二章七話
「ラフィ、起きて。今すぐ君に話しておきたいことがあるんだ」
部屋に戻ったグレースは自分とラフィを除く周囲の時間を停止させ、ラフィに起きるように語りかける。もうすぐ日が変わる時間だが、流石メイドというべきかすぐに目を覚まして話を聞く体制に入ってくれたようだ。
「時間停止に何十枚にも張り巡らされた多重結界・・・少々やりすぎでは?」
念には念とばかりに遮音や視界の攪乱は当然、観測者に魔力を増幅して反射する術式を織り込んだ結界を張り巡らせたのだが、流石にやり過ぎのようにラフィには映ったらしい。
「ここは魔術の国だしやりすぎってことは無いさ。最悪部屋の調度品一つ一つに私や君の身体情報を記録する術式なんてものが仕込まれてたって驚きはしないからね。本当なら亜空間でも展開したいところだけれど・・・」
流石に肉体の修復に回す分の魔力まで割いてしまう事は避けたいグレースであった。
「そうですか・・・。しかし、それならばご自分のお体を巻き戻してしまわれればよいのでは無いですか? 全盛とは行かずとも敵性勢力程度ならば捻り潰せるのでは・・・」
前から気になっていた疑問をこの際にと聞いてみることにしてみた。グレースは若干表情を苦々しく歪めたが、答えてくれるようだ。
「うーん、時間軸に『グレースは権能を使用した代償で弱体化する』って事象がしっかりと刻まれちゃってるから多分それは相当無理を通すか権能をさらに解放できるくらいに肉体がアジャストされないと無理なんだよね。本で例えるならページを強引に破り捨てるくらいの無法が効かないときついかな」
相当無理を通してワンチャンあるかないかを試すこともできるがあまりにも分が悪い賭けなのだ。
そしてそこに私の肉体はかなりの部分がエーテルで構成されてる以上一気に回復させるにはとてつもないリソースが・・・と付けくわえた。
「なるほど、ではそれを補える分の大きな魔力リソースがあった場合はどうなるのですか?」
「いやいや、そんなのもの流石に持ってないよ。神の肉体を魔力に変換でもできたら一発である程度回復できるし、一応心当たりはあるけど・・・」
一つ、心当たりはあるのだが流石に神殺しに貫かれた物質を利用できるのだろうか?残っていたのは白骨死体。多少のリソースは得られるだろうが、学長含むこの国の魔術師に悟られてはいけない上に瘴気の濃さを考えると再度突入することはそれなりに難しいだろう。という事を掻い摘んで伝えるとラフィはすぐに代案を出してくれた。
「グレース様、それならばこの学園の地脈の交差路を利用して見るのはどうでしょうか? それならばこの学園を地表から一気に沈めてしまえばすぐに辿り着くと思われますが」
「流石にそれをやれるだけの魔力は・・・あるけど空間の方に権能のリソースを全部降らないときついかな。あと戦争を正面からやったら多分教皇様に怒られる」
どうしてこうも過激な事ばかり思いつくのかわからないが、あまり面倒な事はしたくないグレース。だが、ひとまずは地脈の魔力を利用する路線でよさそうだ。
「だからいい感じに交差路を特定してそこまで一気に穴を掘ってしまえば解決ってわけさ。まあ間違いなく防護は高いだろうからしばらくは授業とか受けつつ準備をボチボチ整えていく必要はあるんだけどね」
学院で使用されている魔力のほとんどを供給しているであろう地脈から自分の回復分の魔力を一気に引き入れるとして、おそらくかなりの量の魔力を一気に使用するため枯渇こそしないだろうが一定時間魔力の供給を止めてしまう事は確かだろう。空間転移できる座標を打ち込むことさえできれば簡単なのだが、地下ともなるとそううまくもいかないのだ。地道に地面を掘り進めるか恐らくあるであろう入り口を探して一気呵成に突入するしか無いのだ。
「ならば地脈の中心点への入り口が無いか私が探してもいいでしょうか? 許可さえいただけるのであれば暗殺なども請け負いますが」
「どっちも却下。私やるならまだしも君にその役を背負わせるような事はできないよ」
暗殺という手は選択肢に無い事は無いが流石に国家関係に亀裂を受ける選択肢は避けるべきだろう。そしてその役をラフィに背負わせてしまったら帰国したとしてどのような目に合わされるのかは目に見えている。
「それに、神殺しの影響で漏れ出た瘴気に万が一君があてられたら即死しかねない。君って見た感じただの人間だろう?」
実際の所ラフィが優秀なのは理解しているが流石にデミゴッドが出張るようなレベルの荒事に巻き込むわけにもいかないのでグレースには苦笑いを浮かべながらもそう答えるしかなかった。
「確かに多少幼少期より暗殺術を仕込まれた程度の人間にすぎませんが・・・。あとはここの高等クラスに混じれる程度の魔術を使える程度ですね」
それでも駄目だと断ろうとしたが、ちょっとだけどのような物か試してみたいとグレースは考えてしまった。
「・・・わかった、じゃあちょっと明日時間作れるかい? 少し試してみて戦えそうだったら暗殺は駄目として収束点の特定と侵入は任せようかな」
「了解いたしました。しかし・・・戦闘力ですか? 仮に試されるのならば隠密性などを試されるのかと」
グレースの提案にラフィはやや困惑気味の顔で答える。暗殺は本来不意打ちや闇討ちが常なので基本的に近接戦闘は必要とされないのだ。
「隠密はまあ超高精度の生体感知使えたりするから通用させないのとまあ後は単に興味かな?」
強そうな人型の生物とまともに戦闘したのは大分前だったので久々に人と戦闘しておきたかったのだ。まあもっと簡単に言ってしまえばストレスたまってるのでいい感じの口実を作っていい感じに憂さ晴らしのスパーキングできる相手を探していたのだ。
「それに死ぬような力で殴ったりしないから大丈夫だって」
やけにニコニコして言うグレースに怪しむラフィだったが、一応承諾することにした。やや渋々ではあったが。
───そして翌日。昼間にまで時間を進める。時間はちょうど昼前くらい、演習フィールドを貸切って戦闘試験という名のグレースの憂さ晴らし件身体調整タイムが始まっていた。
「ほうほう、中々やるじゃあないかラフィ! それ、弾幕三倍だ!」
くるくると楽しそうに宙を舞いつつ魔力を固めた光弾を無数に展開しテンポよくラフィへと発射していたグレースは気持ちよさそうに笑いつつさらに弾幕の密度を上げた。
「貴女はっ! これで一体何を試すつもりなのですか!?」
一方のラフィは必死に弾幕を避けて防いで迎撃。魔力もそれ程多いわけでは無いのでどうしても避けられない攻撃は身を捩って被弾を最低限に。空中に飛べば全方位から襲って来ることは目に見えているので地面から少し浮くだけのホバー移動にとどめている。片手に魔力弾を射出できるライフルを、もう片手にはマグナムを持って防戦していた。どこぞのリンクスのような軌道で地を駆け回避し続ける事数十分。かなり疲労が溜まって来ているラフィとは裏腹にグレースのテンションは右肩上がりだ。
「基礎的な身体能力と判断能力さ。ほら、怪我はしない程度の威力とは言え当たると痛いぞう?」
「くっ!」
顔面にあたる軌道の弾は左にスライドして回避。そしてそのまま回転して次弾を逸らし、勢いそのままに右手に持ったライフルで直撃コースの弾を打ち消す。そしてマグナムでグレースの脳天をぶち抜こうと構えるが射程が届かず弾消しにシフト。若干腕を掠めるが気にせずに回避・・・
「地面を這ったままじゃあつまらないしこういうのはどうかな?」
一旦弾幕を張り続けるのを中止し、両掌を下に向けたグレースはそのまま魔力を収束させ魔力の
奔流を解き放った。半径五メートルほどの奔流はラフィに当たる事は無かったがそのまま地面に直撃すると地にそのまま広がって光を迸らせて行く。エネルギーの波動と言うよりは火炎放射の方が正しいのかもしれない。
「っ!? ですが、隙ありです」
思わず驚愕の声を上げたラフィだが、瞬時に上空に逃げることで焼き尽くされることは回避。だが戦闘装束がやや焦げてしまった事はやや残念だが仕方ないと思ったのも束の間。グレースが地面に放ち続けている間に脳天をぶち抜こうと両手の銃口を頭に向けてそのまま引き金を引いた。
「どうせこの程度じゃあ死にはしないでしょうし、撃たせて貰いますよ」
ライフルから放たれたのは『貫通破砕弾』、マグナムからは『魔力中和弾』である。どちらも書いて字の如くの効果を発揮する物。中和弾は相手の魔力障壁を中和する物であり、貫通破砕弾は相手の防御を貫通して内部で破裂することで確実に仕留めるための物である。ちなみに対人用のブツがデミゴッド相手に通用するとは思っていないからという理由で撃っていいほど安価な物では無い。あくまで常識内の生物に使う物であって効果が見込めない相手に撃つべきものでは無いのだ。
「その程度の弾が通用するとでも?」
案の定あっさりと右手で掴み取ってしまうグレース。掌の魔力障壁が若干弱まった事には気づいているがその程度は彼女にとっては些事もいいところだ。中和すると言ってもほんの一部、余程急所に当たらない限りそう脅威にはならないだろうと早々に見切りをつけ、風を切ってラフィの懐へと飛んでくる。まるで目で追えないスピードに白黒させる間もなくラフィの腹に掌底を叩き込む。無論左手だ。
「ガハッ!」
後ろに大きく吹き飛ばされながらも負けじと銃弾を叩き込んできてはいるが全てキンッと軽快な音を立てて弾き返されている。何発かは脳天にぶつかってはいるのだが強固な障壁に阻まれて攻撃が通っている様子が見えない。
「さて、そろそろ終わりにしようか? 大分君もきつそうだしね」
「・・・・・・・」
余裕綽々、そしてかなりスッキリした表情でぜえぜえと息を切らしているラフィに語り掛ける。いい運動ができたようでかなり表情も明るいようだ。
「私としても試したい部分は見れたからこれ以上やらなくていいしね」
そう言って手を差し伸べてくるグレースにラフィは笑顔でこう答えた。
「ええ、これ以上ないほどの好機をありがとうございます」
「は?」
グレースの手をしっかりと掴みその小さな胴体に銃口を密着させてそのままひたすらに引き金を引いた。




