二章六話
長い下り坂が終わった。体感で十分は経過しただろうかと思い後ろを振り返る。かろうじて入り口が見える程度に月明かりが見えたが風景は止まっている。
「瘴気も流石に止まった時間じゃ効果を成さないみたいだ。折角なんだから時間を使った探索をやりたかったところだけれど、そうも言ってられないか」
グレースはさっき腕を持って行かれた事を教訓に、再び時を止めて洞窟を歩いていた。流石に彼女もそう何回も気軽に腕を生やせる魔力に余裕は無いのだ。それならば時を止めて置く方が消費は圧倒的に少ない。後で世界から修正力が全力で働く可能性も無きにしも非ずだが、今の危険を遠ざける方が最優先だろう。
「むっ、この気配はもしかして・・・! いや、嘘だろう? こんなものがここにある訳が」
地下に潜って行くにつれて濃ゆくなっていく瘴気。そしてそれにほのかに含まれている魔力にグレースは驚愕した。わずかな時間しか感じ取ることはできなかったが、グレースにとってそれが何者であるかを確信するには十分な時間であった。
「あれはデミゴッドなんてものじゃない。神の亡骸、『神骸』じゃないか・・・」
どのような神であったのかは検討もつかない。だが、それがヤバい代物という事だけは理解できる。
デミゴッド関連の遺物と言うのは真っ赤な嘘、事実は神の遺骸。それも本来死ぬことがあり得ない神のものだ。
「誰かを確認できたわけじゃないけどこれは確かに神のもの・・・。さて、ここからさらに進むのか引き返すか・・・」
既に時間は止まっているためこれ以上ダメージを受けることは無いから近づくことだけは簡単だ。しかし神が仮に復活した場合今のグレース・・・いや、万全でもかなり厳しい戦いを強いられるだろう。神の強さにもよるが権能を相手が使える以上万全に使いこなせない自分では不利になるのは自明だ。
しかし、瘴気に触れてしまった以上相手に認識されてしまっている可能性も省けないのだ。その上、瘴気を生み出す原因になっているものを調べる事も必要・・・と考えている時だった。
パリンという音が突然聞こえた途端、何故か止めていた時間が再始動する。一切の油断も無かったはずだが、それでもいきなり使っていた魔術を強制的に解除されるとなると反動は大きいのだ。
「嘘だろっ!?」
とっさに停止解除で余った分の魔力を利用して障壁を全身に張り巡らせるが、再び時を止めるにはかなりの間隔を開けないと厳しいようだ。体へのフィードバックは少ないが、ダメージ自体はあるようだ。そして後ろを振り向くとご丁寧に逃げ道が瘴気で塞がれていた。
「そして退路も既に無し。いや、いっそ瘴気を洞窟ごと破壊するか?」
体内の魔力を半分ほど使い切ってしまえば洞窟ごと吹き飛ばして脱出は可能だろう。ただその場合は神骸の瘴気が洞窟外に垂れ流しになる危険性も孕んでいる危険な方法だ。いや、よく知らない国が滅びたところで損は無いなと考えるグレースだったが、流石に今やらかしてはラフィを人質に取られるだけ。時間操作の反動が収まりさえすれば空間転移で逃げれるのでそれまで辛抱するべきだろう。
「仕方ない、深部を軽く視てさっさと逃げ帰ろう。少なくともどんな神かはわからないだろうし」
そう、少なくとも誰かは分からない。何故なら見知った魔力を瘴気からは感じないからだ。むしろそれとはまったく別質の物を感じる。記憶にフィルターがかかっているのかそれが何かを思い出すことはできないが、不思議と見覚えがあると感じてすらいた。
「なんだろうこのなんかもやもやする感じ。確かに覚えはあるのに・・・。おっと、濃くなって来たか」
そしてさらに濃くなって来る瘴気。いかにももう逃がさないといった雰囲気を感じ取れる。そしてそのまま地下に地下に潜り始めたグレース。しかし特になにかがあるわけでも無く侵害にも辿り着く気配がなかった。
「おかしいな。座標的には大体このあたりにあるはずなんだろうけど、全然瘴気で何も見えない」
前を魔力で照らしながら進むも全然視界が開けない中グレースは急ぎで進んでいた。時間は体感的には十分も立っていないだろうが、それでもどれだけの間残りの魔力が持つかは未知数。高速で進んではいるが速めに帰りたいものだ。
やがて少し靄が晴れてきた。おおよそ最深部にあたる辺りまで降りてきたはずなのだが、それでも何も見えてこない・・・と思った矢先の事だった。
「これは・・・うん、権能は残って無いけど紛れもなく神の死骸だ」
しかし、完全に骸骨になっているので性別やどのような神だったかを判断することはグレースにはできない。兵士では無いし死体を鑑識する文化も経験も無かったのでそのような知識もあるはずもなかったのであった。
「でもおかしい、これからは一切瘴気は出ていない・・・。てっきり死骸から出てきた怨念的な何かが瘴気になってるものだとばかり思ってたけどそうじゃないのか?」
周りを見渡すと瘴気は晴れたわけでは無く、死骸の周りを避けて流れている。何らかの特殊な力場が働いているのだろうか。けれどもそれ以外にめぼしいものが落ちているわけでも、奥に道が続いているわけでも無いのでここらが引き上げどころだろうと、グレースは一人頷いた。時間はまだ操れないがワープする事なら簡単にできそうだ。少々体内の回路を繋ぎなおすなど手順を踏んでおく必要があるがそれも数分程度で終わるだろう。
「流石に遺骸を回収ってわけにもいかないし、殺されたのか否かだけ調べておくか」
時間を巻き戻すことはまだできないが、何が起きたのか過去を見る程度の事なら何とかなりそうなので視て見ることにした。グレース自身は自覚していない事なのだが、いつの間にやら目に過去や未来を見通す権能が備わりつつあるようだ。常日頃から権能に魔力リソースを割かれているが故に満足な魔術行使ができないことにかなり悩まされていたが、その代わり徐々に権能に体がアジャストされて行っているようだ。本人からしたら何故見れるのかは検討もつかないが、使えるのならば使わない手がない。
「ふむ・・・ぱっと見だと直近数日間の物しか見えないな。そして特に何か起きた様子も無しと来たもんだ。もっと集中して見よう」
とりあえず見て見たのはいいが、五日前ほど前までだと何も起きず、ただ殺風景な光景だけが広がっていた。なのでもっと過去を見ようと目に力と魔力を込めて集中力をさらに上げる。何時頃から落ちている物なのかは分からないがざっと月単位で遡って行けばいつかは辿り着くだろう。
「さて、大体落ちてきたのが二ヶ月くらい前ってのは殺されたのはそれより間違いない。まあ女神である事と神殺し用の兵器で貫かれてそのまま落下して死んでしまっている事しか不明・・・」
そこまで辿り着いてグレースは今までにないほど瞳をかっぴろげて驚愕した。気づいた物のヤバさに若干冷や汗も流れ始めてすらいた。
「よし、撤退しよう。ついでにこの国からもさっさとトンズラしたいんだけど」
流石に神殺しはヤバい、この瘴気すらもその副産物である可能性を考慮するとその危険性はとんでもないものである。できる事ならすぐにでも破壊したいものであるがちょっと触れるだけで手が吹き飛んだ威力を考えると迂闊に手を出すとかなり危険な目に合う事は間違いないだろう。
「・・・でも万一こいつを掘り出して億が一使えるようにでもされたらと思うとあまりにも危険すぎる。いや、人間なら近づいた時点で即死どころか体が塵も残さず消えるけどそれでも最悪私ですら殺せるブツなんだよな。セレスティアに対する抑止力には最適だし、最悪私もろとも消せる」
そしてこの神殺しは実は割と量産自体は簡単な代物もとい魔術兵器なので禁忌の術式の実物が一番渡ってはならない場所に転がっているも同然なのだ。できるだけ破壊か封印しておきたいところである。
「まあ、とりあえずこの場は退避してある程度私の身体の回復を待つか。転移ももうできそうだしね」
そして自室へとグレースは転移、その場には神の亡骸だけが静かに安置されたままであった。
「おっと忘れてた。一応軽い封印くらいしとかないとね」
軽く空間を捻じ曲げて自分以外この場所に入れない様に壁を作って軽い封印を施してそのままその場を立ち去ったグレース。空間制御は何気にこういう時に役に立つのだ。




