二章9話
「つまんない」
授業を受けながら、机に顎を載せながらグレースはそうぼやいていた。
「あはは・・・そんな事言っちゃダメだよクロノスフィアちゃん」
一応高等部、それも魔術の授業なのにも関わらずこの態度。それを隣の席に座っている年の丈は17歳モードのグレースと同じくらいに見える少女が咎める。褐色の肌に金細工が施された髪飾りを真紅の髪に挿しているのを見ると彼女もまた異国の、それもかなり身分の高い人間なのだろう。それにしても同席になるのはまだ数回程だというのに存外なれなれしいなどと思いながらグレースは一瞥すると、小声でこう尋ねた。
「そういえば君の名前って何だったけ」
かれこれ一週間ほど滞在しているが覚える人間の名前が多すぎて所々名前が抜け落ちていたのでとりあえず失礼を承知で聞いてみる。
「初日に自己紹介したんだのだけれど、そんなに覚えにくい名前だったかしら」
若干咎めるような視線を向けてくる彼女にばつが悪そうに苦笑いするグレース。一応教授がこちらを見ていないか軽くチェックするのも欠かさない。
「いや、ちょっと色々あって記憶が飛んじゃってさ。確かそれなりに長くて高貴そうな名前だったなってのは覚えてるんだけど」
「モルジアナ・イシュタリテ、特に高貴そうな名前でも長い名前でも無いの」
ああそうだ、モルジアナだと脳の片隅から記憶を取り出す。穏やかそうに喋ってこそいるが若干怒りが感じ取れる。
「ごめんね、ほんとに色々あったからさ。モルジアナね、モルジアナ。覚えたよ」
「忘れないでね、クロノスフィアちゃん。次は忘れたらちょっと怒るかも」
「もう既に怒ってるような気もするけど・・・いやなんでもないよ」
若干怖かったのでそれ以上余計な事を言わないことにした。流石に無礼なのは百も承知なので開き直るの駄目だろうという反断である。
「それで、クロノスフィアちゃんはこの授業のどこがつまらないの? 普通に分かりやすくて面白いって思うんだけど。ほら、あの魔術式ってとても綺麗にできてるよ」
「うん、確かに見た目は綺麗なんだ。ただ・・・」
「ただ?」
首をかるく傾けてそう返すモルジアナ。可愛い。
「式が長いし正直あんなに段階盛り込まない方がいいんだよ。後は単純に効率も悪い。なんなら私が魔力の効率運用教えたっていいくらいだ」
「でもただ『燃えろ』の一言で撃つよりも『激しく』『星のように』『輝き燃えろ』って書いてある式の方が火力出ると思うのだけれど。ほら、実演してくれてるけど火の玉の大きさも全然違うよ」
確かに大きさも違えば見た目も詠唱を増やした方が確実に煌びやかだ。だが、(グレースの認識上)攻撃方法である魔術に求められるものは違うようだ。
「輝いてて綺麗なのはそうだけど実践じゃ役に立たないんだ。あと最初から大きくてもあの魔力だと火力が分散して・・・」
「クロノスフィア君、イシュタリテ君、何かあるのかね?」
ややヒートアップしていたのかいつの間にか教師と周囲の生徒の視線を集めてしまったようだ。モルジアナはそっぽを向いて我関せず。
「いや、何でも無いです。素晴らしい術式ですね、感動しちゃいました」
「・・・愛想笑いが上手いな、何も無いならいい。」
ニコニコと笑みをとっさに貼り付けてそう返すグレース。心にもない事を言っているとバレバレではあったがそのまま去って行った。
「ごめんねクロノスフィアちゃん。私が変な事聞いたから目を点けられちゃったみたいで」
「まあいいさ。お互い異邦人なんだし多少目を点けられたところで今更だよ」
ヒートアップしたのはグレースの方なのだからそれ程責める気にもならないという事らしい。それに貴賓である事には違いないのだから目を点けられたところでなぁなぁになるだろうと高を括っている部分もあった。
「さて、先程散々言ってくれていたからにはさぞ素晴らしい術式を見せてくれるのだろうな。教皇の寵児と帝国の才媛の実力は一度拝見して見たかったものだ」
そしてちょうど一時限後、グレースは実習の最後を二人で飾らされる羽目になっていた。教師の口ぶりからして話していた内容はどんな手を使ったのかは知らないがしっかり聞かれていたようだ。
「どうしようクロノスフィアちゃん、私そんな凄い術式とか知らない」
「どうしようモルジアナ、私が先にやると多分凄い事になる」
周りの注目を裏腹に二人はかがんでそのような事をこそこそと話し合っていた。ニヤニヤと嗤われているというよりは興味の視線と憐憫の視線だったが、一切気に留めていないようだ。
「よしっモルジアナ、ちょっと私の手を握ってみて。こうなったら凄いのぶちかましてやろう」
「こんな時に何言ってるのクロノスフィアちゃん。それでどうにかなる訳ないでしょ?」
突然の提案に困惑し、それでどうするのかと軽く苦言を呈すモルジアナ。
しかし、
「まだかね。順番はどちらからでもよいのだぞ」
と教授はコツコツと手にした長杖で地面を突きながらせかして来る。
「私の魔力回路を直接君と同調させて色々強化する。どのみちいい手段なんて思いついてないんだろう?」
「うー・・・。わかったよ、でも何か危険とかあったら恨むからね?」
そう言いながらしずしずと差し出された手をグレースは強めに握ると合わせた手のひらから魔力をモルジアナに送って行く。
「同調開始。ちょっとぞわっとすると思うけど気にしないで」
「ひゃあっ!? ちょっと、んっ。人の中に入ってこないでよ」
驚いているのか喘いでるのか分からないような声を上げるモルジアナ。それをスルーしつつ魔力を繋げて行く。
「無理矢理でもいい感じに繋げないと君の身体が爆発するからちょっと静かにしてくれない? 魔力の波長を合わせさえできればいいからさ」
「爆発って何なの!?」
「まぁまぁトンデモ大失敗やらかさない限りそんな事にはならないから安心してよ。それにもう終わったからさ。ちょっと魔力を吸い上げてみてくれる? 今私の核と君の身体を直結してるからいつも通り魔力を通わせればいいと思うよ」
いきなり危険なワードを聞かされて思わず手を離そうとするも逃れられない力で握られているのでピクリとも動かない。
「大失敗って何なのよ。まあとりあえずやってみる」
そう言って意識を集中させてグレースの中心から自分の中へと魔力を引き出していく。いきなりは流石に少しだけ怖かったので少しずつ。だがそれだけで自らの体内の魔力が総入れ替えされるほどの量と純度。今まで感じたことが無いほどの力が体内から溢れ出して来ることに驚きを隠せない。
「ねえ、この魔力量とか・・・ってどう考えたって人間じゃないよね!? クロノスフィアちゃん!?」
「いいからとっととぶっ放す! 周囲一帯消し炭にできる超火力、お見舞いしてやろう!」
こんな芸当を出来るものも少ないだろうし流石に魔力の質と量で人外である事はバレても当然としか思っていなかったので気にせず指示を出すグレース。
「できそうだけどそれは駄目だよクロノスフィアちゃん! ええと、えい!!」
そして半ばヤケクソにモルジアナは握られていない手に魔力を収束させると半径一メートルの的の五回りも太く、そして演習会場に貼られている防御障壁を軽く突き破ってなお地を引き裂き、ついには外縁の魔力障壁にぶつかってようやく収まった。
「よしよし、周囲も比較的無事だし次は私の番だね。ところでモルジアナは気分大丈夫?」
「ウソでしょ・・・」
「モルジアナ? 顔真っ青だけどやっぱり大丈夫じゃないのかい?」
魔力の同調を切り腕をくるくると回しながら準備運動とばかりに体をほぐしているグレース。周りの凍り付いた様子も、熱光線を発射したポーズのままフリーズしているモルジアナを心配しつつも魔力の調整を始めていた。
「おーい、モルジアナ? そろそろそこどいて欲しいんだけど」
「えっ!? ああ、うんわかった」
ぼーっとしているモルジアナを後ろに除け、軽く詠唱を混ぜながら魔力を燃やし始める。戦闘では無くパフォーマンスなので全身から魔力を放出してローブと髪をはためかせたりと見栄え重視にするつもりだ。本来なら魔術はろくに使えないが、それらしく見せることくらいはできるだろう。
「えーっとそうだなぁ。我が尊き力よ、灼炎たる輝きよ、煌々と満ち全て焼き尽くせ!『爆熱轟弾 クリムゾンバレット』」
ばぁん!と小声で呟き人差し指から先程の奔流の優に三倍はある火球を生み出しそのまま銃を撃つポーズで発射する。推進力を持ってやや上向きに射出されたソレは轟音を響かせて先程のビームの三倍の速度で外壁に着弾。しばらく拮抗しそれなりに大きく亀裂を入れたがやがて消滅した。
「ふむ・・・あと一段階ギアを上げれば行けるかな?」
周りが戦慄している間に第二射の用意をすかさず始めるグレース。おそらくあと五割も威力を上げれば壁は跡形も無くぶち壊せるだろう。対空魔術も同じ魔力弾には大した迎撃をしてこないようなので思う存分撃てる。
「も、もういい下がりたまえ! 授業はここまでとする!」
そう言って教師はさっさと立ち去ってしまった。そしてグレースは残念そうに肩を落としながら茫然としているモルジアナの手を掴んでそのままどこかに去って行った。方向的に恐らく裏庭か大庭園だろう。残された生徒たちはと言うと
「あの二人・・・すげぇ」
「すごいというより化物よ、何なのよあの魔力・・・」
「一体どんな術を使ったんだ? いや、しかしアレは純粋な魔力放射のような・・・」
「馬鹿いえ、魔力放射なんて魔術の何倍もの技量が要るんだぞ。普通に魔術に決まってんだろ」
と口々に話していたがやがて散り散りになっていった。彼らには彼ら自身の研究もある、それに身の丈も分かっている者が大多数を占めているのだ。
つまらない事だが、手の届かない場所に目を向ける勇気のある馬鹿などそうそういない。そんな場所なのだ。




