまな名前に僕が笑いをこらえるけど、ファラッド様は真面目な表情で頷いた。
「はい。クローバックス領内になります。あちらからその狼が流れてきて、森伝いにこちらに来た可能性もあります」
少しだけ緊張した顔で、ファラッド様が状況を伝えてくれる。
もし間違いだったら、領同士の問題になりかねない。この報告をするファラッド様も気軽にというわけにはいかないのかもしれない。
「確証はおありですの?」
「あくまでも噂ですし、私や商人達の憶測も混じっています」
「噂もばかにはできませんものね」
お母さんがにっこりと笑う。
「まあそんなわけでして、もう少し宿でお世話になりたいと思っています」
「それでしたら、また面白そうな噂話をお待ちしておりますわ」
そんなこんなでお母さんとファラッド様のお話は終わった。お母さんと玄関までお見送りをした僕達に、ファラッド様は丁寧にお辞儀をして去っていった。
「シンシア」
ファラッド様がいなくなって玄関に戻ると、お母さんがシンシアに声をかけた。横で控えていたシンシアは小さく頷き、ピンク色の可愛い手帳を自分にしか見えないように広げた。
「レーベ様とファニーニャ様にお声かけしても?」
「ええ、クローバックスですとその二人が適任ね。徹底的に調べさせて頂戴」
「かしこまりました」
なんだろう。お母さんが悪の親玉っぽく見える。
「今回は運がよかったわ。ファラッド様がいたから発見も早かったし、ジェニファー達のところに被害が出なかったもの」
「そうですね。迂闊な行動だとは思いましたが、結果だけみれば最小限の被害で済ませることができたと考えられます」
お母さんは運が良いと言い、シンシアは結果は最小限の被害だと言った。
「これで南側の他の村々に被害が出ていなければ完璧なんだけど」
「それは千早からの連絡待ちになりますので」
千早は昨日、兵を何人か連れて調査に行ったばかりだ。すぐに帰ってこれるものではない。
「オーエン村長のところで問題はないみたいですから、とりあえず安心ですね」
「え? もう連絡が来たの?」
そんな近くに村があったの?
「連絡が来ないからよ? 比較的近場なので、何かあったとしても走って報告にこれる距離ですし、狼煙も見えますから」
「おお、なるほど」
確かにその通りだ。そう考えると気が楽になる。
森から見て近い位置にある村ほど、被害にあう可能性が高いのだから。




