4章一話
「ううん・・・ここは」
ピチャピチャと滴る水の中で目を覚ます。肌で触れる空気は冷たく、艶めく紫色の髪を結んでいた紐は途中でなくしたのか普通に降ろされている。
「はっくしょん!! って紙が無いしこれだと鼻水も拭き取れないじゃない・・・最悪」
馬車の中はまだマシだったのだろう、盛大にくしゃみをかまし垂れた鼻水を戻す。そしてまだ暖かった馬車の木の床から冷たい石畳の上に敷かれた薄い布の上に雑に転がされている。
「はぁ、こんなのって魔界で虜囚にされてから・・・大体二百回目くらいかしら。確か前回はルシフェルの奴の軍勢に折角の魔王城が陥落してそのまま牢にぶち込まれたんだっけ、懐かしいわ」
そんなろくでもないが懐かしい記憶を思い出しながら自分の状態を確認する。幸い足枷が繋がれているくらいで行動自体はある程度自由に取れる様だ。
寝ていても体温が床に奪われて寒くなるだけなので起き上がって軽く周囲を見渡してみる。
「うん、普通に牢獄ね。それも地下かしら、結露した水分がそこらについてるし窓は・・・まああるけど月光が辛うじて入り込む程度。明かりは壁にかかってるランプだけ。鍵はしっかりかかってるし魔力封じも牢の中に施されているわね」
中々しっかりしていていい牢だと感心しているが、事態は一応それどころでは無いと気分を切り替える。
「まあでも扉の鍵は上手い事やれば開けられそうね。道具がないのが致命的だけども・・・」
丁寧な事に懐に寝る前に忍ばせていた短刀や髪を止めていたピンに至るまでそういった道具は没収されているようだ。脱出の手立てが無いとすると朝まで寝て、居るのならば看守が食事を持ってくることを待つくらいしかやる事が無いのだが、さっきまで眠っていたせいか頭は完全に覚めてしまっているようだ。どうせ周りに人の気配もしないので魔界で踊り子をさせられていた時を思い出しながらなにか踊って運動してもう一回眠れるように程よく疲れようとタンタンと(裸足なので実際はぺちぺちとなっているだけなのだが)リズムをとりながら舞い始める。
「大分久しぶりだからあんまり覚えていないのがネックね。えーと、ここはこう言う感じで・・・」
魔力が封じられているせいか、普段はしまっている羽と尻尾がそのまま出ているのが災いしたのか普通にバランスが取りにくくなっている。
「おっとっと・・・! そういえば最近出して無かったせいか体幹がぶれるわねぇ、まあ手入れはちゃんとこまめにしてるから綺麗ではあるのだけれど」
そのままひらりと羽根もはためかせながらとある祭りで踊られる舞いを踊っていて気づいた。
(看守が巡回しに来たタイミングを狙って天井に飛んで張り付いておけば上手い事逃げれないかしら)
カツカツと先程から足音が響いているので誰かが回っていることは感じ取れる。ここがちゃんとした監獄ならば少なくとも看守はいるはずだ。
「一応確認しては見たけれどこの牢には私以外いないみたいね。まあ正面の通路に別の牢屋が見えなかったりするし結構激しく踊っても誰もいないしそもそもいびきの一つも聞こえてこないのは妙よね」
「それはそうでしょう、高位の淫魔を他の囚人がいる牢に閉じ込めるような馬鹿なんてどこの国にもいませんよ。ああ、口枷をされたくなければ余計な口を開かない事をお勧めしますよ。質問程度は許しますが僕は悪魔は嫌いなので」
いつの間にか格子の前に誰かが立っていた。さっきから聞こえてきていた足音の主だろうか?暗い中目を凝らして見て見ると顔には仮面をつけていて目元より下しかうかがえない。だがそれをスルーしてリリスは会話をすることにした。独り言をどこまで聞かれていたのか分からずに多少気恥ずかしい気持ちもあるからか若干早口になっていて暗がりでわかりにくいが頬も若干赤く染まっている。
「名前と性別、それと年齢は? ああ、容姿に関しては何も言わなくても構わないわ。魔力を封じられようサキュバスアイは貴方をイケメンか美女だと訴えかけてくれているもの」
「猿ぐつわ噛ませましょうか? 無論そのどちらの質問も答える気はございません」
「じゃあここはどこで私は何のために拉致されたの? 一緒に連れてきてたデミゴッドの方が本命なんじゃないの? 私はいたって普通の一般サキュバスよ」
「そうですね・・・。では半分お答えしましょう、返答できる限度はありますが・・・」
彼は仮面の位置を軽く直すとそのまま抑揚のない口調で話し始めた。先程までは闇に暗がりと同化して仮面以外見えなかったがその動作で少し光が反射したのかどんな様子なのか少しわかった。と言っても黒いマントで全身を覆っているくらいの情報だ。
「ここはとある国の地下牢、セレスティア教国とは敵対している事は確かです。そして貴方も先日教皇がエルノアを焼き尽くした際にその場にいたと忍ばせておいた間諜が死ぬ間際に映像を送ってくれましてね。まあ後は良い感じに拉致・・・と言い過ぎましたね」




