聖都ルイバル2
「グレース、今日は街に繰り出さぬか? 一昨日はお主は一日ヘタレておったし、回復したのなら儂に付き合うのじゃ」
「わかった、いいよ」
その日の朝、起きて朝食を済ませた後ルナがグレースに話しかけてきた。グレースはノータイムで了承したが、一応リリスにもお伺いを立てることにした。目線をチラッと送ると、コクンとリリスは首を縦に振って了承してくれた。その代わり、夜までには帰って来るようにと念押しもされた。
「うーむ。しっかし、まことにでかい教会じゃのう。折角じゃし行っておくか?」
外に出てしばらくした後、大通りを歩いていた彼女たちの前方やや遠くに大きな聖堂が見える。ルナはそこを指さし、見た目通りの幼い少女のような笑みを浮かべ、未知のものを発見した子供のようにはしゃいでいる。普段の彼女には見られないが、こういう側面もまた彼女の一部なのだろう。
「そういえば、リリスが騎士団に入って見たらどうだとか言ってたし行くだけ行って見てもいい…いや、行こうか」
流石に入信するのは気分的に向かないが、騎士団に入団するのは別に構わない。何より戦闘などで給金が多く貰えるのならば願ったり叶ったりだという訳で二人は聖都の中心部に位置する大聖堂へと歩みを進めることにした。
「流石に、首都ともいう事あって良い活気に満ちてるね。取引もちゃんと金銭だし、平和的で素晴らしい。私のいた神域にも市場とかはあったけど値切り交渉=暴力だったりと中々に荒れてたから、余計にそう感じるなぁ」
しみじみと言ってのけるグレースにルナは若干引いていた。ルナの住んでいた冥界はグレースが言うほど蛮族の地では無く、この聖都と比べても負けず劣らず文明的であったので少し脳が理解を拒んだようだ。
「・・・ま、まあ、普通に居心地良いしのう。今まで負ったところが地獄だっただけかもしれぬが、気候も温暖で飯も様々な大陸から美味い物が入って来て飽きさせぬ。宗教国家故に娯楽は縛られておると思うたが普通に賭博場や遊郭もあると来たものじゃ。正直、国が亡びるまでおってもいいかもしれんのう」
若干声が上ずっていたが、ルナはそう返した。顔もまだ若干引き攣っていたが、何とか笑顔を作っていた。
「ふふっ。それもいいかもね。おっと、ここが大聖堂かな?」
その顔がおかしかったのか、ルナが引いていることはよそにグレースは軽く微笑だ。そうこうしてくだらないやり取りを続けたり、グレースが転移できる場所を記録したりながら大通りをしばらく進むと、天に向かって聳え立つ六つの尖塔をもつ巨大な聖堂が見えた。ここは、マギアソフィア大聖堂。セレスティア教の総本山だ。
二人は本当に入るのか?と改めて確認しようと顔を合わせたが、そのタイミングが完全に一致していたことが少しおかしくて、二人吹き出した後門を潜った。
彼女たちが門を潜ると時間帯もちょうど良かったのか、はたまた偶然なのかは分からないが、タイミングよく大鐘楼の鐘が鳴り響き、あたりの空気をビリビリと揺らしている。
「よし、行こうか」
「うむ、いざという時は暴力で何とかすればよいかのう」
怖いよルナ・・・と言いつつ、グレースは聖堂の正門を押し開け、内部へと入っていった。扉はかなり厚く固く重量感のある物だったが、この程度なら大した問題ではない。なにせデミゴッドだからだ。
「ほぅ、これは・・・」
扉を抜け、目の当たりにした光景にルナは思わず感嘆の域を漏らした。
「うん・・・。綺麗だ」
グレースも同じく、感動しているようだ。聖堂の内装は、神域の建造物のそれにも引けを取らぬどころか、精巧性や芸術性では圧倒しているとも思えるような素晴らしい物であった。派手さには欠けるが、その荘厳さと精密な造形には諸手を挙げて称賛するしかない。
「こんにちは。ここに来るのは初めてですね?」
しばらく立ち尽くしていた二人の前方から凛と透き通るような女の声が響いた。カツン、カツンと靴の音を人のいない聖堂内に鳴らしながら接近してくる女性は、修道服に身を包んだ小柄な人物だった。声の割に年若いのだろう。修道服で歩くことにもあまり慣れていないのか少々もたついた歩き方だ。
「ああ、うん。ついこの間この国に住み着いたばかりなんだ」
その様子が微笑ましくて、グレースの表情も柔らかい微笑みだった。
「じゃから、ここに来るのは初めてになる。おぬしはここのシスターかの?」
グレースの言葉に続けたルナも祖母が孫娘に接するかのように朗らかな雰囲気を漂わせている。
「はい。私はシスターのマリアと申します。実は、この間ここのシスターになったばかりで・・・。ああ、私の身の上はよりも重要な話がございました。私にもよくわかりませんが、お二人を教皇様がお呼びです」
歩きはもたついているが言葉はハッキリと通った。それを聞いた二人は数秒間フリーズしていたが。
「あ、あの。教皇様がお二人をお呼びです」
不安そうにもう一度言うマリアだったが、グレースとルナの心中は穏やかでは無くついでにその声に答える余裕はなかった。
「うむ。しばし待て」
「うん、せめて整理させてくれ」
いきなりの展開に驚き、不審に思った二人はとりあえず顔を寄せて話し合うことにした。いくらなんでも突然すぎる上に、今の困惑した状態でマリアに同行して教皇と面会したところで良いように言いくるめられるだけだろう。
「どういうことじゃ、わけがわからぬぞ。お主、何かやらかしたか?」
そんなこんなで作戦会議タイム。まずはルナが話題を切り出した。
「なわけないでしょ。多分、私達がここに入って来ること自体ある程度わかってたって考える方が妥当だろうね。で、どうするの? 時を戻して私が何とかしてもいいけど」
「うむ、時を戻すなれば彼奴の元へ赴き話とやらを聞いてからでも遅くないかもしれんのう。お主がどれだけ時を戻せるかにもよるがの」
ルナがそう言うと、グレースはルナの手を取って彼女の手に一時間だと指で書いた。ルナは若干くすぐったさそうにしていたが、それはそれとしてグレースの意はしっかりと理解した模様。
「なれば善は急げという事じゃな。万一儂らに危害を及ぼそうものなら手を打てばいいまでじゃ」
「そうだね。流石に私たちの正体知って危害とかは無いだろうけど、念には念を入れておこう」
こっそりと体内で魔術式を起動できるように準備を整え、ひとまずは教皇の話を聞きに行く言う方針で固まったようだ。
「お話は終わられましたか? 先程から教皇様が念話でまだかまだかと語りかけてきておられるのですが」
「わかった。もう大丈夫だよ」
「うむ、行こうか」
マリアの案内に従い、聖堂の廊下をしばらく歩いていると幾人かの司教達とすれ違った。彼らは通りかかった二人を凝視していたが、グレースが少し威圧しただけで震えあがり、足早に通り過ぎて行った。
「では、謁見の間で教皇様がお待ちです。私はここで失礼いたします」
案内を終えたマリアは二人に一礼するとその場を立ち去って行った。
「ああ、案内ありがとう」
グレースは去り際の彼女に一つ礼を言い、ルナもひらひらと手を振って彼女を見送った。縁があればまた話す機会もあるだろう。
「鬼が出るか蛇が出るかと言ったところかの。では、行くか」
装飾が施された大きな扉を開くルナ。後ろのグレースは静かに魔力を高めており、最悪の時に何時でも時間を戻せるように備えている。そうして謁見の間に入ると、玉座に豪奢な法衣を身に着けた女性が腰かけていた。
「ようこそおいでくださいました。落ちし神々の剣達よ。私の名前はクリスタ。このセレスティア教国の元首であり、セレスティア教の教皇を務めているものです」
凛と鳴る鈴のように清らかな声。金糸のような長髪に法冠をかぶっており、儚げだが美しい女性。その目は朱と蒼のオッドアイ、表情は慈悲深さに溢れた穏やかな微笑みだった。
「ああ、頭は垂れなくて結構です。人払いは済ませてありますし、あくまで対等にお話させていただきたいだけですので。ついでに、敬語は使わなくても構いませんよ」
この国では多少金持ちの平民に過ぎない事は重々承知のため、使えていた神に傅くのと同じで跪こうとしていたが、その前にその行動を止められた。
「うむ。お主がそれでいいのならばそうさせてもらおうかの」
「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」
一瞬逡巡したが、こう言われてしまった以上は従わない方が返って不敬。大人しく立ち上がって彼女と目線を合わせて話すことにした。
「では、話を始める前に一つ。私共セレスティア教会は貴女方に敵対する意思はございません。そして、監視の目を付ける事やあなた方の日常生活を侵すようなことは行いません。この事は教皇、そして国家元首の名のもとに確約いたします」
それは、二人にとってはまさしく福音と言ってもいいような言葉だった。
「ほう・・・! それはありがたいのう」
これで生活していく上での懸念事項は取り払われたようなものだ。思わずルナは喜びの声を上げ、グレースもほっと一息ついていた。
「ですのでグレースさん。その魔力は一旦消させていただきますね。私は敵対しませんが、貴女方に敵対される目は無いわけではないので。『ミスト』」
彼女が唱えたものは魔力などを霧散させる魔術。本来ならグレースに通るはずもない下級魔術のはずだが・・・。
「嘘・・・。一体どうやってそんな下級魔術を私に通したのさ」
そう、何事にも例外が存在するのは世の常。見事にグレースの体内で渦巻いていた魔力は完全に雲散霧消し、大気に溶けていった。これにはルナも度肝を抜かれて茫然としていた。
「そうですね・・・。試しに相手の体内で発動したらなんか通ったと言わせていただきます。要するに、偶々偶然というやつですね」
行動は偶々偶然だとしても、軽く聖都を吹き飛ばすほどの魔力を飛ばすのは絶技なのだがひとまずそこにツッコむのは置いておいた。
「そうなんだ・・・。まあいいや、それで話って何なんだい?」
「そうですね。まずは私の素性から軽く話しましょう。少々長くなりますが、大丈夫ですね?」
グレースとルナがそれに頷くのを確認すると、一拍おいてからクリスタは話し始めた。
「はい、纏めると私は権力・金・地位・名誉も手に入れたかったし、人も救いたかった。聖職者かと言われれば頭を傾げさせるかもしれませんが、かれこれ四百年かけて実現して見せましたのでそこは多めに見てください」
十分ほどで己の素性などを話し終えた後、最後はそう言って彼女は〆た。
「大目に見るも何も、私達は別に神様じゃないからね。あと、個人的には聖職者のトップなんてそれくらい強欲で良いと思うけどね」
「うむ。それに加えて国の王とまで来たのであれば、儂等に言えることなどなにひとつありはせぬよ」
グレースとルナは感嘆して彼女の話を聞いていた。そして、クリスタは聖職者らしからぬと言っているが、二人は彼女こそ聖職者に相応しいとまで思ってさえいる。人の上に立つからには数々の欲を丸ごと飲み込んでこそであり、強く憧れを抱かせるようなものが彼女達には好ましいのだ。まあ、表向きは清貧さや質実剛健な姿は見せなければならないのだが。
「もっと正確に言うならば、私は今の教団を作り上げたというだけで、元々のセレスティア教は規模は遙かに小さく教義も酷いものですが存在したのです。まあ、あまりにもムカついたんで現体制へと改革をしたという感じですね。一回手ひどく負けたので命からがら逃げだして、その後二不死鳥喰らったりとパワーアップ等で百年くらい使いました」
最初は意気揚々と戦いをしかけたが、やはりトップともなると神の加護も宿っているようで普通にボロ雑巾にされて追放を食らったようだ。
「不死鳥、食えたのか・・・」
「ていうかよく狩れたね。神出鬼没だし、一箇所には基本的にとどまらないはずなのに」
一方、グレースとルナは不死鳥を食べたという話に食いついていた。今まで不死鳥を食べたものなど聞いたことが無かったというのもあるが、食べた事のない珍しい食物には興味を惹かれるようだ。
「いいえ、実はそこはあまり苦労した覚えは無い・・・と言うより本当に偶然なのです。本来なら真っ当に寿命を延ばして修行していたはずなのですが、その時偶々偶然魔術の射程圏内に不死鳥がいまして」
「で、狩って食べたんだ」
「はい、アレは燃えてるの表皮だけで中身は普通に鶏肉で美味しかったですよ?」
余りにも隙だらけだったため試しに試作段階だった暗殺用の魔術を放ってみたところ、見事に不死鳥の鎮静化に成功。よく眠っていたのでそのまま解体して食べてしまったそうだ。その結果、自分が不死鳥そのもののような感じになってしまったらしい。
「普通の鶏肉じゃたのか。もう少し特別感あると思うたのじゃがのう」
もう少し美味しかったという感想かと思っていた二人だったが、少し拍子抜けしてしまったようだ。その後にクリスタは少なくとも最高級品の鶏肉に匹敵するくらいは素晴らしい物だと付け足したが、それでもちょっと残念そうだった。
「ああ、そういえばセレスティア教団って今は大陸全土は勢力圏まで勢力広げてるけど、いったいどうやったんだい? 君が言うには昔は小さかったそうだけど、ここまで広げた手腕は気になるな」
ふと話題を切り替えようと、ふと気になった事をグレースは聞くことにした。
「そうですね・・・。宗教家としては地道に伝導をして戒律を誰でも行える簡単な戒律に変え、教義を分かりやすい物にして、確かな奇跡を示したりしていましたね」
「奇跡・・・ああ、そういう事じゃの」
彼女が言わなくとも二人には彼女の言う奇跡とはどういった物か見当がついたようだ。
「もしかして不死鳥の力で人の傷を癒したりとかやった? まさしく神の御業って感じだしピッタリだと思うんだ」
「ご明察です。事情を知らない方からしてみれば神の御業にしか見えませんからね。コロッと私を神の代弁者として認めてくれたわけです。まあ、その後がめちゃくちゃ苦労したのですが」
こくんと頷いて認めるクリスタ。その他にも強大な魔物などを討伐したりと色々やっていたらしいが、教団内部で巻き起こった反乱や反対運動、合わぬ価値観や人種問題。その首謀者や関係者の粛清ラッシュの方が万倍大変だったそうだ。
「ふむ。話は分かった。じゃが 何故儂等が敵対すると思うたのじゃ?」
敵対の意が無いという事だけは説明されたが、何故敵対しないのかは聞いていなかった。グレースはその点はどうでもいい風だったが、ルナとしてはそういったモヤモヤする要素は排除しておきたいようだ。
「そうですね。あなた方の勢力はセレスティア神と敵対する勢力のようですし、そうなると私に敵対されてもおかしくはありません。あなた方の性格などが分からない以上は常に最悪の事態を想定しておくべきでしょう?」
毅然と彼女は言い切った。それは国を背負うものとして未知の脅威に対応しようとしているだけの至極当然な行為。そして、その回答に満足したのかはたまた話に飽きてきてしまったのかは定かではないがルナは
「うむ。それでは儂らは失礼してもよいかの? 散策ついでに職を探しているのじゃ」
そう言って話を切り上げようとした。
「だから、これで失礼させてもらうよ」
それに同調したグレースもルナに続いて引き上げようとしている。そしてそんな彼女たちを見ながらクリスタはこう告げた。先程までの教皇らしい真面目な口調ではなく、どこにでもいる村娘のようにとても砕けた口調だった。
「それなら、私の護衛としてあなた達を雇っちゃいましょうか? 多分、悪い話じゃないと思いますよ?」
唐突な提案だったが、拒否権はまだありそうだ。だが、ここで蹴るべき話では無いだろう。リリスは考えてみたらと言っていたが、いざその時が唐突に訪れてしまうと考える時間すら許されないようだ。いやはや何とも現実は世知辛い物だ。
「何とも急じゃの・・・。じゃがグレース、お主はどうする? 儂は条件次第では乗って良いと思うぞ」
ルナは条件が良い物ならば乗り気のようだ。そしてそれを聞いて、すかさずクリスタは条件の説明をこれ幸いと始めた。やはり最初から勧誘する気だったらしい。いや、彼女たちの戦力は個人で群を凌駕するため敵対しないのならば引き入れたいと思うのは普通だろう。
「と、これが条件です。目を軽く通して貰えますか?」
クリスタは自然な動作で紙を二人に手渡した。
「なんかいきなり口調変えて来られるとそれはそれで違和感すごいね」
そうこぼしながらもグレースはルナと二人で渡された紙に目を通した。
「ほう。悪くはない・・・。いや、いくら何でも儂らに有利過ぎなのじゃがまことにそれで良いのか?」
そこには二人にとって破格にも程があると言っても一切過言ではない条件が記されていた。入信も必要無し、教皇の護衛以外の職務も無し。それに加えて高給と非常時以外の休暇や数々の公共サービスを無償で受けることができるなど、食費以外に生活費が必要無くなるレベルの好待遇。これにはルナも嬉しさを通り越して若干引いていた。グレースもこれだけ至れり尽くせりだと後で一体何を要求されるんだと想像して頬が引き攣っている。
「貴女達は最大限低く見積もっても一人で我が国の軍隊三個分くらいの戦力はありますもの何ならもっと条件を緩めまくってもいいくらいです」
ペンを握ってにこやかに紙に新たな条件を書き込もうとするクリスタを止め、二人は彼女の今出している条件で雇われる事を受け入れることにした。国のトップがこうも熱心に勧誘してくるのを下手に無下にしてしまうと今度は強硬手段を取られる可能性も考慮しての事だが、条件自体は最高なので断る理由もない。(強硬手段を取られたところで力で潰せるという点は省くものとする)
「ありがとうございます。では、ここにサインを」
差し出された契約書にサインを書いた二人は、とりあえず今日の所は帰ることにした。クリスタに別れを告げ、部屋の外で待っていたマリアに誘導されて聖堂の外まで送って貰ったたあと、去り際に後日仕事がある時に呼びつけると言われた。まあ、何時でも臨戦態勢は取れるようにしているのでさほど支障は無いだろう。
それに、あまり長い期間戦いから離れたら感が鈍ってしまうのだ。
「さて、この後はどうする?」
大聖堂から出た二人は、時間をどう潰すのかを話し合っていた。
「もうじき夜じゃしのう。飯はリリスが作っておるようじゃし、はよう帰るぞ」
日も落ちかけてきており、リリスが夜までには帰るように言っていた事を思い出し、早く帰ろうとルナは促している。
「・・・護衛って言うくらいだから剣くらいちょっと見てみない? ほら、まだ時間はあるし」
対するグレースは寄り道したさに溢れているが、寄り道をしているとどんどん本筋からそれる気がするのでそこは止めるべきだろう。
「街道を通るだけなら構わぬが、見るのは許さぬ。あまりリリスに迷惑をかけてはならぬからの」
「はーい・・・」
寄り道は許してもらえずに、ただ通るだけだという事になった。グレースは若干肩を落としているが、ルナのテンションは高かった。
「ほう、ここは聖堂街とは違い賑わっておるのう。 活気に満ち溢れておる!」
家路を歩きながらもぴょんぴょんと跳ね回るかのようにはしゃいでいるルナ。なんだ、結局は自分も街を歩くのを楽しみにしていたんじゃないかとグレースは苦笑いしているが、そうしているのは何だかもったいないので自分の気分も上げていこうと思い直した。
「うん。さっきの所は結構静かだったもんね。あの雰囲気も良いけどやっぱり喧騒のほうが好きだな」
そうは言ったが、神域ほどの喧騒は流石にお断りらしい。明るい喧騒と野蛮な喧騒は全くの別物なのだ。二人が歩いているのは職人街。物造りの街だけあって人で賑わっており、道路の所々に止まった馬車に積荷を積んでいるキャラバン商人それなりにいる。
店の方も充実しており、鍛冶屋や呉服屋などの様々なジャンルの物品をまとめて揃える事ができそうだ。街並みも決して汚くは無く、かなりきれいと言えるだろう。
「ほう、あちらこちらから作業音と…。ちらほら親方の怒号が聞こえてくるのう。まさに職人と言うた感じじゃ」
はしゃいでいたテンションも少々落ち着いたのか、ルナも少々落ち着きつつ街を見分しつつ歩いている。
「まあ、これもここの風物詩みたいなものだろうね」
そうして他愛のない言葉を交わしつつ、二人は歩いて行った。途中で軽く飲み物は買っていたがそれ以上は何かを買うという事も無くリリスが待っている家へと・・・。
「ねえルナ、一つ提案があるんだけどいいかな?」
「なんじゃ? 厠にでも行きとうなったのか?」
ふと歩みを止めたグレースにルナもまた足を止めて彼女に話しかけた。ルナはトイレにでも行きたくなったのかと、母か姉のようなことを聞いたがグレースはとそれを否定した。
「そうじゃないよ。ほら、せっかくだし少し食べ歩かないかい? ほら、リリスにも土産買って行けばいいし」
「じゃから飯じゃと・・・。いいや、それもええか。リリスには甘味でも買ってゆけばええじゃろ」
辺りを見るといつの間にか様々な屋台が立ち並んでいる場所まで歩いてきていたようだ。周りから食欲を煽る良い匂いが漂って来ているのにグレースは少し我慢が効かなくなったらしい。家まではそこまで距離は無いが、ルナもそれに折れて彼女に付き合うことにした。なんだかんだで彼女も気にはなっていたようだ。リリスにも買えば問題ない、腹を満たしすぎなければ問題ないと自分に多少の言い訳をし、グレースにもそこだけはしっかりと念押しした後二人はしばし屋台を巡るのであった。