聖都ルイバル
「さて、戸籍を作るにあたって儂らの苗字を決めようと思うのじゃ」
聖都も近くなってきたところで日が沈み始めたので馬車を止め、野営をしている時にルナがそんな事を提案してきた。彼女たちが戸籍を作るのならば苗字はどうしても必要になるので、考える必要があった訳だ。流石に苗字の一つも無いのは怪しまれてしまう。
「じゃあ私は・・・父上の名前をそのまま使うってのは流石に無いからね。うん、異界の時の神の名に少し付け足してクロノスフィアって感じかな」
最初にグレースがそう決めた。他にもいくつか案が彼女の中にあったようだが、それが一番しっくり来たようだ。表情もどこか自慢気だ。
「へぇ、いいんじゃない? ルナはどうするのよ」
リリスがルナに促す。彼女は既に決めているようなので、先に決めてもらおうという魂胆らしい。場合によっては痛々しいネーミングになる事も恐れているようだ。
「儂は、そうじゃのう。ヨミサカとかどうじゃろうか。同じく異世界の神話での冥界からとって見たのじゃが」
ルナもまた、異世界の神話から自分の親に近い存在から取ったようだ。割と適当そうに言ったが表情はにんまりしているのでそれなりに気に入ってはいるようだ。
「いいと思うよ。で、リリスは?」
ルナも言ったので今度はリリスに促すグレース。火に照らされて彼女の銀髪や美しく映えている。
「私はセフィロトってとこかしら」
なるほど、彼女はある意味神を皮肉るような感じで行くようだ。まあ、それもまた悪魔らしい。
「むう…。儂は木の向きが逆かと思うのじゃが。お主がそれで良いのなら良いが」
ルナは少しニヤリとしてそう言った。グレースは特に反応は無いが、彼女は意味に気づいているようだ。
「そういえば貴女達の身の上は聞いたけど、あなた達が使ってるそれ、本当に権能なの?」
そのような流れで苗字を一通り決めて各々ゆっくりしている中、リリスは気になっていた疑問を二人に聞くことにした。グレースとルナは突然の訳の分からない疑問できょとんとしているのだが、リリスからしたら割と真っ当な疑問だった。実際にリリスは心底疑問であるという表情を浮かべている。
「ほう、お主は何故そう思うのじゃ?」
「ちょっと説明してくれない?」
実際に権能を渡されられた側からしたら寝耳に水を当てられたようなものだ。グレースとルナの二人は訳が分からないと困惑顔。そもそも何故そのような事を聞かれたのかすら分からない。
「いや、神々ってお互いのおおよその位置がわかるんでしょ? デミゴッドでも権能持ってるなら神とさほど変わらないだろうし、位置を悟られて生きてるのバレたら追手とか来るんじゃないの?」
そう、神々は世界そのものとも言える存在でありそれぞれが権能を持っており世界を好き勝手に操作できる種族である。しかし、権能はあまりにも強力な能力であると同時に神々同士ならばそれの位置を常に把握できると言ったデメリットも存在するのだ。何がデメリットであるかと言うと、位置がバレバレであるので戦争の面白みが欠けてしまったこと。
そのため、悪魔に天使やデミゴッドが創造されたという経緯があるのだが、問題はその中でも特に神に近い二人が権能を持ってしまったら神々と何ら変わらないのではないか。そうならば敵対者の彼女らは全能神などの神々から狙われてもおかしくないという事だ。
「ああ、それなら問題ないよ。私達と神々とじゃあ魂の階梯が違うからたとえ私が権能を持っていてもバレることも感知されることも無いんだ。ねえルナ」
グレースはそう解説してルナに続きの説明を任せた。
「うむ、儂らデミゴッドは所詮神々の模造品に過ぎぬからの。力はともかく魂の格としてはやや落ちるし別物じゃ。アヤツらは魂の階梯が同じ同種の神々ならば感知できるが、儂ら一人一人を感知などできてはおらぬよ。ましてや創造主にして主である神を失った敗残兵が何処にいようと知ったことではあるまい」
ルナが言ったことをさらに簡単にすると、神々や高位の龍種などの魂の階梯が最高位に位置する者は同じ階梯にいる存在の位置を把握できるが、彼らとは違い作られた兵器である以上魂の階梯は二段ほど劣るので同族判定はされないため神々の方から彼女たちの位置を把握することは不可能なのだ。
「ああ、そうなのね。それなら良かった、流石に神霊と戦闘だなんて私もごめんだわ」
リリスはせっかく最高の栄養源と出会えたのに神霊にかち合う可能性は消えたので、安堵で胸をなでおろしている。合った時点でほぼ死が確定する展開なんて誰でもまっぴらごめんである。
「そういえば、アナタ達ってどんな魔術使えるの? ほら、どんな属性が得意とかあるでしょ?」
続けてリリスは今度は単なる興味本位でそんな質問をした。今のうちに聞けることと話してくれそうなことはある程度聞いてしまう魂胆のようだ。
「うーむ。どの属性が得意かと聞かれても困るのう。儂は主に身体強化をかけて殴りに行く以上、一応牽制に遠距離魔術は撃つが基本的に全属性使う。それに使わぬだけで大概の魔術は扱えるように調整されておるし、これと言って得意な属性は無いのう」
ルナは真っすぐ直球にそう答えた。仮にも神の模造なのでその程度は当然なのかもしれないが、軽く引く事実だ。
「そうだね。私も遠距離中距離と結構攻撃に魔術を混ぜはするけど属性とか気にしたことはないし、基本は火力で押し切れる。細かすぎる芸当はやらないけど、大抵はどうとでもなるかな」
グレースもあたかも当然であるかのようにそう答えた。またしてもリリスはちょっと引いたが、後で聞いた話だとこれは彼女たちと同時期に製造されたデミゴッドならば皆同じのようだ。
「ありがと。一応同行者もとい旅の仲間がどれくらい化物なのかは知っておきたかったのよ。私も魔術の種類だけなら勝てると思ったけどそういう事はなさそうね」
感謝の言葉を言いつつも若干呆れ気味に笑うリリス。彼女も魔術は負担がかかるが全属性を難なく操れる程度には習熟しているが、流石にここまでぶっ飛んでると乾いた笑いしか出なかった。
その後は少しデミゴッドのバリエーションなどについて軽く話して、自然とその内三人とも眠りに落ちていった。普通野営する際は誰か一人が寝ずの番を交互にするものだが、彼女達に近づくような愚かな魔物は限りなくゼロに近いので問題はない。
そして翌朝。用意を済ませて出発し、リリスとルナが馬車に揺られていると、徐々に周囲が騒がしくなって来た。
「何かしら、やけに賑やかね。馬車もいっぱいだわ」
リリスが窓の外を見ると、先程までは何もなかったのにいつの間にか他の馬車が並走していた。それも後続までいる。そして、前方を見ると白亜に輝く美しい城砦が目に入った。
「お主が二度寝しておるうちに大分進んだのじゃ。ほれ、見えてきたようじゃな」
ルナが指差す先には大きな、そして荘厳な城門。綺羅びやかに装飾がなされているが、そこには十重二十重にも折り重なる多重防護術式が緻密に連動しており、何者も寄せ付けぬ防壁としても十二分に稼働していることが理解できる。
「うわあ…。凄いわね、魔界の門と比べても遜色ないわ。まあ、防御はちょっと心配だけど人間同士の争いなら十二分よね」
リリスは感嘆してしているが、そうこうしているうちに門の中へと馬車は歩みを進めていく。リリスはあっと残念そうな声を上げたが、お構いなしにグレースは馬車を走らせた。
そのまま検問をクリアして馬車を置き、早速戸籍を作るために役所に向かう事にした。リリスは自分が人間に見える様に幻惑をかけており、見た目は人間そのままだ。魔力の波長も人間と合わせているのでどのように魔術に長けた者でもそう簡単には見破ることはできないだろう。グレースとルナはやや体内の魔力を抑えてさえいれば魔力量が異常なだけの貴族二人にしか見えないため、特に変装する事も無く堂々と歩いていた。道行くさがら彼女たちに周囲の視線が集まっていたが、デミゴッド二人はやや困惑、リリスは意味を理解し愛想を振り撒いていた。彼女たちの容姿は人並み外れて美しいため否応なしに視線を集めるのだ。
役所は城門から北にしばらく向かったところにあった。手続き自体は素早く終わったので住家をかい、拠点の確保に動くことにした。日もまだ高いので時間には十分な余裕がある。
「これで儂等もここで住む権利を手にしたわけじゃが、折角じゃし良いところでも探すか?一等地でも別に構わんじゃろ」
ルナは折角だから高級住宅を買いたいと言っている。金自体はかなり潤沢にあるため、それ相応の所に住みたいという事らしい。
「いいえ、それはやめておいた方が良いわね。万一身バレした時の弊害が大きすぎるのよ。広い屋敷が欲しいなら郊外に捨てられた古屋敷とかを探した方が良いんじゃないかしら」
しかし、ルナはそれを否定した。一等地には当然王侯貴族や有力な商人が住んでいる他、魔術庁などもあるので必然的に魔術に長けた者も多く住んでいる。そのような者たちに万一目を点けられれば相当厄介なことになると踏んだからだ。
「まあ、いきなり一等地に住んでも色々とめんどくさそうだしね」
リリスの意見は間違いではない上に、余計なリスクも回避できるためデメリットは無さそうだ。それに、使われていない古屋敷ならばいくらか資金も浮くだろう。お金は大量にあるが必要最低限で良いならそれに越したことは無い。
「うーん、確かにこの家は外れにあるけど…」
「流石にボロ過ぎじゃのう。次に行くかの」
最初の物件は広さは普通の民家。土地もそれなりに広く、日当たりも良いのだが劣化が酷すぎるためとても住める場所ではなかった。何を考えて売り家にしたのか一切理解できない。次に行くことにした。
「日当たり最悪、水道も通ってない。コレは駄目ね」
リリスは分かりやすく状態を説明した。不動産の職員が長々と喋っているのに耐えられず、端的に駄目な点だけ指摘した。
「しょうがない、次に行こうか」
次の物件はさらに酷かった。水道も通っておらず、周りに木々が生い茂っているため全然日が当たらない。確かに屋敷にはなっているのだが、流石に生活に不便をきたすものは却下だ。
次に来た物件は日当たり良し、水道などの設備良し、屋敷の広さは十分で古屋敷ではあるが手入れはされているため損傷などもない理想的な物件だった。悪霊などが大量に住み着く幽霊屋敷にさえなっていなければ。
「よし、儂に任せるがよい。死せる魂を黄泉へと誘うのは儂の役目じゃからの。初めてじゃから上手くできるのかはわからぬが、まあ何とかなるじゃろう」
幸運なことに、悪霊を祓ったら土地ごと半額で売ってくれるそうなので元の銀貨500枚という値段の半分。銀貨250枚で買えるようだ。これにはリリスも満面の笑みで契約印を押し、気前よく金を払った。しかし、一応祓う事が条件のため職員がそれを見届けることも条件の内の一つのようだ。何やら記録用の魔道具を取り出して弄っている職員の男性だったが、ひとまず気にせずにルナは権能を用いた魔術を起動した。
「我が身に宿せし母なる権能。形の歪みし冥府の鼓動よ。その一端を露わにし、死せる魂魄を暗き陰りし奔流へと返せ!」
大仰な詠唱と共にルナの影と手足からは墨染色の光の奔流が激しく迸った。そして天高く上った光はやがて屋敷全体を囲むドームへと形を変える。屋敷内からは悪霊たちの物と思しき叫び声や物音がけたたましく鳴り響き始めた。職員は記録こそ止めてはいないがすっかり怯え切って腰を抜かしかけていた。グレースとリリスは普通に見守っている。
そして、ドーム内に現れた無数の円陣から無数の光の手が出現し屋敷内へと這入って行った。当然のように壁を透過した光の腕たちは屋敷に巣食う悪霊に触れるとそれらをしっかりと握り、生えてきている魔法陣へと戻っていく。手に掴んだ悪霊も連れて。
「おおっ! 私も今度真似しよう」
「それもいいけど、さっさと売り手に報告してさっさと買いましょ」
悪霊退治はあっさり解決し、屋敷を購入。金はまだまだあるので一通り家具を購入し、屋敷の清掃を業者に任せても余裕がある。それを考えると向こう数年以上は遊んで暮らしても問題はなさそうだ。まあ、それを良しとしないのが彼女達の性分であるのだが。
「さて、一通り家具は買って後は業者任せてるし待ってる間の一日は観光しましょうか」
「そうじゃの。何があるか把握しておらぬと後々困るじゃろうしの」
「後は少なくとも私とルナの働き口は探したいかな。流石に働いたりしないと暇すぎるし、遊びふけるのもなんか合わないし」
各々方針を決めようと話し合っているが、グレースの発言にはリリスは若干心配な点があるようだ。
「待ちなさいグレース。仕事と言っても色々あるし、私は種族柄踊り子とか娼婦とかはやれるけどあなた達二人は何かできるの? ていうか、どんな仕事があるかとか分かる?」
それを言われるとかなり苦い顔をして黙り込むしかない二人。神域にいたころは戦闘戦闘また戦闘。時々書物などで勉学に励むくらいの時間しかなかったため、下界で働ける職業なんて検討もつかなかった。知識としての業種は知っているがどのような内容なのか、そしてどうやって働かせてもらうのかなどの事を一切知らなかったのだ。
「・・・一応勉学はやっておったぞ。下界の職などはさっぱりわからぬが・・・」
視線を逸らしているが素直に無知を告白するルナ。
「まぁ私、かなり高スペックで作られてるから多分何とか・・・。いやごめん、やっぱりわかんない」
一瞬強がろうとしたが、グレースも速攻で折れた。この場で強がっても仕方ないし知っているであろうリリスの話を聞くことがベストであることは理解しているからだ。
「正直でよろしい。私からお勧めできる職業は傭兵業。または国のトップである教皇を守護する騎士団などの戦闘職ね。戦闘には慣れてるでしょうし、国のお膝元で働ければ給与もがっぽりもらえるからいいんじゃないかしら」
「入信とかしないでいいなら良いんだけどね。セレスティアに恨みは無いけど流石に崇めるのはどの面下げてって感じだし・・・」
「うむ。主亡き今セレスティアを崇める程度ならわけないのじゃが、働くとなれば如何せん気まずくてならんのじゃよ」
そう。このセレスティア教国はセレスティア教会が支配している宗教国家であり、崇められている全能神セレスティアはグレースやルナがいた勢力と敵対していた勢力の長である。当然、かの神に挑んで敗れ去った敗軍の兵の二人にとって、かの神を崇める勢力に入るのはやや気まずいのだ。特にセレスティアに恨みがある訳ではないがなんとなく気まずいのだ。
「まあ、必ずしも入信しないといけないってわけじゃあないと思うし、考えるだけ考えてみたら?」
グレースは一応、機会があったらそうするとだけ答えた。そして、まだ家具などの用意はできていないため、その日は宿をとることにした。
二日後。屋敷の準備が整い彼女達が住み始めた日の夜。グレースが自室でベッドに寝転がり、まさに眠ろうとしていた時だった。
「はぁい、グレース。契約、まずは一回目の補給ね?」
あくまでも彼女は悪魔であるので、ちゃんと契約は守らせるつもりのようだ。バァンとグレースの部屋の扉を勢いよく開け放ち、彼女の上へと飛び掛かった。
「いや、来るとは思ってたけど今…?」
グレースはいずれ来ることは予想していたが、まさかこのタイミングで来るとは思っていなかったようだ。いつもなら回避できるが完全に不意を突かれてそのまま馬乗りに乗られてしまった。
「ごめんけど、それなりにお預けされてるの。いい加減腹ペコだから、いただくわね?」
拒否権なんてないし、拒否させるつもりもないけどね。と小声で蠱惑的に呟いた彼女は、そのままグレースを押し倒して唇をふさいだ。
「ん〜っ!?む〜っ!」
グレースは目を剝いて暴れているが、完全にマウントを取っている以上リリスの方が有利である。
「んっ…」
暴れるグレースは無視し、リリスはそのままその口腔に舌を挿れた。直後のグレースの表情は驚きに染まり、手足を振って暴れていたが、口内をリリスが蹂躪するたびにビクンと跳ねはするが、徐々に落ち着いていった。目も次第に情欲に潤んでおり、明かりに照らされたグレースの顔は緋色に染まっていた。
「!? っ!? っ…」
そんなグレースを見つめながらリリスは魔力をグレースから吸い上げていく。それでまたグレースはビクンと跳ねるが、頬は上気しており、トロンとしてきている。もはや、嫌悪よりも快楽が勝っているようだ。
「ああ・・・、こんな魔力初めて、すっごく美味しい」
一通り蹂躙し終えたリリスは嬉々満面ご満悦。
「はぁ…っ、はあっ…。よ、ようやくおわった…。じゃあ、満足したでしょ?部屋に…」
それとは反対にかなりの魔力を短時間で一気に抜かれるのと、初めての快楽を伴うキスを喰らい、グレースはベッドにヘロヘロの状態で倒れ伏していた。上位種デミゴッドの名も今だけは形無しのようだ。なお、まだリリスはグレースのマウントを抑えたままである。
「何言ってるのよ。夜はまだまだ長いし、最後までイくに決まってるでしょ? まあ、嫌なら無理は言わないけど・・・。まあ、その顔見れば全然満足して無さそうね」
「・・・おてやわらかにお願いします」
少し躊躇ったが、グレースも何だかんだで乗り気のようだ。下から見上げるリリスは頬は上気し、息も荒くなっているが、その美しさと婬靡さは淫魔のレベルに収まるものではなく、もはや美の女神に匹敵するエロスを醸し出している。それなら、まあ、抱かれてもしょうがないものだ。
「ごめん。私も何だか興がノッちゃったから・・・。はげしくいくわね?」
そこからは蹂躙劇としか形容しようがない。素早くお互いの服を剥ぎ取ったリリスはグレースの下腹部に手を伸ばすと、そのままくんずほぐれつの夜戦に突入した。翌朝のリリスはつやつやしていたが、正反対にグレースは体が痛いは魔力は無いわと一日中げっそりした様子だった。ルナはそれを見てデミゴッドの体力をも絞り切るリリスの精力に絶句していたが、次は貴女よと目線を送られたので軽く絶望する事になったのは別の話である。ちなみにこの時の経験が元になりグレースは後に性豪になった。ルナは元からそうだった。