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実は、シーフなんです

「さて、まずは軽くランニングといこうか」

「はぁい」


 ファラッド様が準備運動だと僕の前を走り出す……早歩き? ジョギングにも見えない。

 だが舐めてはいけない。僕の子供ボディの歩幅だとそれでも遅れてしまうのである。

 中庭は広いと言ってもバスケコートくらいの広さだ。とても広い。

 三周も四周もするとなるとそれなりの時間がかかってしまう。


「……意外とタフだな」

「そ、そう?」


 ダンジョンでのパワーレベリングが何度かあったから、体力も上がってるのかな?


「さて、次は素振りか。木剣はあるのか?」

「うん」

「お二人とも、こちらをどうぞ」


 千草が用意してくれたのは何の変哲もない木剣だ。

 一つは僕の手のひらの大きさに合わせた子供用のもの。おもちゃに近い。

 最近は千早に教わっているのだ。

 そして言われるがままに素振りを始める。

 いーち、にーい、さーん……。


「普段はどれくらいやっているのだ?」

「三十回です。あんまりやると筋肉つくからダメだって」

「ふむ、そうか」


 ファラッド様が僕の素振りを眺めつつ、適度に質問を入れてくる。

 あんまり強く握っちゃダメって言われてるから、どうにも勢いがない素振りだけど見てて楽しいかな?


「ふう」

「おつかれ、少し休憩をしてて」

「はぁい」


 ファラッド様の言う通り、椅子にかけると千草が飲み物を持ってきた。

 今は運動中なので紅茶ではなくお水だ。


「きゃうっ!」

「冷たいっ!」


 水、かけられました。


「わかさまっ! すみません! いまタオルを」

「大丈夫。怪我はない?」


 たまにある光景だ。これでお皿やらコップやらをよく破壊しているけど、今回は水差しか……お母さんのお気に入りじゃなくてよかったね。


「大丈夫です、うぅぅ」


 お客様の前だと特に恥ずかしいよね。汗拭きタオルで頭を拭きつつ、魔法で水分を飛ばす。

 お湯だとやらないんだけど、水だとたまにやるのよね。


「ふっ!」


 そんなやりとりに気付かないのか、ファラッド様は素振りを始めていた。

 剣を振り上げ、真っすぐ下に切り下す。

 その瞬間に剣先に風が生まれ、即座に霧散。なんというか、剛の剣の人だ。お父さんの素振りに似てる。

 千草が代わりの水差しを持ってきて改めて喉を潤している間、ファラッド様の素振りは続く。

 ずっと同じ剣を振り下ろす動作だ。集中力がすごい。


「いい木剣だな」

「そうなんだ……」


 木剣の良し悪しなんか分からないけど、何かお気に召した様子である。


「よし、体もあったまったことだし、少し打ち合うか」

「う……はい」


 正直木剣であっても、人と正面から打ち合うのは嫌いだ。怖いもん。

 でもファラッド様は楽しそうにこちらに視線を向けている。

 はぁ、やだなぁ。






「さあ、打ち込んできなさい」

「はい」


 緊張すると、返事が間延びしなくなるのはいいことなのか。そんな見当違いな思考が頭をよぎるものの、ファラッド様に剣を向ける。


「ふふ。ストップストップ」


 ファラッド様が持っていた剣を下ろして、僕に近づいてくる。


「腰が引けてるぞ、ほら。胸も張って、腰をまっすぐ」


 僕の腰に手を当てつつ、胸を少し押された。


「顎も落とさず、視線は真っすぐ相手に向ける。怖いなっていうのが丸わかりになっちゃってるぞ」

「は、はひ」


 僕のカチコチになっている体を直して、また正面に立った。

 今度は剣を僕に向けるのではなく、横に持った。


「私の体に打つのではなく、剣に打ちなさい」

「はい」


 言われた通り、僕はファラッド様が低く構えた剣に自分の持つ剣を振り下ろす。

 カコン、と弱い音がなるとファラッド様が苦笑い。


「ちょっと遠いな。もっと剣の中腹を狙うように踏み込んで、振り下ろしたら真っすぐ僕の後ろに向かう勢いでやりなさい」

「はい」


 剣道の面の練習をしてるみたいだ。


「素振りではちゃんとできてたんだから、その通りに」


 コクンと頷き、言われた通りに踏み込んで剣を振るう。先ほどと同じく、軽い音がする。

 そしてファラッド様の横を通り抜けた。


「そう。もう一度」

「はい」


 体を反転させて、同じ動作をもう一度やる。

 えいっ! カコン!


「もう一度!」

「はい!」


 言われるままにもう一度やる。今回はちょっと強く握っていたせいか、手が少し痺れた。


「……惜しいな」

「はい?」

「よし、今度はこちらから行くぞ?」

「え?」

「大丈夫、素手でいくから。思いっきり逃げるんだよ? 剣で防いでいいからね?」

「はい? はい」


 剣を地面に置いたファラッド様が、僕に勢いよく向かってきた。


「うおうっ!?」


 変な声出た! 真っすぐに伸びた右手を避けつつ距離を取る!


「いいっ!?」


 更に変な声をだしつつ、伸びてきた左手を体をのけ反らせて回避。バックステップで両手の届く範囲から離れようとすると、僕の顔の前にファラッド様の顔が現れた。


「よっと」

「うえええ!」


 体を横に半回転させて、片手で地面に手をつきつつ側転。剣落としちゃった。


「ほら、忘れ物」

「あ、すみません」


 ファラッド様が剣をこっちに投げてきたので、僕はそれを両手でキャッチ。


「ほら、構えて構えて」

「う、はい」


 ファラッド様が言うので改めて剣を構えると、嬉しそうな顔で距離を詰めてくる。

 僕は改めて回避に集中っ! 剣で応戦!? そんなに早く武器を振るえないよ!


「はい、捕まえた」

「速いっ!」

「こちょこちょこちょ」

「うひゃうっ! ずるいずるい! あははははは! うぇっ」


 追いかけっこになると、お母さんもお父さんもシンシアも千早も千草も僕を捕まえるとくすぐってくるんだよね! なんでさ!


「ぜー、ぜー、はー、はー」


 思いっきり走り回って逃げ回って、時にはくすぐられて息も絶え絶えの5歳児が仰向けで倒れています。

 こんにちは、僕です。


「回避能力がめちゃくちゃ高いな、まるでシーフみたいだ」

「あは、ははは」


 シーフですから。


「魔物を多く倒すと能力が上がりますからね。若様は何度かダンジョンに足を運んで魔物を倒しておりますから」

「なるほど。道理で」

「ファラッド様、あまり若様に無茶をさせないでください。まだ子供なのですから、過度な運動は厳禁なんです」


 僕の上半身を持ち上げて、頭や背中についた砂や芝を叩き落としてくれる千草。


「す、すまない。思っている以上に動けるもので」

「当然です! 旦那様やビッシュ様の指導を受けているんですから」

「わぷっ」


 僕の顔や首元をタオルで拭いてくれる千草が、少しだけプリプリしている。


「若様、ばんざいです」

「にゃーい」


 そして千草に言われるまま万歳をし、上半身の服をはぎ取られて体も拭かれた。

 ズボンに手をかけようとしたのでそれは阻止である。

 汗を拭かれたあと、新しい上着を着させられる。


「お水です」

「自分で飲めるって」


 口元にコップを持ってきてくれる千草の手からコップを奪う。ここで乱暴にするともう一度濡れる可能性があるから、丁寧に奪うのがポイントだ。水が少し跳ねる程度は見なかったことにすればいい。


「ファラッド様もどうぞ」

「ああ。ありがとう」


 ファラッド様、気を付けて!

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こんな作品を書いてます。買ってね~
おいてけぼりの錬金術師 表紙 強制的にスローライフ1巻表紙
― 新着の感想 ―
[気になる点] ファラッド様が「水も滴る良い男」になったかどうか。
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