記念すべき初出勤
「ああ、来ましたかふたりとも。では、仕事の内容を担当の者に説明させますので、少しついてきてくれますか?」
「承知した」
「了解」
流石は半神の怪しまれない程度に全力ダッシュ。なんとか十分程度の余裕を持って聖堂に到着した二人。クリスタも彼女たちがある程度早く来ることはわかっていたようで早速仕事内容を説明させようと彼女達を連れて聖堂騎士団団長の元に向かっている。
騎士寮があるのは大聖堂に隣接する建築物であるため少し距離はあるが、二人共周りの風景に目を取られているためさして気にしていない様だ。むしろ興味津々に装飾などを観察しており、足取りは返ってゆっくりとしていた。
「それで、騎士団長という方はどんな人物なんだい?」
その途中でグレースがクリスタにそう問いかけた。どうやらクリスタが言った騎士団長なる人物が気になったようだ。
「そうじゃのう。人となりが分かれば付き合いやすい。教えて貰えぬか?」
それにルナも同調してクリスタに問いかけた。
「そうですね。真面目で少し硬いところはありますけど、真摯な人物です。 男女問わず平等に地獄の訓練を課しているようですが、貴女方には対した問題じゃないと思います」
頬に手をあてて彼女たちにそう説明するクリスタ。話している彼女の顔は薄っすら微笑んでおり、騎士団長とやらは中々お気に入りの部下のようらしい。
「なるほど。ならば私でも大丈夫そう」
騎士団長の大まかな人物像は把握できた。そして、クリスタは付け加える様に人差し指をピンと立て、
「二人とも、そういえば言い忘れていましたが一つ。敬語は使わなくてもいいですが、少なくとも『クリスタ』ではなく、職務中は『教皇様』と呼んでくださいね? 私は気にしませんが、流石に周囲の反感買うかもしれませんから」
と、子供に注意する親のような口調で言った。
「いや、儂等もその程度の常識はあるぞ?」
流石に不愉快だったのか、不機嫌な顔でルナは言った。心なしか声のトーンも低く、やや怒っているようだ。
「うん、流石にそれくらいはね。あまり常識知らずとか思わないでくれるかな教皇様?」
グレースは苦笑いしてそう言いながらルナをなだめている。二人共、神域でそれくらいの事は教育されており、基本的なことくらいは理解しているのだ。それなのにいかにも常識ゼロかのように言われたら多少は思うところもあるのだろう。それに、二人の方がクリスタより何倍も年上なのだ。
「ふふっ、それは失礼いたしました」
そう一言謝罪したクリスタの後に続いて騎士団長の部屋に向かった。そうしてしばらく歩いて辿り着いた部屋の前でクリスタは一旦執務のために別れたので、今は二人でドアの前に立っている。そして、コンコンと、扉をノック。
「どうぞ」
と、声がしたので二人はそのまま部屋の中に入った。
「失礼します」
「失礼する」
「ようこそおいでくださいました。教皇様から話は聞いておりますので、まずはそちらにおかけください」
部屋の奥からは、中性的な声が聞こえてきた。その声は決して大きくはないが、風鈴のようによく通る心地よい音だった。
部屋の奥に座っていたのは緑の髪を腰まで伸ばした凛々しい顔立ちの人物だった。上質な材木で作られた机上には書類が山積みになっており、彼女たちが部屋に入って来る直前まで仕事をしていたようだ。
「まずははじめまして。私の名前はディアス・シュトルム、聖堂騎士団団長です」
彼・・・いや、よく見たら彼女は細身な体系と中世的な容姿を持っているが、未亡人のようなインモラルな雰囲気を纏っているため、同性の二人からしてもとんでもない色気に圧倒されそうだ。リリスの色気は淫靡な物というならば、こちらは耽美といった方が適切だろう。
「むぅ・・・。その、なんだ」
「うん。下手な女子の何十倍も色気がヤバい事になってる・・・」
半神二人は顔を赤くしてややどぎまぎしていた。神域では出会った事のないようなタイプの麗人にかなりハートを揺さぶられてしまっている。
「あらあら。私に色気だなんてそんな。あまり褒めても何も出ませんよ?」
そうは言うが、完全に逆効果だ。たおやかな色香がさらに増しており、普段は動じない二人も顔を赤らめてやや情欲が表に出てきている。いや、はぁ、はぁ、と呼吸も荒っぽくなり始め完全にデッドラインを踏み越えようとしたところで
「はい、もうなんだかヤバそうなのでここまでで。というわけで本題に入りましょう」
ディアスがパンと手を一鳴らしして遮ってくれた。
「あっ、ああ、そうじゃの。本題の方が大事じゃからな」
「うん、理性が飛ぶ前で良かったよ。じゃあ、お願い」
やや心身が乱れていたのでルナは自分の魂魄を沈め、グレースはしばし時間を止めて心を落ち着けた。一応バレない範囲で権能を使うことに関してはお互いに容認しているため、今回は一切問題ない。ないったらないのだ。世の中バレなきゃ犯罪じゃないのだ。
「はい。簡単に説明しますが、質問がありましたらいくらでも聞いてください。教皇様からもそう仰せつかっておりますので」
淡々と、しかし分かりやすく彼女は仕事内容を説明していった。簡潔に纏めると、手渡された遠距離通信用の魔道具で召集があり次第教皇の元に向かい、護衛や戦術兵器としての役割を果たすというものと、後は通常業務のシフト表と演習の日時などの説明だった。こちらは基本的に参加しなくていいそうだが、演習の方はたまには顔を出して欲しいとのことだ。
「いえ、あなた方は護衛専門ですのでしなくて結構です。ですが、非常時には出張って貰うかもしれませんね。ああ、異教徒の殲滅は積極的になさってくださってよろしいですよ? セレスティア様の教えに従わぬものは人としての運用を行っておりませんので」
にこやかにそう告げる彼女。冗談といった素振りもなく、完全に素面でそう言っている。
「そ、そうか・・・。では、この後儂らはどうすればいいのじゃ?」
ルナは人間怖いのうと思いつつも引き攣る顔を何とか取り繕ってそう尋ねた。
「ああ、この後は教皇様の元に戻られてください。ああ、一つ忘れていました。こちらの首輪をお受け取りください。できる事なら聖堂内では嵌めておいてくださると助かります」
「いや、この首輪って一体何のためのやつなのか説明くらい…」
しかし、そう言って彼女は部屋から出ていきその場には二人だけが残された。首輪はそれほど大きくは無い。とまあ、首輪を嵌める訳もなくグレースは指を鳴らして、自分とルナ以外の時を止めた。
「コレ、明らかに怪しくない?」
首輪をくるくると指で回転させつつグレースは怪訝な表情をしてそう言った。
「怪しいのう。儂等がデミゴッドということはクリスタ以外には知られておらぬし、あやつも他言はせぬと言っておったが…」
ルナも何かと思考を巡らせているが、答えには辿り着けてはいないようだ。
「うん。彼も特にソレには言及してなかった。でも、本当にクリスタがこんなもの渡すのかって言われたら中々疑問なんだよね。どう見てもコレには私たちを強制的に従わせるための術式でもしこんであるんじゃないかな」
とは言ったものの、己がどのような存在であるのかはわかっているため、首輪をつけておきたいというのは十二分にわかる。
「なればどうする? ひとまず儂が嵌めてみて効果を試してみるか? 最悪お主が時を戻せばよいじゃろ」
そのことはルナもわかっているが、それはそれとしてグレースにそう提案した。だが、グレースは渋い顔をして断った。
「いや、いつ効果が発動するのかも分からないし、私が時間を戻せる範囲もせいぜい十分くらいだ。そんなリスクが高い行為はできないよ」
「そうか・・・。仕方ないの、本人に聞きに行くとするか」
そうして止めていた時を再び動かし、首輪は一旦保留してクリスタの部屋に二人は向かった。二人は周囲を歩いている騎士達に愛想笑いではあるが笑顔で挨拶をかわしつつ、廊下を歩いていく。首輪は内ポケットの中にしまってある。
「うん、やっぱり誰も首輪なんてつけてないね」
「うむ。魂魄にも一切の縛りはかけられておらぬの」
グレースは騎士の横を通るたびに彼らの首元を観察していたが、誰の首にも首輪などついていない。ルナは眼で騎士たちの魂魄を観察していたが、契約や呪いがかけられている魂魄に見られる鎖や杭などの縛りは確認されなかった。
「失礼するぞ、教皇様」
「早速だけど聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「あら二人共。話は終わったようですが、何か不備でもありましたか?」
軽くノックをして部屋の中に入った二人の前には椅子に座って執務をしていたクリスタがいた。クリスタは柔らかく微笑んでいるが、二人の表情はやや硬い。扉を閉めたグレースは気づかれぬように扉の時を止めて場に固定。クリスタの机に近づいたルナはゴトリと件の首輪を彼女の前に置いた。
「騎士団長からこの首輪を渡されたのじゃが、何か知らぬか? 教皇様からのお達しじゃと聞かされたのじゃが」
ルナはしかめっ面で彼女にそう聞いた。グレースも裡で魔力を渦巻かせており、暗に言わなければ撃つぞと脅していた。
「その首輪はああ・・・。はめた相手の魔力などを制限する物ですね。一応渡しておいたのですが、まさかあなた方にわたすとは」
なるほど、確かにこの首輪はそういう目的に使うもので間違いないようだ。だが、クリスタは困り顔。本気で困惑しているようだ。
「ああ、確かに騎士団長から貰ったよ。それは間違いない」
「そうですか……。いやぁ、すいません。危険人物が入隊して来たらそれとなく渡すように言っておいたのですが・・・」
ルナは怪しみ、グレースは余裕そうにカラカラと笑っている。クリスタが騎士団長に首輪を渡したことは間違いないらしく、それもさほどおかしい目的ではなかった。
「わかりました。彼女には私の方から注意しておきます。部下が失礼しました」
ペコリと頭を下げて詫びるクリスタ。
「あわわ、頭を下げないでよ教皇様! 何かしてきたら軽ーくボコるだけだから大丈夫だよ!」
軽くでも一応上司をボコるのはアウトだろうとルナは思ったが一旦スルーすることにした。
「流石に彼女が使い物にならなくなるような事は駄目です。 それを実行するのなら彼女が謀反を起こした際にしてください」
部下には慈悲深く、しかして裏切り者には容赦なくというスタンスのようだ。為政者としては当然である。
「まあ、その場合なら仕方ないのう…」
「ええ。部下は大事ですが裏切り者に慈悲をかける理由なんて微塵もないでしょう? それに、裏切ったとしても命は取りません。戸籍上死亡したことにしておけば、体は色々な用途に使えますから」
さらっと黒い事を言っているクリスタ。まあ、国家ならそれくらいの闇の側面もあるのだろう。
「そっちの方がエグいんじゃないかい?」
とグレースは言うがクリスタは素知らぬ顔。
「命がもったいないじゃないですか。ただ殺して使い捨てるよりも限界まで使った方がお得です」
と言ってのけた。
「うーむ、何というべきか。人は怖いのう」
神々もかなり大概だが、人間も人間で相当イかれているようだ。ルナとグレースは自分たちの事を思いっきり棚の上にぶん投げてドン引きしているが、クリスタは微笑みを崩さない。そして、改まるように一つ咳ばらいを挟んだクリスタは改めて仕事の話を始めた。
「さて、改めて仕事の話です。二人には私に同行し、隣国のエレノア連邦国との首脳会談に参加。場合によっては宣戦布告なのでその時は蹂躪してください」
「うむ、全く話についていけんのじゃが」
「うん、やることはわかるけどもう少し説明が欲しいかな…」
ある程度無理難解な仕事が飛んできてもおかしくないとは思っていたが、流石に背景の説明も無しに国一つ滅ぼせ(意訳)と言われても本当に困惑するしかない二人。クリスタは一切気にせずにニコニコしているが、逆にそれがとても不気味だった。底知れぬ闇とおぞましさを含みつつも、まさに聖人と言った煌めく笑顔。神にも匹敵する内のどす黒さである。
「分かりました、では簡単に状況をお話しいたしましょう」
その表情を変えぬままクリスタは語り始めた。
「エレノア連邦国は我がセレスティア教国の南西部に位置する国で、簡単に言うと敵国です。まあ、敵対する原因はセレスティア教国建国時に私がエレノア連邦国の領土を四分の三くらい奪い取ったからですが、それは置いておきます」
「いや、置くような事かそれ」
「置いておきます。まあ、なんやかんやあって我が国はかの国の領土の八割を吸収して大陸の覇権国家への道を歩み始めたのですが、近年エレノア連邦は出所不明の兵器を手に入れ、その兵器を用いて我が国へと侵攻を始めようとしているとの情報が入りましたので折角ですから先手を打って差し上げようかと思いまして。警戒されにくいように護衛は二人しか連れてこないと言ってありますから、ならば最大戦力の貴女方を連れて行けば完璧という事です。質問は?」
一息で概要を解説したクリスタ。一応念のためにとグレース達に質問を促している。
「向こうが攻撃の意志を見せなかった場合は?」
「その時は大人しく帰りますとも」
「そもそも、何のための会談なのじゃ? 」
「一応、表向きは和解と国交の正常化となっていますね」
「そして、それはいつなんだい?」
「明後日出発。明々後日にエレノア連邦首都オルギュア、エレナ宮殿です。他に質問は?」
「ないよ。ルナは?」
「儂も以上で終いじゃ」
では、お願いします。とクリスタが締め括り、各々別れて準備に入るのであった。