お母さんが帰ってきた!
「お母さんが帰ってくる?」
「ああ、鳩の連絡がきた」
遠征中のお母さんが、こっちに戻るそうだ。
「ファラッド様への対応かな?」
公爵閣下からの遣いとして来ている彼だ。いつまでも放置にしてはまずいとの判断かもしれない。
「それもあるが、南のスタンピードの対応がメインだな。千早に調査させているが、領内の他の村々で何かしら問題が起きていたら対応せにゃならん。オレもできる範囲で対応はするが、やはり領主や領主夫人が対応するかしないかで民への印象は変わる」
「僕でもダメ、だよね」
「若様はまだ人々の前に出るには幼すぎます」
それもそうだね。
「千早は大丈夫かな?」
「何とも言えんな。南側の村を全部回るとなると、普通の馬でも10日はかかる」
「心配だね」
千早、ご飯とか大丈夫かな?
「大丈夫です、若様。姉さん、馬より早いから」
「いや、千早だけで行くわけじゃないからな?」
「ぁ」
ロドリゲスのツッコミに顔を赤くする千草。
「お母さんが帰ってくるなら安心だね。いつまでもファラッド様を宿暮らしにさせておくのも問題だと思うし」
「どうだろなー。あのお坊ちゃんは宿暮らしを楽しんでる気がする」
それは確かに。
「そうだ。オレが話したときファラッド様はお一人だったが、護衛は本当にいないのか? 何か聞いてないか?」
「いないって。商家の人達と一緒に来たって言ってたよ」
閣下からの遣いという立場のファラッド様は、本来護衛に囲まれてくるべき人だ。
そんな彼が一人できたと聞いたとき、ロドリゲスは本当に驚いていた。
「この辺は凶悪な魔物も出ないし、道中に野盗の話も聞かないから大丈夫だろって」
「まあオレより強い人だから、心配してもしょうがない気はするが……隠れて護衛がいるかもしれんな」
「そんなことある? てか意味ある?」
「ファラッド様を閣下が試されている場合はあるかもだが」
すでにサフィーナ姫様の執事を任されているファラッド様だ。何かを試されるとかそういったことはなさそう。
「とにかく、僕が聞いた限りではお一人だよ」
こちらにいらしたときのご挨拶や、その後に護衛に来てくれた時なんかにも話をするが、本当に一人でこちら来られている人なのだ。
正直それでいいのか? と思わなくもない。
ただの貴族の息子が道楽をしているのではなく、閣下から手紙の運搬という仕事を任されているのだ。
決して護衛なしで動いていい立場でないのは、子供でこちらの知識に乏しい僕でも分かる。
「今更だけど、いいの?」
「……まあ公爵家から信頼されてるってことだろ。公爵家も護衛は出すって言ってるはずだからな。いないんだったら本人が断ってるはずだ」
「だ、だよね?」
「……たぶんな。まあとりあえず、明日には帰ってくるはずだ。今日はいつも通り日中の護衛をお願いして、明日はミレニア様が帰ってきしだい連絡ってことにしておこう。家主より先にいても問題ねえっちゃ問題ねえが、あらかじめ分かってるなら尋ねたって体にしておいた方がお互いにいいからな」
「その辺は任せますっ!」
お貴族さまの風習的なものはお勉強をしたから知ってるけど、なんとなく理解しにくい部分はあいまいなのだ。あまりにも理解できなくて逆に忘れないものもあるけれども。
「お母さん!」
「ジルちゃん! ただいま!」
「んぷっ」
お母さんが帰ってきた! 早速熱烈なハグである。ちょっとしっかり目に甘えないと拗ねられる気がするから、いつもより念入りにぎゅーっと抱き着くと、お母さんも僕を抱えてくれる。
お母さんの胸で窒息死する前に顔をだす。そうすると降り注ぐキスの嵐。
横で何やら指をもぞもぞさせて耳をピクピクさせ、尻尾をぶんぶんさせているシンシアもおかえり。
「おかえりなさい、お怪我はないですか?」
「大丈夫よ。コボルドの巣に到着する前に戻ってきちゃったもの」
なんと驚き、まだコボルドと会う前だったようである。
「森の手前で領内の他の兵達の集合を待っていたところだったの。お客様にスタンピード、ジルちゃん大変だったわね」
「んー。ロドリゲスが全部やってくれたからへいきー」
「あら? 外壁から魔法を撃ってスタンピードの原因を取り除いたって聞いたわよ?」
「ロドリゲス!?」
なんで報告したのさ!
そっと離れようとするが、お母さんのホールドはがっちりだ。
「ジルちゃんが戦場に出たって聞いて、お母さん驚いちゃった」
「で、出てないし」
外壁からファイヤーボール撃ってただけだし。
「ジルちゃんはね、領主の息子なのよ? ロドリゲスはダメなことはダメって言うタイプの人間だけど、理にかなったり必要であると判断したら、その指示には従うのよ?」
「う、はい」
「前にシンシアに命令をしたわね? あれと一緒よ。ジルちゃんの命令で命を懸けていいのは千早と千草だけ。分かってるかしら?」
「はぁい」
千早と千草はいいんだ? いいんだな、奴隷的な立ち位置だし。
「ですが、よく頑張りました。でももう危ないことはしないでね? お母さん心配で倒れちゃうから」
「はぁい」
ぎゅーっとお母さんが僕の体を抱きしめる。
「ミレニア様」
「何かしら?」
「ずるいですので私にもジルベール様をお貸しください」
「息子との語らい中なのに……まあジルちゃんは可愛いから仕方ないわね、ほらシンシア」
お母さんが僕を突き出すと、シンシアが受け取って僕をぎゅっとした。
「んぷ」
「はー、ジルベール様です」
「そうだよ? シンシアもおかえり」
お母さんと違い、シンシアの胸で窒息死する心配はない。
「ジルベール様? 何か変なことを」
「考えてないよ! 無事に帰ってきてよかったね! うれしいよ!」
これは犬の獣人の勘ではない、女性特有の勘だ!
「そうですか?」
ソウデスヨ。
「シ、シンシアが無事に帰ってきてくれてうれしいなー」
「ミレニア様、可愛いのでジルベール様を誘拐しようかと思うのですが」
「うちにおいておけば新しい服の姿を何度も見れるわよ?」
「誘拐はあきらめます」
意味が分からないよ!?
「シンシア先輩、最近色々怖いです」
おほほほほ、と笑うお母さん。
え? おほほほほって笑ってていいの? や、シンシアは信用できるけど。




